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「瞳子」

 私が落ち着く頃を見はからって、高森君がそっと声をかけてくれた。

 私は体を離すと、残った涙を拭う。

「高森君、私……」

「高森って、今は本当の名前じゃないんだ」

「え?」

 まだ少ししゃくりあげながらその顔を見上げる。

「勇敢な君に敬意を表して、本当の僕を見せてあげる」


 おどけたように言って、長めの前髪を払うように首を振った。薄暗くなった図書館の中、私の目の前で彼の髪は、栗色よりもっと鮮やかな金色に変わった。

「ちなみに、この瞳は自前」

 指差す瞳は、見慣れた黒。

「悠理は、黒の髪に青の瞳。僕は、金の髪に黒い瞳。パーツが違うってことは、多分、二卵性なんだろうけれど、その割にはそっくりな双子だった。父が吸血鬼で、母は純粋な日本人なんだよね。見事に混ざっちゃった」

 背筋をのばして、まっすぐ私を見返す。いつも彼がそうしていたように。


「ユーキ・ロールテリング・ド・グリフォルド。これが僕の本当の名前だよ」

「ロール……」

 繰り返せない私を、ちょっと笑って。


「高森は、ずっと小さい頃の名前。ここは、この街があるこの場所は、僕らの生まれ故郷なんだ。あのころは、まだ家なんて何もなくて、広いススキの野原がずっと広がっていた……もう、何百年も前の話。だから、悠理はきっとここに戻って来た。あんな風に変わってしまっていても、あの頃のことを覚えていたんだ。父と母と、僕と悠理と。他に何もなくても、幸せだったあの頃のことを」


 あの日、高い木に登って住宅街を見渡していた高森君。

 その目の先に見えていたのは。


「吸血鬼の僕は、怖い?」

 私はゆっくり首を振った。

「いきなり血を吸われたときは驚いたけど、怖くはないわ」

 目をそらさずに話す私に、高森君は嬉しそうに微笑んだ。

 名前が変わっても、髪の色が変わっても、人間じゃなくても。

「私にとって、高森君は高森君よ。ねえ、一つ聞いていい?」

「ん?」

「高森君も、私を狙って近づいたの?」

 高森君が、少しだけ眉をひそめた。


 私が持つ、特別な力。

 何度もチャンスはあったはずなのに。瀕死の高森君に出会ったあの時のほかには、彼は私にまったく触れなかった。私の力が欲しいのは、高森君も同じだったはずなのに。

「やなこと聞くねえ」

 視線をそらして、ざりざりと足元の瓦礫を蹴飛ばす。

「そうだ、って言ったら、どうする?」

「いいよ。高森君にならあげても。私の、血」

 ぴたりと足を止めると、高森君は顔をあげた。


「また。簡単にそういうこと言うなって言ったでしょ」

「今度は勢いじゃない。本気よ」

 ためらいもなく言った私に、高森君は小さく息を吐く。

「君の近くにいれば悠理が現れるだろう、とは、思っていた。あわよくば、完全体の力が手に入るかも、と思ったのも嘘じゃない。でも……結局、できなかったな」

「どうして?」

 それには答えず、高森君は微かに光の揺らめく窓に視線を向けた。ファイヤーストームの明かりはもうかなり小さくなっていて、崩れ落ちた図書館の中に宵闇が忍び込んでくる。


「『お祭り』は、もう、終わり。僕は、僕の世界に帰るよ」


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