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最後の和音が体育館に響いて、アンコールの曲が終わる。体育館一杯に席を占めた聴衆から、大きな拍手が演奏者に贈られた。吹奏楽部の演奏は、文句なく素晴らしかった。
「美樹、お疲れさま」
部員が片付け始めると、ステージの下から声をかけた。フルートの位置は、舞台のすぐ端だ。
「瞳子! 聴いててくれたの? どうだった?」
演奏が終わったばかりの美樹は、頬を高潮させて興奮気味に言った。
「最高! すっごいよかったよ!」
拍手しながら笑う。単なるお世辞ではない。
うちの吹奏楽は県内でもレベルが高い方らしい。ろくに音楽を知らない私でさえ思わず涙ぐんでしまうほど、演奏された曲は聴いていて心に気持ちよかった。
それを満足そうに聞いた美樹は、私の背後に視線を流して。
「で、なんで巫女さん? 図書委員の当番、行ってたんじゃなかったっけ? それに、その後ろにいる黒いのは?」
「まあ、詳しい話は後で……それより、もういいの? 出られそう?」
高森君の話が本気とは思わなかったから、午後は、美樹と一緒に回ろうって約束していたんだ。それを高森君に言ったらあっさりと、大勢の方が楽しいね、って言ってここへ来てくれた。
そんな彼をなぜか美樹はじっとみつめて、舞台にしゃがみ込むとちょいちょいと指をまげて彼を招いた。
「高森」
「はい?」
「瞳子、欲しい?」
「美樹?!」
何言い出すのこの人は!?
言われた本人は、片方だけ眉をあげて。
「欲しいねえ。くれる?」
「瞳子がいいって言ったらね。どう? 自信ある」
「もちろん」
「よし」
「ちょっと……」
動揺する私をほっておいて、二人だけで話が進んでいく。ここで文句を言わなかったら、昨日の二の舞になってしまう!
「少しは、人の話を聞いてよー!!」
「嫌なの?」
真正面から見た美樹の目は思ったより真剣で、つい口をつぐんでしまう。
突拍子もないことを言い出したと思ったけど、何も考えないで発言したわけじゃないらしい。
「嫌、とか……そういうんじゃ、なくて……」
「行ってみなよ。案外と楽しいかもよ? 高森、それほど悪いやつじゃないと思うし」
「それはそうだけど……」
「瞳子」
小さく呼んで、美樹が顔を近づけた。
「あんたが今気になってるのって、アレ?」
高森君を指さしながら、こっそりと聞く。
とっさに、返答が、できない。
そんな私に、美樹は満足そうに微笑んだ。
「あんたさ、気付いている?」
「何を?」
「誰かに流されたり告白されたりで人を好きになったことはあっても、あんたまだ、自分から人を好きになったことはないって」
「………………え?」
「私はさ」
はにかんだような笑顔は、めったに見せない、美樹が本音を言う時の顔だ。
「瞳子が幸せなら、相手は誰だってかまわないよ。特にそれが、生まれて初めてあんたから好きになった人ならね。真崎君も捨てがたいけど、あんたの好きになった男は、もっと捨てがたい」
言葉をなくした私をそのままに、美樹はすくっと舞台に立って人差し指を高森君につきつけた。
「高森! 私の大事な瞳子を預けてやる。心してもてなすように」
「美樹……」
高森君は、突きつけられた指先をじっと見ながら、片手を体の前につけて腰を曲げ、美樹にむかって優雅に礼をとってみせた。
「仰せのままに。私の持てる力のすべてをもって、お嬢様にお楽しみいただきましょう」
美樹は、満足そうに破顔した。
「その言葉忘れるな。下手なエスコートだったら承知しないからね!」




