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「う……」
頬が熱くなる。他の人の気配をうかがうけれど、カウンターが書架の向こうにあるせいで誰からも見えない位置に私たちはいた。
「あの……」
「座って」
有無を言わせぬ雰囲気を感じて、すとんとまた席に座る。
「あの、手……」
「うん?」
「はなして……」
「早川さんが、答えてくれたらね」
笑顔のままずっと私の手をつかんでいる彼から、目をそらしてうつむく。
「えと……あの、昨日のってあれって……本気?」
「あれ? 信じてくれなかったの?」
「だって、唐突だったし、なんかあんまりあっさりしてたから……」
くすり、と真崎君が笑う気配がした。
「じゃ、ちゃんと言おうか? 俺は、早川さんが好きだよ」
その瞬間緊張したのは、握られた手を通してきっと伝わってしまった。
「だから、君にも俺のこと好きになって欲しい」
どきどきと心臓が早鐘を打つ。
確かに、真崎君は素敵な人だと思っていた。その真崎君に熱のこもった声でそんな風に言われると。
「誰か、他に好きなやついるの?」
「ううん」
「じゃあ、俺のこと、嫌い?」
「ううん。でも、真崎君もてるから、他にいくらでも……」
「俺は、早川さんがいいの。迷惑だった?」
「そんなことない。ただ、そんな風に考えたことなかったから、驚いちゃって……」
「そ? これでも、結構アピールしてたつもりだったんだけど」
そういえば、真崎君は夏にバスケ部を引退してから、やけに図書館に来ることが多くなった。だから、役員でもないのに、結構委員会の仕事手伝ってくれたりしたんだよね。
ずいぶん、親切な人だなあとは思っていたけれど、それって、もしかして……
「俺と、付き合ってくれる?」
わー! きたー!
体中がぶわりと熱くなった。
「あの、私、まだ真崎君のことよく知らないから、いきなり付き合うってのは、その……だから、とりあえず、友達、でもいいかな?」
ちらりと上目遣いで真崎君を見ると、真面目な顔でじっと私を見ていた。
「いいよ。ありがとう」
そこで、やっと真崎君は手をはなしてくれた。別に痛くされたわけではないけれど、そこを反対の手でそっとさすって、彼に気がつかれないように大きく息を吐く。
き、緊張したあああああ。
「脈なし、ってわけじゃないことが分かって、安心した。早川さん、俺と一緒にいると楽しいでしょ?」
「うん」
そう。好きか嫌いか、と聞かれれば、好きの方が大きい。でも、今はまだ、私の好きと真崎君の好きは違うと思う。
それが……少し、怖い。
「今は、それでいいよ。あんまり深刻に考えないで、いつも通りにしてて? あとは俺のがんばり次第、だな」
チェックリストを持って立ち上がった真崎君に、つられて立ち上がる。
友達……今は。でも、いずれこの人と付き合ったりするのかな。そしたら真崎君が、わ、私の彼氏って……そ、そんな日がくるのかしら。
そんな考えにまだどきどきしながら、カウンターへ向かう真崎君の後に続く。あと一歩、で、書架の影から出ようとした時、真崎君が振り向いた。
「というわけで、これから本気で落としにかかるから。覚悟しといてね」
私が追いつくのを待ってそう言うと、ふいに私の腕を引っ張った。
ばふっと、衝撃があって、気付いたときにはその腕の中に抱きしめられていた。
「こんな風に、ね」
そう言って、額に軽く口付けられた。




