作戦
日本初の原子力潜水艦「わかしお」はアメリカの最新鋭艦ヴァージニア級を元に建造された。全長115m全幅11m水中排水量7900t、水中速力は35ノット最大潜行深度は610m。ただこれは表向きの数値で実際には40ノット以上出すことも可能だし潜行深度も最大で800mまで可能だ。兵装は魚雷発射管8門、通常魚雷・トマホークなど合わせて50発の武器搭載能力を誇る。現在、同型潜水艦は「わかしお」の他に「うずしお」「やましお」が就航している。
2021年6月20日 大島沖「わかしお」艦内
「まったく、これから飯だってのになんなんだよ」
航海長の佐竹少佐は士官の招集命令に悪態つきながら士官室へ向かっていた。佐竹 登は海自の幹部候補生学校をトップ成績で卒業し将来を有望視される期待の人物だ。ただし口より先に手が出る性分で度々トラブルを起こす問題児でもあった。当時の上官に腹を立て護衛艦から海に投げ飛ばした事もありこの時はさすがにクビになりかけた。この時、佐竹を自分の部下として呼んだのが現艦長の金山である。いままで好き勝手やってきた佐竹もこの時ばかりは金山艦長に感謝し、艦長が退官するまで問題は起こすまいと心に誓った。
佐竹が士官室に入ると他のメンバーは既にそろっていた。
「すんません、遅くなりました。腹が減ってるんで早く始めましょう。」お腹をさすりあからさまに飯を食べそびれた事を強調しながら席に着いた。
艦長の金山は苦笑しながら
「よし、全員そろったな。航海長が暴れだす前に早速始めよう。」
艦長は笑顔でそう言うとA4の用紙を配った。
「悪いが休暇は取り消しだ。先程、司令部より本艦に対し命令が下った。これより本艦は佐世保港で武器・食料を調達後、北朝鮮へ向かう。」
北朝鮮と聞いて皆の顔が緊張した。そんな中、佐竹が
「艦長、目的は何です?平壌にトマホークでも撃つんですか?あいつらびびるだろうなぁ。」
佐竹が意地の悪い笑みを浮かべながら言った。
「今回の作戦はある人物の輸送任務だ。今から一週間前、北朝鮮高官の李西門が亡命を要求してきた。政府はこれを受け入れ、我々が迎えに行くというわけだ。一週間後の28日0130にチャンサン岬の沖1000mに浮上し李と工作員1名を回収。ただちに北朝鮮領海を脱出し日本に戻る。簡単だろ?」
簡単とは言われたものの、この任務がどれだけ困難かは皆分かっていた。しばらくの沈黙の後佐竹が先程までとは違い真剣な表情で口を開いた。
「ですがあの辺は北や中国の潜水艦だらけっすよ。しかも浮上だなんてたちまちレーダーで見つかっちまうんじゃ。無謀すぎません?」
全員思ってるであろう問題点を指摘され艦長は士官の不安を取り除くように
「安心しろ、今回の作戦には全軍がバックアップにつく。浮上時は工作員がレーダーを妨害してくれる。北の潜水艦も我が海軍の潜水艦が日本海で派手に動いてそっちに目を向けさせる。こっちはがら空きだよ。」
士官たちの表情が少し緩んだ。
「それに万一見つかったとしても本艦は世界一の性能を誇る原潜だ。振り切れるさ。」
努めて明るく言う金山に不安な顔色をしていた士官達も自信に満ちた軍人の顔へと戻っていった。その顔を見ながら金山は満足げに頷き
「他に何か質問は?なければ10分後にエンジン始動。佐世保に向かう!」
士官達は勢いよく立ち上がると機敏な動作で士官室から出で行った。全員出て行った士官室で金山はうれしそうに笑っていた。このまま横須賀に帰って退官という所で思わぬ任務が飛び込んできてうれしかった。自分の最後を飾るにふさわしい任務だと金山は思った。帽子をしっかりかぶり直すと引き締まった表情で士官室を出で行った。
6月21日 21時30分 平壌市内
