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 えーと、それで、どうするんだっけ。あ、そうだ、図書館に戻らなきゃいけないのか。そういえば、さっき、亜矢ちゃんが何か言ってたなあ。なんだっけな……


「きゃっ」

「あ……ごめんなさい」

 上の空で歩いていたら、誰かにぶつかってしまった。反射的に謝ると、ぶつかったのは若木さんだった。

 どきんと、心臓がなった。


「ああ……。もう、気をつけてよ」

 私を見て、むっと眉をしかめて彼女が言った。

「具合は、大丈夫?」

 そんな彼女の様子を見て、まぬけなことを聞いてしまう。向こうもそう思ったのか、若木さんはきょとんとした顔で答えた。

「……大丈夫よ。ご心配、ありがとう」

 そう言った彼女は、まるきりいつもの若木さんだった。くりんとして意志の強そうな大きな目が、微かに潤んでいるようで妙に色っぽい。女の私だってそう思うんだもん。男の人ならなおさらよね。

「若木さんは、かわいくて、いいなあ」

 つい、ぽろりと本音がもれた。


 栗色のふわふわした髪も、つるりとして白い肌も、私が持っていないもの。もし私が若木さんのようだったら、もしかして……

 しばらくじっと私の顔を見ていた若木さんは、にこりと笑った。

「当然よ。努力してるもの」

「え?」

「もちろん、生まれつききれいな人だって世の中にはたくさんいるけどね、私がこの肌を保つのにどれだけ苦労していると思っているの」

 そう言って、腕を伸ばしてじっと細い指を見る。きれいに手入れされた指先。

「肌が荒れたら嫌だから夜更かしは絶対しないし、食事だってただ痩せるためじゃなくバランスが偏らないように気をつけている。寝る前のストレッチも欠かさない。服装だって、汚れやしわのないようにいつも気を使っている。ねえ、人のこと羨む前に、あなたはどれだけの努力をしているの?」

 まっすぐ見つめてくるその瞳には、その言葉を裏付けるように強い光が宿っている。

「私、嫌なのよね。自分じゃ何の努力もしないくせに、ただ人を羨ましがって文句ばっかり言ってる人。そんなこと言う暇があったら、爪の一つも磨けばいいのよ。この顔も体も、私が努力して作り上げたものなのよ? いろいろ人に言われてることも知ってるけど、その努力を好きな人に使って、何が悪いのよ。悔しかったら、みんなも同じようにやってみればいんだわ」

 自信満々で言った彼女だけれども、そこまで言うとちょっと視線をおとして悲しそうな顔になった。

「だから、あなたは嫌い。何の努力もしてないくせに、私の欲しいものをみんな持っていて……早川さんが悪いわけじゃないのはわかっているけど、私、ばかみたいじゃないの」

「若木さん?」

 今まで、あまり若木さんとは話したことはなかった。クラスメイトとしてあたりさわりのない会話しかしたことないから、こんな風に彼女の言葉を聞くのは初めてだ。


 と、我に返ったように顔をあげた若木さんは、つん、といつもの顔に戻って。

「失礼なことを言ったのはわかってる。でも、私、謝らないから」

 そっけなくそれだけ言うと、もう後ろも見ないで歩いていく。教室へ戻るらしい。


 そっか。若木さんがかわいいのは、単なる偶然でもなんでもない。自分で勝ち取った力なんだ。確かに私は彼女をうらやましがるばっかりで、努力なんて何にもしていなかった。なのに、簡単にその外側だけを見てかわいくていいだなんて……短慮な発言をした自分が、急に恥ずかしくなる。

 ああいう人だったんだ、若木さん。


 のろのろと顔を上げた先は、どしゃぶり。


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