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「裕子ちゃん、大丈夫かな?」
生物が終わって教室に帰る道すがら、その後ろ姿を見ながら美樹が心配そうに言った。
「そうね。裕子ちゃん、繊細だから……」
「瞳子も、大変だったね。元気がなかったのって、それが原因だったんだ」
気遣うように私を覗き込む美樹に、なんだか嘘がばれたような気まずさを感じる。
「黙っててごめんね。絶対話すなって、警察で厳しく言われてたから……」
「ううん、それはいいんだけど、辛かったよね。そんなこと話せなかったら」
いたわるような視線を受けて、ふいに鼻の奥がつん、とした。
「ん……死体を見つけちゃったことよりも、それを自分だけの胸にしまっておかなければいけない方が、辛かった……だから、裕子ちゃんの気持ち、よくわかるんだ」
「そうだね。文化祭の忙しさで、気がまぎれてくれるといいんだけど」
「でも、本当に、変な事件……」
うつむきかけた私の前で、美樹は教室のドアを勢いよくあけた。
「あんたも。もう過ぎたことなんだし瞳子には関係のない事件なんだから、いつまでも考えていても暗くなるだけだよ。特にあんたはバラ色の高校生活が始まったところでしょ? もう、忘れちゃいなよ」
「バラ色って……」
「私なんかまだ全然友達なんだからさ。さっさとちゃんとつきあちゃってちょーラブラブになったりなんかしちゃって美樹お先に失礼おほほほくらい言ってみなさいよ」
高笑いをしながら私の真似をする美樹に、ついつい笑ってしまった。
そうだね。私に関係ない事件でいつまでも落ち込んでても、しょうがないか。
「まだ、バラ色って決まったわけじゃないわよ」
「何言ってんの、あんなかっけー彼氏に惚れられておきながら。彼なら私の瞳子をまかせてやってもいいかな。それとも他に誰か気になる人、いる?」
「え……」
思わず、足が止まった。
好きな人、って聞かれたら、いないって言える。でも、気になる人と言われて、とっさに頭に浮かんでしまった人物に自分で驚いてしまった。
立ち止まった私に、美樹が驚いたように振り返る。
「いるの?」
「い、いないよ! そんな人……」
美樹がさらに何か言おうとしたとき、委員長が教室の入り口で叫ぶ声が聞こえた。
「聞いてくれー。次の古典の時間、吉澤先生が特別、ホームルームに振り替えてくれた。なので、この時間は文化祭の準備の時間にするぞー」
「おお、吉っちゃん、ナイス」
席に座っていた藤井君が、立ち上がって叫んだ。
美樹は、あとでね、と小さく言うと、ぽんと私の肩をたたいて教科書を置きに自分の席へと戻っていった。
残された私は、予想もしなかった自分の思考に軽く混乱する。
どういうこと? 好きなわけ、ないよね? ただ……明るい笑顔とか、子供っぽい顔とか、冷たい顔とか。そんなにいっぱいあったら、気になるじゃない。だから頭に浮かんだだけで……好きとかそんなんじゃなくて……
頭に渦巻いた考えが形になろうとする前に、委員長の声がして集中がとぎれた。
「今日は、道具の作成を中心にやってくれ。日もないことだし、なるべく今日中に完成させてしまうように。もう余計なものは増やすなよ!」
委員長の言葉をうけて、授業を待って席へついていたみんながまたあちこちに動き出す。




