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別離と手紙

掲載日:2015/11/08

学園祭にて、文芸部が冊子を発行しました。その中でに記載した作品です。

ある宇宙、あるどこかの小さな星……いや、小さいのかどうかは分からない。物事は相対的だから。物事に絶対的な物差しはないから。もしかすると、私の知らないさらに小さな星があるかもしれないし存在しないかもしれない。ただ、少なくとも私の知る限りでは、この星より小さな星は知らない。そして、いわゆる生物や植物が生きる星も、またここ以外に知らない。周りの星に比べてこんなにちっぽけなのに、我々生き物が存在するのはいささか不思議である……がしかし、このような恵まれた我々が争いごとをするのはそれ以上に不思議である。

しかしながら、私もそういうことを考えるようになったのは一度の過ちを犯したからである。



「それではお母様、行って参ります」

ついにこのときが来た。憎き闇の国を滅ぼそうと、今までたくさんの勉強をしてきた甲斐があった。私はエリートの象徴である軍学校を卒業し、晴れて兵隊の一員となった。母は私の兵役をたいそう喜んでくれた。

「無理をするんじゃないよ。体に気をつけるんだよ。あと、それとそれと……」

軍に入るとなると、次の帰郷はいつ頃になるのだろう。半年後、いや、もしかすると一年後の今日かもしれない。少なくとも当分は会うことができないだろう。

「大丈夫ですお母様。私は心配いりません。軍に入ればお給金がもらえますから、毎月送金いたします。いつも私ばかりに気をかけないで、たまには贅沢もしてくださいね。――それでは失礼いたします」

「ああ!ちょっと待っておくれ!」

母親は家の中に靴のまま駆け込んでいった――が何か包みを持って息を切らしながらこちらに戻ってきた。

「これをもっていきなさい。便せんと切手が入っているから、時々連絡をおくれ。見た景色や思ったこと、元気なのか、幸せなのか、なんでもいい。とにかく連絡がほしいんだ。面倒かもしれないけど、母さんの我が儘、聞いてもらえないかね」

「面倒なんてとんでもありません。軍隊に入るといろいろな街に行くことになります。そのたびそのたび、必ずや連絡いたします」

「気をつけるんだよ……達者で……」

「はい、それでは失礼します。お母様もお身体に気をつけて」

私はひらりと母に背を向け、まっすぐと駅に向かっていった。決して振り向かない。きっと母は泣いているだろう。母の嗚咽がかすかに、私の耳に入る。振り向いてはいけないのだ、私の決心が揺らいでしまうから。


私は地元の軍の本拠地で、軍隊として正式に登録を済ませた。軍からの支給品を一式渡され、駅のホームに向かうよう告げられた。向かうとそこには一人の中年の男性がいた。

「やあ、君が今日からの新兵だね。私がこの小隊の隊長を務める。以後よろしく。」

小太りのバッジの階級は中佐……恐らくこの人が直属の上司に相当するのだろう。

「よろしくお願いします。今後ともお世話になります」

隊長が列車に乗り込むよう促してきたので、敬礼し、列車に乗り込んだ。

列車に揺られること丸一日。私ははじめの目的地「ノース」に到着した。ここは闇の国から遠く、闇の兵からの攻撃は滅多にない。新兵のいる軍はまずここで軽い任務をこなすのが光の軍の昔からの伝統らしい。そんなわけで、楽な任務をこなすための鍵となる新兵はどの小隊にとって大歓迎なのだそうだ。

列車から一歩外に出てみると非常に寒い……聞いていた以上だ。軍から支給されたコートがあるのが幸いだろう。

「おや、もうこんな時期かね」

還暦はとうに迎えたであろう男性がこちらに向かってゆっくりと歩いてきた。

「はて、もしや、連絡は回っていませんでしたかな?部下には今日ここに三十三名が駐屯するということを伝えるように命じていたのですが……」

もしここで駐屯を断られてしまえば、軍の本拠地にとんぼ返りである。

「そんな話は聞いておらんのぅ。しかし良かろう。この街は土地と建物だけはたくさんある。赤い屋根の家は全て持ち主なしの家じゃ。好きに使うと良い。後で食べ物を届けよう。」

「事前の連絡もなく失礼いたしました。感謝いたします。部下にはしっかりと叱っておきます。」

そう言いながらぺこぺこと何度もお辞儀をする隊長は、小太りの中年男性。丸みを帯びた人の良さそうな顔からは叱る姿が想像できなどころか威厳のかけらも感じない。

結局のところ、その後、隊長がこの件について誰かを怒鳴る様子も。注意する様子も見受けられなかったのであった。



拝啓母上様

前略

私は元気です。お母様はどうですか?

