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「ありがとー、瞳子。間に合ったー」

 授業に続けてSHRまでやった後、すっきりした顔で美樹がノートを差し出した。受け取ろうとしたそれを、横から藤井君が奪い取る。

「あの転校生、早々に瞳子に目をつけるとは、いい趣味してるじゃん」

 目をつけるって……さっきのやりとり?

「聞こえた?」

「いや、何か話しているな、くらいしかわからなかったけど」

「話はしてないわ。なんか、一人で納得してた」

「きっと、かわいい子だなって思ったのよ。瞳子みたいに、黒髪ストレートのロングヘアの美人って、露骨に大和撫子! って感じだもん。目をひいたんじゃないの?」

 ああ。美人かどうかはともかく、私って日本人顔だもんなー。


 校則では、肩にかかる程度の髪はまとめることになっているけれど、それほど厳しくもないので私のように長いままにしておく人も多い。私も、体育や調理実習で邪魔になるときにまとめるくらいだ。


「おや、こんなところにおかめがいる! ってか?」

 前の席から振り向いて藤井君が茶々を入れると、美樹が無言で私のノートを取り上げた。

「すみません! ごめんなさい!」

「失礼な」

 まったくだ。

 美樹の言葉にうなずくけれど、悲しいかな、それほど美人でもないのは自覚している。でも、確かに他の女生徒と比べれば、黒髪で一番長髪なのは私。だから、めずらしかっただけなのかな。


「ねえ、高森君て、ずっとドイツだったの?」

 明るくはしゃぐ声が聞こえて振り返ると、さっそく若木さんが高森君に話しかけていた。

「ほとんど。日本にいたのは五歳までで、あとはずっと向こうにいたよ。数年前から、日本といったりきたりしているけれど」

「すごーい。外国育ちなんだ」

「ドイツはどこにいたの?」

「ねえ、日本はもうどこか行った?」

 若木さんをはじめ、彼女のグループの女の子たちが数人、にぎやかに高森君を取り囲んでいる。高森君はと言えば、その輪の中でにこにこと嬉しそうだ。

「日本語、うまいのね」

「そう? 結構気をつけて話しているからね」

「うん、とっても上手よ」


 私の視線を追った美樹が、かすかに眉をしかめた。

「若木さん、さっそく高森君に目をつけたのね」

 他の生徒も転校生が気になるらしくちらちらと視線を送ってはいるけれど、彼女たちに出鼻をくじかれた感じで、遠くから様子をうかがっているだけだ。


「サンローラン、だね」

 ふいに、高森君が話を変えた。若木さんは、くるりと目を開く。

「そう。ベビードールよ。よく気付いたわね。高森君も、何か甘い香りがする。これ、なあに?」

「なんだと思う?」

 くん、と鼻をきかせた彼女に、いたずらっぽく高森君が笑った。

「うーん……メンズ、よね。エゴイスト……にしては辛さが足りないし、ファーレンハートとも違う……ブルガリ……でもないし。何かしら」

「ふふ、降参?」

「ん、意地悪しないで、ね、教えて?」

 小首をかしげて両手を合わせると、ねだるように若木さんが聞いた。美樹の眉間のしわがますます深くなっている。


 自分の魅力を十分に知り尽くしているらしい若木さんのしぐさが、美樹は気に入らないらしい。私はかわいいと思うんだけどな。真似してみたら、私もかわいくなれるかしら。

「へー、あいつ男のくせに、香水なんてつけてるんだ」

 一緒にその様子を眺めていた藤井君が、感心したように言った。

「あんたは、そんなの縁がなさそうだもんね」

 美樹が上から見下ろして言った。

「高校生男子は、汗臭くて当然!」

「否定はしないけど……あんまりそんなこと自慢されても」

 苦笑した美樹の一瞬の隙をついて、藤井君がまた私のノートを奪っていった。


「僕らはアルカナって呼んでる」

 ノートを奪いあう二人から目を放して、高森君に視線を戻す。

「アルカナ……聞いたことないわ。ヨーロッパの香水?」

「ヨーロッパと言えば、ヨーロッパかな。市販はされてないから」

 その言葉に、また若木さんがくりんと目をまるくした。それを見て、高森君がくすくすと笑い始める。

「ひどーい、それじゃわかるわけないわ」

「ごめん、ごめん。それより、詳しいんだね。香水。甘い香りを上手にまとう女性って素敵だよ」

「それほどでも……」

 かすかに頬を赤らめて、若木さんがうつむいた。


 うーん、話についていけない。女子力の低い私なんて、コロンすらつけたことないもんね。

 いばることじゃないけれどさ。 


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