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子供たちを見ながらゆっくり歩いていく。笑いながら元気に走り回るその姿は、見ていてこっちまでほほえましくなる。
やっぱり今日出てきてよかった。家にこもっているより、ずっと気分は明るくなったもの。
なにげなく視線を前に移すと、公園沿いに生えている街路樹の脇にうちの学校の制服姿の人が立っているのが目に入った。
休日にわざわざ制服って、真面目だな。生徒会の人? ……って、あれ?
高森君?
そこにいたのは、転校生の高森君だった。横顔だけど、うん、間違いない。
高森君は腕組みをして、比較的高い一本の木を見上げていた。しばらくそうして何かを考えていたけれど、おもむろにその腕をほどくと木の枝に手をかけた。
何? 登る気?
そのまま見ていると、慣れた手つきで軽々と上にあがっていく。
ほー、たいしたもんだ。
かなり上まで登ったところで細い枝にひょいと器用に座り込むと、高森君は遠くへと視線を移した。緩やかな風が、やわらかそうな髪を揺らしている。
何を見ているんだろう。
その視線の先には、住宅街がひろがっているだけだ。けれど、その景色を眺める高森君の目は柔らかく細められ、そこにはない何かを見ているようだった。転校してきた時ともクラスメイトとにこにこしている時とも違う、それは不思議な表情だった。
高森君は、顔を覆った前髪をうるさそうに払って、ふとその手を止めた。そして、ふ、と微笑んだかと思うと、ついにはくすくすと笑いだしてしまった。
その笑顔になんとなく惹かれて、ほてほてとその木の下へと歩み寄っていく。私の気配に気づいたのか、高森君がちらりとこちらを向いた。
「何しているの?」
声をかけると、今まで飄々としていた顔が、あからさまにぎょっとした。
「早川さん?!」
「こんにちは」
なにも、そんなに驚かなくても。
のそのそと降りてくる高森君の顔は、ずいぶんと渋い顔だ。
「何やってたの?」
すとんと地面におりた高森君に聞いてみる。高森君はバツが悪そうな顔で視線をそらして、ぼそぼそと答えてくれた。
「…………………………木登り……………………」
うん。それ以外には見えなかったけど。
首をひねりながら見ると、高森君の耳が……赤くなってた。
それを見て、唐突に気が付いた。
木登りをしているところ見られて、照れてるんだ!
うわー、かわいい!
「なんで、制服で」
笑いをこらえて、話をそらした。
「え? だって、校則には休日に外出するときにはこれ着ろって書いてあったから」
ほっとしたように、高森君が振り返る。
確かに書いてはあるけれど。真面目だなあ。あ、そっか。ずっと海外にいたから、こっちに慣習に疎いのかもしれない。
「よほど、学校の用事で外出するんでなければ、みんな制服なんて着ないわよ」
そういう私の格好も、ワンピースに薄手のカーディガンという、ありふれた服装だ。校則を守って制服を着て外出をする高森君の前では、少し居心地が悪い。
「そうなんだ。この制服、いいデザインなのにね」
うちの制服は、5年前にデザイナーズブランドのものに変わって、近隣でもかなり評判がいい。でも、制服だけが目当てで入れるほどレベルは低くないので、この制服が着られるのは勉強を頑張ったご褒美みたいなものだ。
「今日の早川さんの服も、すてきだよ」
にっこりと笑って言われた。
いえ、それほどのものでも。
図書館に行くだけのつもりだったから、特別なおしゃれなんてしてこなかった。同級生に会うってわかってたら、もうちょっとかわいい格好してきたのに。
高森君が、ちらりと私の持っていた荷物に目を落とした。
「今帰り? 送るよ。もう、遅くなるから」
「平気よ。高森くんち、ここらなの?」
「そういうわけでもないけど、今日はちょっと、ね。早川さんちは?」
「うち、この向こうなのよ」
私の指した方向に高森君は歩き始めてしまったので、慌ててそのあとを追った。