こちらは今、北へ北へと向かっています。お母様のいる街よりかは幾分寒いかもしれません。お母様は雪をご存じですか?氷を極限まで砕いたような物です。凍った雨と申すと分かりやすいかもしれません。もっとも、硬くはないのです。まるで綿菓子のようにふわりふわりとしており、それに顔を埋めるととても気持ちが良いのです。お母様にもこの景色を見せたいのですが、あいにく私は小説家ではありませんから、この素晴らしい景色を手紙でお伝えすることができません。私が戻ったら、今度は一緒に行きましょう。また何かあったら手紙を書きます。体調を崩されませぬようご留意ください。



任務の内容は農作業の手伝いなど、子どもでもできる仕事内容である。確かに、軍学校の時に比べ、この街での任務は圧倒的に楽であった。しかし、皆にとって、この異常な楽はもはや不気味さを醸し出していた。

 この日も「ノース」での一日の任務を終え、私を含む小隊全員が整列している。次の目的地や各隊員による報告、隊長の業務連絡――いつも通りの光景だ。

「さて、……良い知らせと悪い知らせがある。」

隊長から緊張感が伝わる。他の兵も察したのか、皆黙って次の言葉を待つ。

「まず、良い知らせは、君たちの昇進のチャンスがやってきたこと」

辺りがざわつきはじめる。予てより感じていた不気味さが現実となるのだろうか。しかし、私からすれば望んでいたことのようにも思える。ついに……このときが来たのかもしれない。

「そして悪い知らせは……次の駐屯地は国境の境だ。もちろん全員、命の保証はできない。出発は十四日後。皆心して訓練に挑むように。」

ついにそのときがやってきたのだ。憎き闇の国を滅ぼすときだ。兵役が決まったときとは訳が違う。本当の意味でついに「この時」である。

「今後の訓練は厳しくなると思うので、各自体調管理の徹底を。――それでは解散。」




拝啓母上様

前略

ついにこの時がやってきました。私の所属する小隊は晴れて、闇の国との戦闘に加わることとなりました。心配はいりません。必ず帰ってきます。今は戦いのための訓練で身体が鉛のように重たいです。それでも、自分が望んだ道です、決してつらくはありません。安心してください。

お母様の方はそろそろ冷え込んできた頃でしょうか。こちらはというと、それ以上に寒いのですが、もうすっかり慣れてしまいました。もしかすると、故郷に帰ったときは暑さすら感じてしまうかもしれません。冷えは身体に良くないと聞きます。お身体に気をつけてください。



 十四日間の厳しい訓練を終え、戦闘地域に向かう列車の中。少しでも寝ておけという隊長の命により、就寝。次に起きたのは飛び交う銃弾の爆音によってであった。

次に起きたのは飛び交う銃弾の爆音によってであった。

「総員!武器を持って戦闘に備えよ!」

その丸っこい身体から想像できない大きな声で隊長が叫ぶ。それほど緊急事態なのだ。

「総員に伝達!敵の数は二十二―――」

隊長は双眼鏡を手に相手の数や武器等を正確に伝えていく。

「いいか!今の目的は敵の殲滅ではない!まずは味方本拠地に無事に到着することだ!無駄な弾の使用は控え、無駄死にせぬよう心がけよ!」

銃弾の雨が列車を襲う。いやだ、死にたくない。こんなところで死ねない。私は一心不乱に銃を撃ち続ける。そのときの私はもう、「無駄な弾の使用は控える」なんてことは忘れていた。

