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「ここ、早川さんの通学路なの? 街灯も少ないし、日が落ちたら結構暗くなりそうだね」
「そうね。でもここ使う人多いから、それほど人通りは少なくないのよ。確かに、夜になるとかなり暗いけど」
言ってしまってから、眉をひそめる。
思い出しちゃった。……暗い、夜道に横たわる女性の姿。
「夜の一人歩きは危ないよ。ほら、UFOがやってくるかも」
やけにおどけて言う高森君に、ほっと笑みが漏れた。こうして話していると、あの夜の胸苦しさが薄らいでいく。
「どうせ襲うなら、宇宙人の方だってもうちょっときれいな人を選ぶわよ」
「えー? 早川さんはきれいじゃん。僕なら、一番にさらっていっちゃうなー。君みたいな、若くてきれいな女の子は、きっとその血もおいしいと思うよ。一度その味を覚えたら、他の女性なんか目にも入らないほど……」
いつの間にか正面にいた高森君が、視線をはずさずに静かに私との距離をつめてくる。ぽかんとその姿を見ていると、その指が首筋に触れた。
「ほら、こうすると、暖かい血を感じる。若い女性の清らかな血は、さぞかし甘いんだろうね。ここに歯を突きたてて思いきり喉をならして……昼間とは言え、もう黄昏時だ。逢魔が時って知ってる? 魔が目覚める時間……出会った魔は、さぞかし、喉が渇いていることだろうねえ」
冷たい指が、首筋から頬をなぞって唇でとまる。細めた目でうっすらと微笑むその表情は、怖いくらいに綺麗だった。
その姿に見惚れて、言葉も継げずにたたずんでしまう。
と。無言になった私を見て。
「なんてね」
高森君は、こらえきれないというように吹き出した。かっ、と、頬が熱くなる。
「な……からかったのね!」
「ごめんごめん。僕さ、お化け屋敷で吸血鬼やるでしょ? これやると、女の子達が喜ぶんだよねー」
ああ、そういえば、クラスの中でも女の子たちに囲まれてやってたっけ、吸血鬼。きゃあきゃあと上がる歓声に、委員長の怒鳴り声がよくとんでいた。
「高森君て、女好き?」
「……もうちょっと言葉を選んでくれると嬉しいんだけど。そりゃー、僕だって、むさい男よりかわいい女の子の方が好きだよ?」
はあ。意外に軟派な性格だったのね、高森君。
「あ、今のはオフレコにしといてね。木登りのことも。僕のイメージ壊れそうだから」
「どんなイメージのつもりでいるの?」
「ミステリアスな転校生♪」
「女の子が好きとか言ってる時点で、そんな立ち位置、即却下よ」
「だから秘密にしてって」
「どうしようかなー。ところで、高森君はここでなにしてたの?」
ただ木登りをするためだけにここにいたとは思えない。
「用事があったんだけど、もう済んだ。駅に向かうつもりでぶらぶら歩いていたら、迷っちゃったみたいだ」
「駅って、反対方向じゃない」
「いそぐこともないし、別にいいかなー、と」
「で、木登りしてたの?」
蒸し返されて、高森君が顔をしかめた。人のことからかったお返しよ。
「あれはー……まあ。気が付くとは思わなくて……そっか、早川さんだもんねえ……」
なにかぶつぶつ言いながら、前を歩く高森君の横に並ぶ。
「何?」
「ううん、なんでも」
「あ、私んち、そこなの」
気が付けば、いつの間にか自分の家の前まで来てしまっていた。
結局送ってもらっちゃったな。でも、帰ってくる間、あの事件のことは思い出さなかった。
明るくからかってくる高森君に、思い出す暇もなかった。
私は、高森君にまっすぐに向かい合う。
「ありがとね。駅までの道、わかる?」
「今度は大丈夫」
「もう暗くなるから、遊んでないでちゃんと帰るのよ」
「はーい。先生」
ふざけて言った私に、高森君も笑いながら返してくれた。
「じゃ、また明日」
「うん、気をつけてね」
背を向けた制服姿に手を振っていると、ふいに高森君が顔だけ振り返って、人さし指を自分の唇に当てた。沈黙を要求するジェスチャー。
「秘密だよ」
それだけ言うと、もう振り返らずに去って行った。
その後ろ姿を、あっけにとられて見送る。
囁かれた声と流し目は、下手な女の子よりも色っぽかった。
……わかんない人だなあ、高森君。
なんだかぽっとしてしまった頬を叩きながら門を開けようとして、その香りに気が付いた。
甘いけれど、清涼感のあるいい香り。
高森君の香り。なんとかって、言ってたっけ。
今度、私も何か香水でもつけてみようかな。
出た時とは打って変わって明るい気分で、私は家のドアを開けた。
第2章、おしまい。次から3章です。




