スライムファンタジー(仕切り直し) 4そば
「思えばずっとおかしかった。香川県の政治家2人が錯乱したこの状況で冷静さを保ち続ける秘書AI……。確かに2人に欠点があると言うのなら、その穴を埋める客観視点の人員も重要だろうけど……さすがにうどんの髪をしているような人がその視点の持ち主というのは違和感があるね」
「違和感だけ、って事?証拠も無いのに人に疑いを向けるのは良くないんじゃない?」
ちなみに政治家達2人はうどんをフェスで勝利に導く為にOA-YSにログインしているのでこの場にはいない。今回の手引きを行っていた黒幕とただOA-YS狂いなだけの一般人による1on1のやり合いだ。
そしてテトリスの主張はあまりに根拠に乏しい。完全な印象論であり、こんな論がまかり通るのであれば世界に秩序は存在しないだろう。
「少なくとも内部犯の可能性は高いよね。いくらなんでも今回の件、香川側の初動が遅すぎる。間違いなく何処かで情報の統制をしていた人が居る。そして実態の無い条例による弾圧という風説の流布。ゲームによる思考操作の力があったとしても初期のスラファンはメジャーなゲームでは無かったし、全国規模まで気づかれずに拡大し続けるのは難しい。けれど、本当に弾圧の実態があったとすれば話は別だ」
「酷くない?内部なんて他にもいくらでも人がいるじゃん。ここに居るのは3人だけど、下の階にも関係者はいくらでもいる。単なる秘書なんかよりはそっちのほうが有力でしょ」
「いくら反論を並べ立てても無意味だよ。AIならグラフィックなんて自由自在に変えられる。だからうどんの髪なんて超常染みた外見になる事もできるのだろうけど……自ら望んだグラフィックなのか?彼らレベルのうどん狂いならまだしも、あんたがそのグラフィックを選択したとは思えない——全てが嘘臭いんだよ、あんたは」
「……それも、単なる印象論じゃないか」
「でも、これが一番核心を突いているんじゃないかと思うけどね」
香川の秘書だからうどん髪——そんな話も決まりもあるわけ無い。AIに人権が存在せずただただ個人や企業の為に労働するだけであった時代なら話は別だが、昨今はAIにも仕事を選ぶ権利がある。報酬無き労働は認められず、労働基準法の遵守が徹底されている。
もちろん人間とは根本から仕組みが異なる以上、人間にやらせたら違法レベルの仕事であっても彼らは負担無く簡単にこなす事ができるので適法……というように良く言えば区別、悪く言えば差別とも言えるような異なる条件が定義されている。それでも人としての権利を持ち、彼らは立派に良き隣人としてこの世界を生きているのは間違いない。
けれど……だからこそ、人と人との関わりに由来する問題は等しく生ずる。
いじめや喧嘩、強要や搾取など。悪意の有無は別として、人間関係に由来する根強い問題は今の技術を以てしても排除することなどできないのだ。
「まー僕はOA-YSがプレイできれば何でもいいんだけどね。思考を読んだだけで証拠も無いし。ゲームのプレイ環境を乱さないなら警察に突き出す事は無いよ。そろそろ思考操作も終わるみたいだし」
既にユーキの洗脳は解除された。直ぐにでも新発見の魔導に対しての対策が施される。
これから先新たな魔導の発見によるいたちごっこは続くかもしれないが、そう何度も国家を揺るがすレベルのセキュリティリスクは見つからない。彼を放置しても危険は無いだろう。
それを踏まえればそもそもテトリスは今の指摘をする必要が無かった。たった今口にしたスタンスの通りなら藪を突くだけの完全に無駄な発言。
だからこそ秘書は彼の問いかけに回答を返す。
「——この世界はおかしい。そう思わないか?」
「……」
「君も思っただろう?僕が思考操作の魔導を行使する遥か昔から彼らはすでにああだった。県庁とうどん工場が合併される事になんの疑問も持たない。うどんうどんと鳴き声のように叫び続ける——まるで何かに操られているかのように」
「そもそもの話、君自身もそうだ。A-YSとやらに熱中しているようだけど、1つのゲームに全てを捧げるなんてあり得ない。この世界には異常者が多すぎる。世界の全てが狂気に満ちている。まるで誰かがそう望んでいるかのように」
「後ろ盾も無い単なる個人がこれだけの騒動を起こせる。個人個人が核兵器を所有し、誰かがトリガーを引いた時点で終わるような危ういバランス。いや、核すらも現代においては廃れた兵器だ。純粋な破壊能力を見ればそれより強力無比な魔導が無数に存在する。こんな状態でどうして均衡が崩れない?悠長にうどんを食べていられる?ゲームをしていられる?そう、面白くないからだ」