「あと二分で応援が到着と連絡あり!耐えろ!」

相手は的確にこちらの打たれては困るところを狙ってくる。列車のタイヤ、ガラス、そして……

「ひぃ!」

列車の先頭、運転席より、悲鳴が上がった。隊長は全速力で運転席に向かい、運転手の護衛を始めた。

気づけば床下には赤い血の池ができ、そこら中に負傷した兵が転がっていた。誰も死んでなんていない。だからこそたちが悪い。そのうめき声は私にとって恐怖でしか無いのだから。

絶え間なく聞こえる銃弾の音と仲間のうめき声が私の耳をつんざく。キーンという耳鳴りが鬱陶しい。

「応援が到着、総員攻撃やめ!」


応援が来てからは、早くにけりがついた。まず銃弾の音が十倍に増えた……と思ったらそれも一分とたたないうちに消えた。後に残ったのは静寂だけだった。

ぼろぼろに壊れた、窓とはとうてい呼べないそれをのぞくと、辺りは血の海だった。私は戦闘をなめていた。所詮私は

本当の争いを知らない温室育ちの人間だったのだ。



拝啓母上様

前略

私は最近気分が優れません。それでも周りには素晴らしい上司や先輩に囲まれているので幸せです。今日は初めて本当の戦闘というものを体験いたしました。戦争とは死と隣り合わせなのだと言うことを改めて知りました。しかし、私には帰るところがあります。故郷があります。家族があります。だからここで死ぬわけにはいかないのです。必ず帰ってきます。そのときまでお母様もお元気で。



どんよりと鉛色の雲が空一面に広がっている。ああ、これ以上この色を見たくない。もう銃弾色を見るのはこりごりだ。それでも、この国を、光の国を守るために私は戦わなければならないのだ。

 最近、すっかり死体というものを見慣れてしまった。初めのうちは吐き気すら催していたものも今となっては日常の風景で、血の色だってもう慣れたものだ。しかし、「銃の引き金を引く」これだけは今でも慣れない。憎き闇の国の兵を相手にしても。

 戦闘地域での任務もかなりの時間が過ぎた。当時は始めに訪れた地「ノース」に比べれば幾分ましだったとはいえ、相当寒かった。それに対し今となっては、できれば半袖でありたいと思うほどには暑い。かつてあれほどまでに私を苦しめた冷たい風は気づけば沈黙してしまい、代わりに灼熱の星が私の肌をじりじりといたぶるようになった。

熱により曖昧な視界の先に小さくぽつりと人の姿をみつけた。私は慌てて双眼鏡を取り出す。……闇の兵だ!

応援を呼ぼうか……いや、そんな時間は無い。そうこうしているうちに自分が見つかってしまう。

幸いにもこの一帯は起伏が多く、谷になっている部分は視界が不良なのだ。今、私が山、敵が谷にいるのである。

……やるしかないのか。銃に手をかける。じんわり汗ばむ手で、銃が上手く握れない。だが、殺さなければ殺されるかもしれない。今逃げたとしても背後から撃たれるかもしれない。前にも思ったばかりではないか。戦争は死と隣り合わせなのだと。そう言い聞かせ、敵に照準を合わせる。がたがたと大きく揺れる照準を必死に押さえ、そして、放つ。1発、2発、3発。

男は胸を押さえながら倒れ込んだ。4発、5発、6発ーー。

私はもしかしたら生きているかもしれない、という恐怖で銃弾を使い切ってしまった。さすがにもう大丈夫だろうと思った私は男に近づいていった。とはいえ、普通に歩いて行けば2分程度の距離を、私は20分もかけてしまった。

「……手紙?」

男の手には、便せん。それを大事そうに、しかし力強くぎゅっと抱きしめ、まるで祈るようにして、心臓の位置にあてがっていた。闇の兵であっても、大切な何かがあるのだろうか。私は、敵の持つ「大切な何か」を知りたいという衝動に駆られ、その手紙を拝読した。