平壌市内にある住宅街のはずれに小さな公園がある。昼間は子供の遊ぶ声や母親達の溜まり場にもなっていて北朝鮮では珍しい平和な光景を見る事が出来る。しかしこの時間は人気もなく数分に一度、車が通るくらいで公園の中に入ってくる者など誰もいない。その公園の端にあるベンチに腰掛ける一人の男がいた。グレーのつなぎを着て黒色のニット帽をかぶっている。何処にでもいる工場の作業員の格好だ。顔は北朝鮮というより少し日本人ぽい顔立ちをしている。当たり前だ日本人なのだから。彼の名前はコードネームでシンと呼ばれている日本の諜報員、つまりスパイだ。彼がいなければ今回の亡命作戦もなかったであろう。数ヶ月前、潜入していた北朝鮮の機密機関で偶然、李が国外逃亡を考えているといった情報を得た。もちろんシンは李がどういった人物か知っていたので真実を探るべく李に近づいた。そこで李と接触し今回の話が出来たという訳だ。シンは辺りに注意を払いつつ独り言の様につぶやいた。
「上から承認が出た。予定通り作戦決行です。ジパングへ招待しますよ。」
その返答はシンの後から聞こえた。ベンチから2m程後ろにある木の陰にスーツを着た初老の男が立っていた。李西門だ。髪は白髪交じりでおでこの方はかなりハゲが進行している。やせ細った顔に丸い眼鏡をかけていてとても軍人には見えない華奢さだ。
「そうか・・・分かった。予定通り一週間後に岬に向かう。その後はどうすればいい?」
李は亡命受け入れの報を聞いてほっと体の力が抜け座り込みそうになったがぐっとこらえて努めて冷静に答えた。
「現地に別の仲間が待機しています。ここに場所と時間を書いたメモを置いておきます。私が去った後、見て下さい。読み終わったら、焼却処分をお願いします。ではこれで」
シンは立ち上がり去ろうとした所で立ち止まり
「そうだ、スーツはこういう時は目立つのであまり着ない方がいい。日本はあなたを歓迎します。幸運を」
シンは李の方に振り返り笑顔でそう言うと足早に立ち去っていった。
李は自分の着てきたスーツを見ながら苦笑するとベンチに置いてあるメモを取りシンとは反対の方向へ歩きだした。一週間でやるべき事を考えながら表に止めた車に乗り込み市街地へと消えていった。
6月22日 14時 平壌市内 ショッピングモール駐車場
ここ平壌市内にある最大のショッピングモールは平日でも常に人が集まる人気スポットだ。その駐車場の一角にある白色のバンの中でとてもショッピングなど似合わない男が2人座っていた。一人は黒のスーツ姿でどこにでもいそうなサラリーマンといった感じだ。もう一人の男は私服姿だが、とにかく目つきが悪い。きつね目の様に釣りあがっているが、それだけではなく酷く冷たい眼光を放っていた。
「ターゲットはこいつだ」
スーツの男が鞄から一枚の写真を取り出し男に差し出しながら説明を続ける。
「そいつの名前は李西門、軍の高官だ。李は愚かにも日本への亡命を画策している。彼が亡命を果たす前に君らに始末してもらいたい。」
きつね目の男は写真を見ながら
「そこまで分かってるんなら、あんたらが今から捕まえればいいじゃないか?」
「我々はこの亡命事件を利用して日本に圧力をかけたいと考えている。李は27日に休暇を取って長山串に行く。そこから日本の潜水艦に乗り国外逃亡を図るつもりだ。おそらく近海に潜水艦が浮上するだろうから、その時に李を始末してもらいたい。我々はその潜水艦が浮上した事実を利用したいのだ。ただこちらも軍を動かして日本軍と戦闘になるのは極力避けたい。だから君らに頼んでるんだ。報酬は5万ドル、やってくれるな。」
きつね目の男はいやらしく笑みを浮かべ
「引き受けるよ。ただし報酬は10万ドル、前金5万の後から5万だ。」
スーツの男はため息をつきながら
「分かった10万だ。これが我々の集めた情報の詳細だ。よろしく頼む」
スーツの男はそう言うと車からおり足早に駐車場から去っていった。
きつね目の男は携帯電話を取り出しダイヤルを押す。
「俺だ張だ。仕事が入った、全員を集めてくれ。・・・ああ。・・・今夜9時に倉庫で。」
きつね目の男、チャンは電話を切ると車のエンジンをかけ荒っぽい運転でショッピングモールを後にした。