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「高森君?!」
ばさりとまた本が崩れ落ちて、壊れかけた書架の影からぼろぼろの制服姿がよろめきながら出てきた。
「大丈夫?!」
瓦礫に足をとられながらも、なんとか前へと進む。
「瞳子……君の、血を……」
背を書架につけて、彼が息をついた。足場が悪くて、なかなか思うように近づけない。それでも、必死にその瓦礫の中を進む。
今なら。
「向こうもまだ、動けないはずだ……。君の血をもらえれば、今なら、あいつに勝てる」
あと、少し。早く。
「……いいよ。あげる。私を、全部」
ふっと、彼が微笑んで、私に向かって両手を広げた。あと一歩。
広げられた腕に手をのばして、倒れこむようにその胸の中に飛び込んだ。
―――――美樹。
その瞬間だった。
「瞳子!!」
横から、私を呼ぶ声。
「ははははは、遅かったよ、悠希。彼女は、ここ、に……」
勝ち誇ったような嘲笑が、言いかけた言葉と共に固まる。
「な……ぜ……」
私は、ゆっくりと体を離した。呆然と彼は、自分の胸に深く突き刺さるナイフに視線を落としている。
銀のナイフ。
お父さんがなんだかの昇進の時にもらってきた、記念の果物ナイフ。正真正銘、純銀製。
銀の玉を打ち込まれて、お兄さんは壊れてしまったと言っていた。吸血鬼に対する様々な逸話が嘘だったとしても、銀なら効くかもと思って、これだけを手に、ここへ来た。
「……あなたは、高森君じゃない」
震える声で、『彼』を見つめる。見つめた先のその白い唇から、一筋の血が流れた。
「同じ顔をしていても、あなたは高森君じゃない!」
「いつ……」
しゅうっと、もやがかかったように『彼』の姿が揺らいで、ぼろぼろに見えた制服が黒尽くめのそれに戻る。
「最初から、間違えやしない」
震える私の肩を、後ろからのびた手が支えてくれた。
どんなに似ていても、私は絶対に、間違えない。
「そうか、君は……」
『彼』は呟いて、うつむいたままずるずるとその場に座り込んだ。
「悠里……」
「悠希。久しぶり」
言いながら私たちを見上げたその瞳は、驚くほど青く澄んでいた。それを見て息を飲む。
あの瞳だ。
あの時私が会ったのは、この人だ。
私の肩に置かれた高森君の手が、こわばるのがわかった。
「お前……本当に……?」
「ん……時々、ほんの短い時間だけ、こうして正気に返ることがあるんだ」
途切れ途切れにそう言うと、ナイフがささったままの胸に手をあてて荒く息をつく。
その唇からこぼれるのは、さっきまでの自信に満ちた声じゃない。柔らかく、どちらかといえば気弱にすら聞こえるほどの、細い声。
これが、本当の『彼』。壊される前の、高森君の大事な、兄弟。




