事実無職のジョブマスター⑤
「……妖怪の匂いがするニャ」
「そりゃあそうだろうよ」
リュンクの村を昼に出て八時間、ツカサと琴花はサバーカの森で迷っていた。
辺りはすっかり暗くなってしまった上になぜか霧が立ち込めている。ゲームとは全く違う状況で、ツカサの知識は役に立たない。
「迷うし暗いし……」
ツカサは後ろにいる小さな妖怪を指差す
「こいつをどうにかしてくれ!」
ツカサの後ろにいるのはサバーカの森に入った頃からついてきている犬のような妖怪だ。
ゲーム時代にはいなかったこの妖怪、HPバーも出なければ攻撃してくる気配もない。
出るのは名称のみ、種族名は『送り犬』
「なんなんだこいつは……」
「知らないニャ、うちについてきたことは無いニャ」
「まあ、何もしてこないからいいけどさ……」
本来金髪であるはずなのに銀髪である猫又、琴花。何をするわけでもなくついてくる謎の妖怪、送り犬。
全てがゲームと同じわけではない。そんな事を考えながらツカサは勘を頼りに森を進む。
「琴花、来たぞ」
視界の隅に妖怪のHPバーを捉えたツカサは剣を装備する。
剣を見た琴花が手招きをし、ツカサの職業欄が剣士に変わる。
「さあこい……イヌッコロ!」
現れた二匹の妖怪の種族名は『人面犬』
リュンクの森で言う化猫、ツカサに言わせれば雑魚だ。
「チュートリアルレベルの的に負けるか!」
ツカサが繰り出す回転切り『円牙』の二撃目が当たったのとほぼ同時に琴花の爪が人面犬の首を切り裂く。
ツカサの目の前から人面犬が消え、琴花の目の前の人面犬の首と胴体が離れる。
「……っと」
回転切りの反動でよろめくツカサ。そのまま下に落ちた通貨を踏んで転んでしまう。
「ワン!」
それを見ていた送り犬は遠吠えをあげる。遠吠えは森に反響し、周りの草むらから何匹もの送り犬が集まってくる。
「な、なんニャ」
「いや、大丈夫。こいつらが集まったところで何もない……」
自分に言い聞かせるようにツカサが呟くと、送り犬の頭上にHPバーが浮かび始めた。
「まさか、こいつら全部……」
ツカサの予感は的中した。HPバーの表示は戦闘開始の合図だった。
「量は凄まじいけど……サバーカレベルなら問題ない!」
ツカサは補助スキル『多重剣』を発動させる。
一撃毎に手数が増えていき、最終的には一度の攻撃で五回攻撃した事になるものだ。
「手数さえ増やせば……」
ツカサの予想はハズれていた。多重剣の限界、総計十四連撃で倒れた送り犬はいなかった。一匹のHPが半分程減っているだけだ。
ツカサは驚いて迷い犬のHPバーを見る。半分減ったHPバーの上に書かれているレベルが目に入る。
「うそだろ……?」
サバーカの森のエリアレベルは2。レア妖怪だとしても通常ならばレベル5くらいである。
ツカサの目の前にいる無数の迷い犬はそのレベルを遥かに超えていた。
「42……」
ツカサは思い出す。[Magic specter]のイベント『迷い森の送り犬』を。
霧が立ち込め、見えにくくなったサバーカの森を進むといった単純なものだ。
しかし森に入った瞬間、送り犬が後からついてきて、プレイヤーがコケると戦闘が始まるといったものだ。
コケるかどうかは数歩毎に判定され、今まで重要視されてこなかった『運』というパラメータが重要になった。
「運が悪かったってか」
次々に飛びかかってくる送り犬を避けながらスキルを駆使してツカサは戦う。
「くそっ、全然減らねぇ! なんでだ」
ゲームではなく実際に戦っているから。武器が弱いから。理由は幾つもあるが、それにしてもダメージが与えられない。そんな事をツカサは考える。
ツカサのレベルは72、送り犬に苦戦するレベルではない。
ツカサは思い出す。初期の妖怪である化猫や人面犬ですら二回攻撃しなければ倒せなかった事を。
(いくらなんでも……おかしい)
ツカサは隙を見て自分のパラメータに目を走らせる。
「……なるほど」
問題は至極単純な事だった。レベルアップ時に貰えるステータスポイント(SP)が振り分けられていなかったのだ。
スキルなどはゲーム時と同じだったから気づかなかったのだ。
「それなら話は簡単だ」
ツカサは曖昧な記憶を頼りにゲーム時と同じようにSPを振り分ける。
振り分けたところに跳んできた送り犬を数回切りつける。
「キャウン」
情けない声を上げて送り犬は消える。さっきまでとはまるでスピードが違う。
「これならいける……」
ツカサは凄まじい勢いで送り犬を倒し始めた。