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 無意識のうちに、さっき通ってきたのと同じ道を選んでいたんだ。中庭に出る渡り廊下に立って空を見上げる。黒い雲から、バケツをひっくり返したような雨が降っていた。

 これじゃ、通れないよね。

 頭ではわかっているのに、なんとなく回り道をするのもめんどくさくて、私はそのまま歩きだしてしまった。渡り廊下の屋根がなくなると、体中に痛いほど大粒の雨が降り注ぐ。

 濡れちゃうなあ。

 まるで他人事のようにそんなことを考えていると。


「何やってんの!」

 いきなり誰かが私の手をつかんで走り出した。ばしゃばしゃと水溜りを踏みながら、二人で反対側の校舎に入る。

「あーあ、僕まで濡れちゃったよ」

 そう言いながら制服の水滴を払うのは……高森君。

 なぜだか、きゅう、と、胸が締め付けられた。


「え……あ、ごめん」

 動かない頭でも文句を言われたことはわかったので、とりあえず謝る。それから急いで、高森君に貸そうとポケットからハンカチを取り出した。

 あんまり勢いよくそれを引き抜いたために、さっき中原先生からもらったチョコがばらばらと廊下に散乱する。

 まわりを歩いていく人達があわてて飛びのき、何事かと目を向けた。


「何、これ?」

 高森君が不思議そうにそれをひとつ拾い上げた。

「さっき……中原先生にもらって……」

 やだ。なんで、泣きそうなの。私。

「チロルチョコじゃん。これ、好き。一個、ちょうだい」

 そういいながら、ひょいひょいと手際よく拾っていく。私もしゃがみこんで拾い集めた。

「いいよ。たくさんもらったから」

 チョコをいくつか高森君の手に渡すと、立ち上がった高森君の制服をハンカチで拭った。

「ごめんなさい……濡れちゃったね」

「僕より早川さんのほうがひどいよ。なんであんなとこに突っ立ってたの?」

「突っ立ってた? さあ……なんでだろう」

 歩いているつもりだったけど……私、突っ立ってた? 

 緩慢な動作で首を傾ける私に、雨粒を払う高森君の手が止まる。そのまなざしが細められた。

「早川さん……」


 そうだ、立ってたんだ。通りすがりに、保健室の白いカーテンが目に入って。そこには、今は誰もいなかったけれど。

 さっきは。


 何も考えずに、口が動いた。

「高森君って、若木さんと……」

 と。

 私の言葉をさえぎるように、高森君は人差し指を立てて私の唇にあてた。

「誤解だよ」

 短く囁いた高森君の顔には、とても落ち着いた、おだやかな微笑が浮かんでいた。その唇から零れ落ちた言葉が、静かに胸に落ちて、ことんと音をたてる。


 そうか。誤解なんだ。


「それ、早く着替えた方がいいよ。風邪ひかないようにね」

 指を離した高森君が、いつもの調子でそう言って私に背を向けて歩き始めた。2、3歩行ったところで、振り返って戻ってくる。

「あーん」

 言われた通りに開けた私の口の中に、ぽんと何かを放り込む。

「疲れた脳には、甘いものがいいんだよ」


 口の中には、チョコとイチゴの風味が広がった。



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