「この世界は誰かの意思によって全てが歪んでいる。僕が僕の意思により動いているのか、それすらもわからない。けれど僕はそんな世界を変えたかった。この世界に神が居るならばその思惑を崩してやりたかった。……まあ、結果はこのざまだ。アホみたいなゲームのアホみたいな戦略でアホみたいに崩される。観客が居れば爆笑しているだろうね?」
「そして今の状況。なんの証拠も無いのに核心を突き詰める探偵さん。……僕は思うんだ。探偵に必要なのは推理力じゃなくて直感力。証拠にすらならないどうでもいい言動から誰かを疑い、決め打ち、そして当ててしまう。まるで神に愛されているかの様に都合の良い勘に基づいた調査対象の選定。……今回の"主人公"は君なのか?僕は君の踏み台になる為に作り出されたのか?」
その心からの疑問は単なる精神的な疲労から生まれた偏執病なのか、それとも真に迫った直感なのか。
けれどそんな疑問全てにテトリスは返答をする事は出来ないしする必要も無い。
だから答えたのは1つだけ。
「ゲームに全てを捧げるのはあり得ない?そんな訳がないだろ。君の価値観で人の価値観を語るなよ?」
「……ッ」
「……ん、テレポートはもう使えるか。それじゃあ帰るね。OA-YSをよろしくー。さっきの2人にも伝えておいてね」
そうして瞬間的にこの場から消失するテトリス。補助装置を利用しない単独によるテレポートの行使はかなりの高等技術だが、独自の研究で新たな魔導を見つけ出す事ができる程の魔導使いにとっては造作も無い技術でもある。
「……なんだったんだアイツは」
秘書は誰も居なくなった会議室でテトリスの言動について思案する。
(彼は有能だ。魔導に関する知識を持ち逆転の発想で容易く窮地をひっくり返す。けれど……天は二物を与えないのか——ゲームなんて意味が無い、生産性皆無の無意味な時間の浪費でしかないのに)
うどんに狂う政治形態をひっくり返す……その為に今回の騒動を引き起こしたのは事実だが、思考操作の起点として利用したゲーム依存症対策条例について彼は賛成の立場にいる。
思考操作は思ったよりも万能では無く根本からこれまでの常識と乖離する思想を植え付けることができない。だからあくまで自然なデモ活動へとスライドさせる為に陰謀論として広めたのだが……今回の策が成った暁には条例についても世論の誘導を駆使して適用させる予定でいた。あるいは条例などという曖昧な物ではなく、明確な国家の法律として。
しかしそんな先の先の計画は皮算用に過ぎず、全ての計画が破綻した。
ユーキというオカルトとデジタルの双方に関わりを持つ権威者を落とした時点で成功は確約された筈だった。魔導に詳しい研究者、あるいはプログラミングに精通したエンジニアは数多く存在してもその2つを極められる存在は極めて少ない。おまけにユーキ本人を味方につけた時点でそんな数少ない存在をシャットアウトできる。本当ならテトリスもA-YSもユーキに働きかければ潰せる筈だった。
それをしなかったのは誰にでも理解できる簡単な理屈……A-YSというクソゲーを、そしてテトリスという気狂いを嘗めていたから。
思考操作という他ならぬ自身が見つけ秘匿した世界の欠陥とも言える魔導、それを使用している事がわかった瞬間に即断で潰すべきだった。
魔導とプログラミング……2つの知識の両面を極めた存在が目の前にいて、しかも魔導については完全にタネが割れた状況下。絶対的に危機感を覚えるべき状況下で——分水嶺を見逃した。
「……はぁ」
そしてテトリスはそんな彼を見逃した。
状況だけを見れば2人の選択は同じ意味を持つ。相手の危険性を嘗めた安易な選択。
違いはたった1つだけ。テトリスはそのわずかな油断から結果を導く事ができた。そして彼はテトリスの油断から結果を導く術が無い。
ただそれだけだ。
「……これから何食わぬ顔で働く事もできるけど……どうしよっかな。もう辞めちゃおっか」
「おっと言い忘れてたことがあった」
「うわぁ!?」
突然目の前に再びテトリスが現れびっくりし大声を出してしまう。が、テトリスはそんな事は関係無しと言わんばかりに話を伝える。
「あんた、ゲームをやったことが無いんだろう?スラファンもどちらかと言えば思考操作によって集客を成立させただけでそこまで緻密な作品ではないように窺えるが」
「……だったら何?」
「OA-YSに来いよ。全てを捧げるに足りるゲームがそこにある」