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「似合う、似合う。かっこいー」

 盛り上がるギャラリーを見回すと、高森君はおもむろに、正面にいた若木さんの前にひざまずいた。きょとんとした感じの彼女の手を下からすくって口付けるように唇を近づけ、上目遣いで低く囁く。


「月の女神のごとき美しい貴女。私の心は、すでに貴女のもの。どんな望みでも叶えてみせましょう。……ほんの一口の、生き血と引き換えに」

 一段と甲高い女の子達の悲鳴があがる。手をとられた若木さんは、真っ赤になってへなへなとその場に座り込んでしまった。


「きききききききき……気障っっ!!」

 若木さんに手を貸して立ち上がる高森君を見ながら、わざとらしく震えて美樹が言った。

 と、鳥肌立っちゃった……

 普通の高校生にあるまじきとんでもないセリフを吐いても、高森君は平然としてにこにこと笑っている。フェミニストの国で育つと、日本男子でもああなるのか。


「静かにして! 時間もないから、さっさと始めるぞっ。実際の看板の設置や暗幕の通路作りは前日の準備の日にやるとして、とりあえず持ち場と背景セットの最終確認をする。お化けの人は、衣装は持ったな? 着られる人は着て、それぞれの持ち場についてくれ」 

 委員長が手を打って叫ぶと、あちこちからまた声がとんだ。

「委員長、俺、どこだっけ?」

「ねえねえ、原さん。私の衣装ってこれでいいの?」

「宇宙船、足していい? ほら、最近はやりだし。あ、大きいの作っていいなら……」

「いいわけあるか! めっちゃ浮くだろ」

「大道具ってもう一人誰だっけ? 堀内? ちょっといい?」

 入り乱れるクラスメイトの間を縫って、美樹と私は移動する。私たちの持ち場は、お化け屋敷の終わりの方だった。


「あれ? 高森君もここ?」

 私たちの後についてくる高森君を見て、美樹が聞いた。今日はいすや机を仮のセットにみたてて通路を組んであるだけなので、どこにおばけが配置されているかは一目瞭然だ。

「出口の方って言われた。ここら辺でいいんだよね? え……と?」

「私は中嶋美樹。こっちは早川瞳子、よ」

「ああ……早川さんていうの」

 私を見る目が、かすかに細められる。

 なにか、値踏みされているみたいで、あまりいい感じじゃない。

 あ、そういえば。

「ねえ、朝の、何だったの?」

「ん? 朝って?」

「何か、私の顔見て納得してたでしょ」

 用心深く聞いた私に、さらりと高森君は言ってのけた。

「ああ。……かわいい娘がいるな、と思って」

「はあ?」

「ふむ。いい目をしているな、おぬし。褒めてつかわす」

「ははー。ありがたき幸せ」

 気をよくした美樹に、高森君も調子をあわせる。

 さらりと言われたけど、単純に褒められてると思っていいんだろうか。……さっき若木さんに言ってた台詞を考えると、単なる社交辞令と思ってた方がいいんだろうな。


「こら、そこ! おしゃべりは後にしろ。始めらんないだろ」

 委員長が、持っていた計画表でぺこっと美樹の頭を叩いた。

「はーい」

 同じように移動を始めた高森君を見て、委員長が声をかけた。

「あ、ちょっと、高森君?」

「はい?」

 じーっと、その姿を見て。

「あのさ、もうちょっと、無表情でやってみてくれる?」

「は?」

「今朝最初教室に入ってきたとき、君、緊張してただろ? あん時みたいな無表情にしてみると、結構吸血鬼として迫力でるかな、と思って」

「迫力……?」

「そう。君、顔がいいからね。いい雰囲気を持っているよ」

 一人うなずく委員長を、高森君は微妙な顔で見ていた。

「うーん、これは売りになるかもしれないな。謎の吸血鬼の正体は、美形の転校生! よし、これで行こう。ちょうどインパクトになるものがなくて何か考えなきゃと思ってたんだよな。……えーと、ここのとこ、もう少し通路狭くして急に出たような……」

 ぶつぶつとセットの変更を考えながら、委員長はまた奥の方へ戻っていった。


「ねぇ」

 持ち場に戻る美樹の後に続こうとして声をかけられ、何気なく振り向く。

「高森君?」

「……僕って、恐いかな?」

 ゆっくりと振り向いた高森君の顔には、薄い笑顔がのっていた。さっきまでの明るい笑顔とは、違う。

 作られた、笑み。

「え? ううん、そんなことないよ」

 とっさに答えて、気付いた。高森君……、もしかして、傷ついた?

「えっと、私は、きれいだと思うよ? 高森君のこと。男の人にこういう言い方って、もしかしたら失礼かもしれないけれど……。委員長の言ってたこと、あんまり気にしなくてもいいと思う。せっかくそんなに美人さんなんだから。その顔も、ふわふわの髪も、少なくとも私は好き……だし……」

 言いながら、だんだんと恥ずかしくなってきた。

 な、何言ってんの? 私。

 高森君の目が、驚いたように丸くなる。それで、余計に頬が熱くなって、あせった私は言葉がとまらなくなった。

「あの、だから、全然怖くなんかないよ? うん。絶対、みんなそう思っているって。だって高森君、こんなにきれいなんだもの。ほら、私なんてさ、平凡で全然かわいくない顔だし、髪だって高森君と違ってごわごわで真っ黒だけど、やっぱ、自分くらいは自分で好きになってあげなきゃアレだと思うし……っていうか、だから高森君ももっと自信持って吸血鬼やって、あれ、違うな……」

 もう、何を言いたかったんだか自分でもよくわからなくなってきた。

 収拾がつかなくなってきた私の耳に、ぽつりと呟く声が聞こえた。

「早川さんは、かわいいよ」

 穏やかな笑顔に戻った高森君が、私の頭にぽんと手をのせた。

「僕には自信を持ってと言えるんだから、自分にもそう言ってごらんよ? 君は、かわいいよ。……ありがとう」

 いや、そんなことを言わせたかったわけではないのだけれど。励ますつもりが、反対に慰められてしまった。とほほ。


 でも、高森君が元通りの笑顔になったので、少し、ほっとした。

 確かに、男っぽいとは言えない顔つきけど……。もしかしてコンプレックスだったのかな、きれいな顔。

 素敵なのに。


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