- 7 -
「おっはよー」
勢いよく教室のドアが開いて、もう吸血鬼の衣装を着込んだ高森が現れた。早々と登校して飾り付けの見直しをしていた委員長が、それを見てあきれたような口調になる。
「元気だなー、お前」
「なに、悠希、家からその恰好で来たのかよ」
脚立に乗ってくもの糸を模した細い紐を張り巡らしていた藤井が、笑いながらそれを見下ろす。
外から衣装を着てこなくてもいいように、変身が必要なお化けのためには、入り口からは死角となるところに更衣室が用意されている。そしてまさに今、その更衣室はお化けたちによってごった返している最中だった。
「もう、ずっと注目のまと。そんなにこの格好って珍しいかなあ」
ご機嫌な様子で、高森はマントを広げてみせる。その手に持たれた大きめのバックには、彼の制服が入っている。
「そりゃあ、目立ちもするだろう」
衣装のせいだけでないことは、誰の目にも明らかだ。高森の白い肌と色素の薄い髪は、黒い衣装によく映える。何よりもその雰囲気が人の目を引き付けて放さない。
そんな雰囲気を、彼は持っているのだ。
「なんでお前、そんなに浮かれているんだよ」
火の玉の中に入っている電球を確認していた伊藤が聞いた。ひょいと暗幕から顔を出した大沢が、それを聞いてひやかす。
「わかった。誰か女子といい約束でもしたんだろう」
「違うよ。ただ、お祭りだから嬉しいだけ」
「お祭りって言ったって、そこまではしゃぐか? 普通」
「え? お祭りって、楽しくない?」
「いや、楽しいけどさ」
「本当にお前、面白そうに作業してたもんなあ」
毎日遅くまで作業に携わっていた男子生徒たちは、不思議なほど楽しそうに準備をしてきた高森の姿を知っている。面倒くさい作業でも物珍しげになんでも引き受ける高森は、女子が騒ぐのとは別の意味で男子にも好印象だった。
「高森には、ずいぶん予定外の仕事をやらせちゃったな。やー、実際助かったよ、ありがとう」
足元のねじれたコードを直していた委員長が、背後の高森に声をかける。クラスのことにしか関わりのなかった高森は、生徒会と掛け持ちで準備に関わっていた委員長の雑用を率先してこなしてきたのだ。
「……僕も、楽しかったよ。こちらこそ、ありがとう」
予想外の静かな声に振り向いた委員長は、あでやかに微笑む高森とまっすぐに視線をあわせてしまった。
ふいをつかれて、委員長は自分の胸がどきりと高鳴るのを感じた。
綺麗な笑顔だった。男の子が男になっていく過程に束の間垣間見える、線の細い少年の儚い美しさ。
どうしてその笑顔に、切なさを感じてしまったのか。それがより一層、その微笑みを蠱惑的に彩る。
「い、いや……どうも……。こ、こんなもんかな」
あわてて目をそらして、教室に視線をめぐらせながら呼吸を整える。
おちつけ、高志。あれは男だ、男。
そんな様子を笑いながら見ていた宮林は、ふと気づいて腕時計に目を走らせた。
「委員長、そろそろ一般の連中が入ってくるぜ」
「よし」
落ち着いた委員長がクラスメイトを見回すと、それぞれにいたずらっ子のような瞳が見返してきた。
「『お祭り』の始まりだ」
第4章おわり。5章へGO!