親愛なる息子、そして妻へ

元気でやっていますか?俺は元気です。

光の軍の勢力が強まって来たので、少し慌ただしい様にも感じます。ですが、愛する家族と国を守るためと思えば、何も辛くありません。まずは息子へメッセージを送ります。

元気にやっているか?お父さんは今、おまえやお母さんを守るために、「やみの国」と「光の国の」のあいだにいます。

お母さんから聞いたぞ。好き嫌いが多いそうじゃないか。それじゃあ強くなれないぞ。お母さんを守る強い戦士になれないぞ。……なんてえらそうなことを言うようだが、お父さんも好ききらいが多くて、よくお父さんのお母さん(おまえで言うところのおばあちゃん)におこられたものです。でもがんばって好ききらいをなくしました。今は、こうやってりっぱに働いています。好ききらいを治すのは大変です。それでもたえてください。そうすればいつか、お母さんを守れるほど強くなります。お母さんをだっこできるほど大きくなれます。

また、手紙を書きます。それまでに、1つは何か好ききらいを治すように。何か治せたら手紙をください。楽しみにしてます。お母さんに迷惑をかけちゃダメだぞ。


最後に親愛なる妻へ。

元気にしていますか。最近は病気の具合も良いと聞いているので安心しています。そうそう、最近、うれしいことがありました。貴女の住む街を狙う光の軍を殲滅したのです。これで当分は大丈夫だと思います。こうやって、大事な家族を守ることができている実感が湧くと、この仕事も悪くないなと感じたりします。危ない仕事なのは分かってます。貴女がいつも不安で夜も眠れないことも知っています。それでも貴女と息子を守りたい。国を守りたい。そんな俺の我が儘をどうか許してください。必ず帰ってきます。

今度帰るのは来月の今日です。そう、結婚記念日です。美味しいケーキの作り方を同僚から教えてもらったので、腕によりをかけて作りたいと思います。それまで、首を長くして待っていてください。病気が悪くならないようにしっかりと身体を温めて。無理の無いように日々を過ごしてください。



 私は酷く後悔した。あのとき本当に逃げることはできなかったのかと。本当に彼を殺す必要があったのかと。きっと彼は善良な人間だったのだろう。きっと愛すべき家族を守るために軍隊を志したのだろう。そう思うと胸が痛い。彼もまた私と同じく、家族を愛する生命体なのだと。そう思うとこみ上げてくる何かを感じた。それと同時に一つの疑問が浮かぶ。戦うって何なんだろうか。結局、祖国を守るためにお互い争っただけでは無いか。国が違うだけで、その根本は同じでは無いか。ならば、どうして……。

 


拝啓母上様

元気にしていますか。こちらは鉛のような身体だったものが、今は嘘のように元気です。しかし、心の面では最近悩むことがあるのです。私は母を守るため、エリートとして兵隊に入りました。しかしそれは結果として、母を置き去りにすることにつながりました。お母様、私はお母様が心配でなりません。ご飯は毎日食べていますか?ちゃんと医者には通っていますか?

――そのようなことを考えていると、私は不安で不安で仕方なくなってきます。これがいわゆるホームシックと呼ばれるものなのでしょうか。これが親離れできない子の病気なのでしょうか。なら、それでもかまいません。1日でも、いえ、1秒でも早くお母様に会いたい。今はその気持ちでいっぱいです。

 


1週間後、お母様から初めて手紙が帰ってきた。



いつでもかえっておいで



たった一文、それだけだ。そしてその一文が、私のエリート人生の幕引きのきっかけとなった。

 それからまもなくして、私は除隊した。ちょうど、戦闘地域の兵隊の入れ替わり時期だったのだ。隊長に除隊の旨を告げると、隊長は私の気を察してくれたようで、「一般市民を守るのが我々、兵隊の役目だ。家族と命を大切に」たったそれだけの言葉を残し、去って行ってしまった。

 帰郷し、自宅に戻ると、一回りしわくちゃになった母が顔をぐちゃぐちゃにし、私のところに駆け寄ってきた。

「会いたかったよ……本当に……」


私は、兵役後、初めて涙を流した。

私の生まれ故郷は今日も暖かい。

結構、自分の心情が反映されてるのかもしれないなと書いていて感じました。現在私は5年間寮に暮らしています。ホームシックになったことはありませんが、家のご飯は恋しいし、家のソファーでくつろぎたいとよく思うものです。もっとも、作中の主人公と違い、帰ろうと思えば3時間で帰れる距離ではありますが(笑)

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