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北からの亡命

今から12年前の2010年、日本と北朝鮮は政治問題を巡り不穏な情勢にあったがなんとか平和を保っていた。しかし2010年7月、金明哲キムミョンチョル総書記が病死。代わりに次男の金正男キムジョンナムが総書記になったが簡単に統治出来るわけもなく国内は混乱、軍部が暴走し始めた。そんな中、同年8月石川県宇能登町で北朝鮮の工作員が日本人拉致未遂の現行犯で逮捕された。この逮捕を受け日本政府は北朝鮮を厳しく非難し厳しい経済措置を取ると通告したが、北朝鮮はこれを完全に無視。更に軍部の独断専行により頻繁に日本海上に向けミサイル発射実験が繰り返され、戦闘機も度々、日本の領空を侵犯する様になった。

日朝間の緊張が一気に高まる中、ついに2010年11月事件が起こった。いつもの様に日本の領空を侵犯してきた北朝鮮機に対しスクランブルを受け飛び立った自衛隊機が新潟県沖で接触。警告、威嚇攻撃の後、交戦状態に突入した。この結果、自衛隊機2機と北朝鮮機3機が墜落、更に北朝鮮機が放ったミサイルが地上の建物に命中し民間人8名が犠牲となった。

この事件を機に日朝間は一触即発の状態になり国内でも日本の軍備のあり方について議論が過熱していった。そしてここから一気に日本が動き始める。2011年10月の国民投票により、憲法9条が改正、非核3原則の撤廃が決定。これにより自衛隊は日本国軍に改称、更に2012年度からの国防費が大幅に引き上げられ一気に軍拡が推し進められた。今までは自国を守る為だけの戦力しか持つことが許されなかった為、空母はもちろん爆撃機や長距離射程のミサイル兵器などは持っていなかった日本はまず非核三原則の撤廃により可能になった原子力空母、原子力潜水艦の建造を決定。更に北朝鮮をターゲットに中距離弾道ミサイルの開発にも着手した。もともと資金力と技術力は豊富にもつ日本だからあっという間に軍事大国へと成長していった。

もちろん北朝鮮も日本の軍事成長を黙って見ていたわけではない。日本に対抗すべく一度凍結した核開発を再開。中国・ロシアの援助も受け更に軍備を増強していった。日本と北朝鮮はまさに米ソの冷戦時代と同じ状況に陥っていったのである。


2021年6月 国家危機管理局


この国家危機管理局は軍備の増強にともなってアメリカのCIAの様な諜報機関が必要だという意見から2013年に設立された。現在では北朝鮮をはじめ世界各国に諜報員が配置され情報を収集している。本部は東京の市ヶ谷にあるがその建物の一室でテレビ会議が開かれていた。長官の白波 定は恰幅のいいおじさんと言えば聞こえがいいが一言で言えばただのデブだ。目の前に並べられた3つのモニターにはそれぞれ、内閣総理大臣・防衛大臣・統合幕僚長が映っている。

「大臣、作戦内容を詳しく説明してくれ」総理大臣の野々宮 卓は考え込むように言った。野々宮の年は45歳と総理大臣としは最年少の若さだ。しかし国民の人気は絶大で就任して1年、支持率が50%を切った事はなかった。野々宮が総理になって、北朝鮮とは大きな問題は起きていなかったがここにきて重大な事案が発生した。

今から1週間前、平壌に潜伏していた諜報員に一人の男が接触してきた。男の名前は李西門リ ソムン、北朝鮮高官の一人で弾道弾ミサイル開発の責任者をしている人物である。李は接触した諜報員に日本への亡命の意思を伝えた。亡命を受け入れてくれる代わりに自分に分かる限りの情報を教えるというものだった。もちろんこの中には北朝鮮のミサイル技術情報や軍事機密が含まれており日本としてはのどから手が出る程欲しい情報だ。しかし幾つかの問題もあった。まずこの李の言っている事が信用できるか?李の亡命の意思が本当かどうか分からない。二つ目は李には厳しい北朝鮮の管理下に置かれている為、気づかれずに日本へ脱出することは容易ではないという事。この李の亡命を手助けするか、しないか、野々宮にとって大きな頭痛の種になった。もし失敗すれば李だけでなく日本の立場も危うくなってしまう。しかし、李の持っている情報は欲しい。野々宮は悩んだ。そんな中、諜報員からの情報で李は現在、国内の対立組織から命を狙われている事、これにより李の亡命意思が本物である可能性が高くなった。更に李は核開発に関する軍事機密も持っているとの情報から野々宮は亡命を受け入れる決断をした。

