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「女バのアイスキャンディー、いかがですかー!」
「焼き鳥、焼きたてあつあつー! 男ハンでーす」
「具だくさん焼きそば、焼きそばでーす。おいしいですよー!」
浮かれた空気と喧噪と笑い声が、校舎中に満ちていた。
たこ焼き、わたあめ、クレープ。何か焼いている香ばしい匂いが、Jポップと一緒に流れてくる。
教室で行われているのは、地学部の自家製プラネタリウムや、軽音の耳が痛くなるようなバンド演奏。廊下には、派手なプラカードを持ってクラブ発表や屋台の宣伝をしている、得体のしれないぬいぐるみやコスプレ集団。
その間をぬって歩く、見慣れない制服、年配の人々。
年に一度だけ、日常が非日常になる、不思議な空間。
その中でさらに非日常の私の時間。
高森君に気づいた女の子たちににこやかに手を振りつつ、高森君は楽しそうにあたりを見回していた。
そんな彼についていきながら、私の頭の中にはぐるぐるとさっきの美樹の言葉が渦巻いている。
だって、私、有田君のこと好きだったし、中学のときだって憧れた先輩はいたし……好きな人は今までもいたもん。でも……でも……
「どうしたの?」
高森君が、私の顔をのぞきこむ。目の前にいきなりあらわれたその顔に、
「!!」
思わず、飛びのいてしまった。
「な……なんでも……」
なのに高森君は、にゅうっと腕を伸ばして私の眉間をぐりぐりと人さし指で抑え始めた。
「ちょ! 何してるの?!」
「ここ。しわよってる」
「え? そ、そう?」
「なんか、難しいこと考えているでしょ」
「別に……」
言いながら高森君の手を払うと、自分でもぐりぐりと眉間のしわを伸ばす。
高森君に触れられたところ、熱い。
「せっかくの文化祭なんだからさ」
思いがけない静かな声に、つい、顔をあげると、その声と同じくらい穏やかな顔をした高森君と目があった。
……時々、高森君はこんな顔、するよね。
「ね。笑っていて。せめて、今日くらいは」
今日?
そういった高森君は、また女の子たちに声をかけられて笑顔で手を振り返す。
その姿を見てたら、なんだか肩の力が抜けた。
そうよね。今日くらいは。お祭りだもん。楽しまなきゃ。
気持ちを切り替える、というか、開き直ると、気分が軽くなった。
「ごめんね。ホント、大丈夫よ」
笑顔で言った私に、高森君もにっこりと笑う。
「あっち、行ってみようか」
廊下の奥を指さす高森君に、うん、と勢いよく答えた。
☆
「わ、すごーい」
順路に沿って入った次の部屋は、手芸部の展示だった。
部屋の中央に飾ってあるのは、一辺が2メートルはあろうかというパッチワークキルト。見事なその出来栄えに感嘆する。
そういえば、裕子ちゃんがなんかでっかいの作るって言ってたっけ。これのことかあ。
順々に見ていた私は、ひとつの机の前で足を止めた。
「あ、これかわいい」
「どれ?」
いきなりその顔が近づいてどきりとする。
私が指した先を覗き込む高森君は、目を丸くしていた。
「うわ、細か」
そこにあるのは、販売用の小物だった。
皮のパスケースや、ビーズ細工の小物なんかが並んでる。ところどころ抜けてるのは、すでに売れてしまった分だろう。
「どうやって作るんだろう、これ」
高森君が、ビーズで作った赤い薔薇のストラップを取り上げて不思議そうに眺める。真ん中が濃い赤で、外側にむけてだんだん薄いピンクになるように、小さく作られたいくつもの花びらがきれいなグラデーションになっていた。
「きれいね。こんな赤い薔薇の花束、もらってみたいなあ」
一緒にのぞきこみながら、思わず言葉がもれる。
クラブでステージに立つ美樹に、何度か花束を贈ったことはあるけど、私自身は花束なんて、もらったことはない。
「かわいいこと言うね」
「いいじゃない。女の子なんだから」
「それも、そうか」
そう言うと高森君は、すたすたと売り子をやっていた手芸部員に近づいていく。
「はい。プレゼント」
「え?」
帰ってきた彼は、私の手にころんとそのストラップをのせてくれた。
「花束じゃなくてごめんね」
肩越しにくすりと笑って、呆けている私を置いてすたすたと歩き出す。
「あ、ありがと……」
ちょっと……かなり、嬉しいかも。
手の中に残されたそれを眺めて、私はそれを大事に握りこんだ。




