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 廊下が人と物であふれてて通りにくかったので、中庭を通って体育準備室へ向かう。中庭では、ミスコンなんかをやるステージのやぐらが組みたてられているところだった。

 足早にその隣を過ぎようとすると、ぽつりと頬に冷たいものがあたった。


「あちゃー、降り出しちゃった」

 立ち止まって天を仰ぐと、真っ黒な雲が流れていくのが見えた。風が強い。またぽつりと冷たい粒が顔にあたる。やぐらを組んでいた人たちも雨に気づいて、あわててパネルをしまって片づけを始めた。

 私も急いで校舎に入ろうと足を踏み出した時、目の端で何かが動いて反射的に視線を動かした。

 北棟の1階にある保健室の中。

 そこにいたのは、高森君と若木さんだった。なにかを話していた二人は……


 ええ?!

 思わず、足が止まる。

 高森君は、ゆっくりと若木さんの体に腕をまわすと、その栗色の髪に顔を埋めた。若木さんは自分より背の高い高森君を仰ぐようにして目を閉じている。その表情は次第に恍惚となって、とても幸せそうで……

 な……な……

 と。高森君がついっとこちらを振り向いた。視線が合う。


 私に気づいても高森君は動じることなく、にこっと笑んで、若木さんを支えたままカーテンの向こうに見えなくなった。

 あとには、ぽかんと間抜けな顔の私だけが残される。

 えーっと……、つまり、そういうことなの?


「おう。悪かったな」

 中原先生に資料を渡すと、ぱらぱらと中を確かめる。その手が止まった。

「あー、桜井先生、ここ間違えてるなあ。早川、お前パソコン使えるか?」

「……少しなら。だから、桜井先生、私に行けって……」

 中原先生は、準備室の窓が震えるくらい豪快に笑った。

「そうか。ちょっとここ、直してくれ。俺はパソコンはさっぱりわからんのだ」

「はあ……いいですよ……」

「? どうした? 具合でも悪いのか?」

「え? 別に……元気ですよ」

 怪訝な顔をしながら机の上にあったボールペンを手に取ると、中原先生は持ってきた資料にところどころ赤をいれていく。その間に私は示されたパソコンを立ち上げて、メモリを差し込んだ。

「ほい、まずはこれだ。頼むわ」

 渡された資料を見て、フォルダを開きながら該当するデータを探し始めた。


 書き散らされた赤を目で追いながら、パソコンの画面の中の文字を淡々と直していく。

 頭の中に、さっきの光景がちらちらと浮かんでは消える。

 若木さん、ずっと頑張っていたものね。きっと彼女の思いが高森君に通じたんだ。きっと、二人は……

 別に、いいじゃない。私には、関係のないことだし。

 中原先生に渡された資料を見て、またデータを探して訂正していく。

 なんだか胸がざわついているような気がするけれど、ぼうっとしていてよくわからない。


「おう。ご苦労さん」

 結局、すべての資料を直し終えた頃には、30分ほどが過ぎていた。

「そうか、早川もパソコン使えるんだな」

「これくらい普通です。……やなこと覚えないでください。私、将棋はできませんからね」

「じゃあ、これだ」

 中原先生は机を開けると、大きな箱を取り出した。中には大量のチロルチョコ。

「先生……甘党?」

「もらいもんだ。俺は食べないからな。もっぱらこういうときに使う。ほれ、手、出せ」

 先生はがつっと一掴みチョコをつかむと、私の手の上にばらばらと落としてくれた。

「また、頼むわ」

「その前に、自分でパソコン覚えてください」

 それを聞いて、またがははと豪快に笑う。

 両手にもらったチョコを上着のポケットにわけてしまいながら、体育準備室を出た。


 外は、本格的な雨になっていた。


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