防衛大臣の平中は北朝鮮の地図が書かれているパネルをモニターに映しながら説明を始めた。


「今回の作戦は北に亡命を一切感づかれる事なく遂行せねばならず非常に困難な作戦となります。現在、李は平壌にいますが、一週間後の6月27日に休暇の名目でここ、長山串(チャンサン岬)に行きます。」

平中はモニターにある地図を指す。長山串は首都「平壌」から南西へ約200キロ離れた所にある北朝鮮の最も西へ飛び出た岬だ。


「岬の近くに小さな町がありますのでそこで諜報員と落ち合います。その後、海軍の船を使って脱出、日本に向かいます。」


「おいおい、監視の厳しい北の沿岸に船が近づけるわけないだろう。」野々宮はバカバカしいと言わんばかりに反論する。


「その詳細については幕僚長から」

モニター越しに沼田幕僚長が頷く。


「総理のおっしゃる通り水上艦では確実に見つかってしまいますし、他国の衛星にも引っかかります。なので今回の作戦では潜水艦を使用します。わが国の原潜1番艦「わかしお」をチャンサン岬の沖1000メートルまで接近、ターゲットを回収します。」


野々宮はなるほどと納得しながら、馬鹿な質問をしたなと少し恥ずかしくなった。


「現在、「わかしお」は訓練中で大島沖にいますので一旦佐世保で武器、食料を積んだ後、作戦海域に向かわせます。」


「しかし、李を回収する時に潜水艦は浮上するんだろ?大丈夫なのか?」野々宮がまたも疑問を口にする。


「それに関しては白波長官から・・」

幕僚長からふられて白波は手元にある作戦資料を見ながら答える。


「たしかに「わかしお」が浮上している時が最も危険となります。そこで諜報員のサンとロイが近くの水上レーダーを潜水艦が浮上している間、妨害します。その間にレイが李を連れゴムボートで沖まで行き「わかしお」に乗り込みます。非常に危険ですが彼らは諜報員の中でもトップクラスですから上手くするでしょう。」白波は希望的観測な言い方をした事を少し後悔した。

野々宮は少し考えながら


「なるほど・・・他に何か危険性は?」

しばらくの沈黙の後、沼田幕僚長が口を開いた。


「一番危惧すべきなのは北の潜水艦です。「わかしお」がレーダーに映らないのと同様に敵の潜水艦もこちらからは探知できません。もし、李を回収前に敵潜水艦に見つかれば作戦遂行は非常に難しくなります。特に2ヶ月前に就航した北初の原潜の行方が分かっていません。そいつが作戦区域にいない事を願うしかないですね。」


野々宮は難しい顔をしながら

「まだ、この原潜の詳細なデータは手に入らないのか?」


野々宮に問われ沼田は

「詳細なデータはまだ入っていません。今あるデータではロシアのアルファ級をモデルとしてますので、少なくともアルファ以上の性能かと・・・。ですがこの原潜は日本海を北上しているのを1週間前に探知しています。我々の作戦区域に現れる可能性は低いはずです。現時点ではこの作戦が最良かと・・・」沼田は野々宮の顔色を伺いながら慎重に答えた。


野々宮は目を伏せしばらく考え込みゆっくり顔を上げた。

「よろしい、決行だ。ただし作戦の状況をリアルタイムで私に報告する事。後、万一に備えて北に対する警戒レベルを上げ全軍で作戦をバックアップしろ。各自細心の注意を払って任務に当たってくれ。以上だ。」


白波の目の前にあったモニターから野々宮の映像が消えた。


「では大臣、これからサンたちと連絡を取ります。作戦の詳細な時間、場所などを教えて下さい。」


「分かった。幕僚長と一緒に2時間後にこっちへ来てくれ。今日中に詳細を煮詰めよう。」

平中が言い終わると残りの二つのモニターも消えた。白波はふぅーと大きなため息をつくと電話を手に取り3桁の内線番号を押した。1度程のコールで電話は繋がった。


「白波だ、サンと連絡を取ってくれ。仕事だ。」電話の向こうで分かりましたというとすぐに電話は切られた。

白波は受話器を置くとポケットからたばこを取り出し火をつけながら、立ち上がった。窓の外に移るビルばかりの景色を眺めながら李のあまりにも上手すぎる話に妙な胸騒ぎを覚えずにはいられなかった。だがもうサイは投げられた、後は必ずこの作戦を成功させるだけだ。必死に自分に言い聞かせたばこを灰皿に押し潰した。


だが一週間後、白波の胸騒ぎは現実となる。


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