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LHRが長引いたせいで、放課後、図書館に行くとすでにカウンターの中は作業中の委員でいっぱいだった。館内にも、準備に追われる委員の姿が目立つ。
「とこちゃん、クラスの当番は何時から?」
図書委員長の武藤君がノートを見ながら聞いた。
私は、きちきちに人がつまっているテーブルの隙間に、空いている椅子を見つけて腰を下ろした。
「確かお化け屋敷だったっけ?」
「そう。当番の時間、まだ決まってないの。先にこっちで決めちゃっていいよ。クラスの方を委員会の時間とずらすから」
「おっけ。じゃあ……」
話しながら、私は作業の準備をしていく。
色画用紙をしおり大に切って、いろんな小説なんかの中にでてくる台詞を一言書き込む。絵を描いてもよし。パンチで一つ穴を開けてそこにリボンをつけると、図書委員特製のしおりのできあがり。昨日の委員会で、本の貸し出し推進を兼ねて文化祭で頒布することに決まったのだ。
「先輩、これ、やり始めてみると楽しいね」
同じくしおり作りに取り組んでいた後輩のさっちゃんが、嬉しそうに言ってくれた。
うちの高校は、委員会が全員必須ではない。必要な委員だけクラスで選出して従事するようになっているので、委員会をやっている人はクラスの半分くらいしかいない。だから、わざわざ図書委員をやっている人ってのは、もともと本好きな人の集まりだ。自分の好きな本を宣伝できるんだもの。楽しくないわけがないと思う。そう思って、提案したんだ。
「よかった。時間も限られちゃうし、賛成してもらえるかどうか不安だったの」
「好きな本を人に薦められる機会ってなかなかないから、楽しいです。先輩、何書きます?」
さっちゃんが、笑顔で聞いてきた。その隣では、中井君が難しい顔をしてなにやら考え込んでいる。
「いろいろ考えてはきたんだ」
私は、持ってきたバインダーを広げて見せた。
「これ『銀河鉄道の夜』ですね。銀色夏生……あ、フルバだ。なつかしー。結構、長めなの多いですね。短いとだめですか?」
「いいんじゃない? さっちゃんは何書いているの?」
「『桜の樹の下には屍体が埋まっている!』」
「梶井基次郎か。有名な一文だよね。でもそこは知ってても、きっと題名とか作者まで知っている人って少ないだろうから、本の推進、という意味ではすごくいいと思うよ。旧字体、間違えないようにね。短いなら空いたとこには絵でも描いて……って」
私が言葉をつまらせると、私たちの話を聞いていたらしい中井君が、眉間にしわを寄せて口をはさんだ。
「桜ならともかく、死体描くんですか? それより、とこ先輩、現代物でもいいですよね?」
「いいよ。誰書きたいの?」
「村上春樹と小野不由美」
「あ、私も好き」
「先輩も? 俺も好きなんですよ。ただ、その中から何を書こうかと悩んじゃって……」
「書きたいもの、みんな書けば? 枚数は多いほどいいし」
「とこちゃーん! 『ニュートン』の五月号から八月号ないんだけど、知らない?」
館内の書架の影から、亜矢ちゃんが叫ぶ声が聞こえた。と同時に司書室からは、「図書館では静かに!」と桜井先生の声が飛ぶ。
「あ、こっちにあるの。待って、今出す。さっちゃん、こっちにも紙、あるから」
持っていたしおりを置いて立ち上がる。亜矢ちゃんの言っていた雑誌は、先週貸し出しがあってまだ書庫に戻してない分だ。
「はい、これ。まだ戻してなかったのよ」
「ありがと」
「早川さん、そっち手があいたら、ここ手伝ってもらっていい?」
急に声をかけられて、声の主に視線を向ける。さらに奥のテーブルで、真崎君が雑誌の在庫チェックをしていた。
う。姿が見えないと思って油断していたら、そこにいたのか。
「私の方はもう終わったから、とこちゃん手伝ってあげてよ」
亜矢ちゃんが意味ありげに笑って、カウンターに戻っていった。
「あ、うん……」
なるべく不自然にならないように、平静を装って真崎君のはす向かいの席に座る。
「何すればいい?」
「俺が在庫読み上げていくから、その表にチェックしてってくれる?」
見れば、チェックリストにはすでに在庫と破損状況なんかが書き込まれている。相変わらず、丁寧に仕事してるなあ。確かにこれなら、一人より二人の方が早く終わる。
しばらくは、淡々と二人でチェックにいそしむ。音楽雑誌が二種類と映画雑誌、自然科学系、神秘系が一種類づつ。それぞれの雑誌の付録販売も、古書店の目玉の一つだ。
「……で、九月号、と。うーん、破損しているものも多かったな。販売にまわせる分は、これだけになっちゃうか」
真崎君が、リストと雑誌を見比べながら言った。
「雑誌はどうしても扱いが手荒になりがちだから……。これで終わり?」
「うん。ありがと、早川さん」
「じゃ、私は……」
チェックリストを渡して立ち上がろうとしたら、その手をつかまれた。
……ぎくり。
「昨日の返事、聞きたいんだけど」




