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急に割り込んできた声に、文字通り二人で飛び上がる。
振り返ると、階段へ通じる扉があいていて、当の真崎君が立っていた。
「あ、あら、真崎君。こんにちは」
美樹が、若干裏返ったような声で挨拶をする。私の頬も思わずひきつってしまった。
い、いつからいたの?
「どうも。祐輔に聞いたらこっちかもって言われたから」
「祐輔? って……藤井君? 真崎君、藤井君と知り合い?」
「同じ中学の同級生だよ」
言いながら、美樹とは反対の私の隣に腰をおろしてしまった。とっくに食べ終わっていたお弁当の箱を手早くしまうと、美樹が立ち上がる。
「じゃ、瞳子。私、先行ってるね」
「うん、後でね」
「ありがと、中嶋さん」
真崎君は、ひらひらと手を振って美樹を見送ると、こっちをむいた。
「何の話してたの? なんか俺、太鼓判押されてたけど」
うわちゃー、聞かれてたかー。
「ううん、なんでもないよ。それより、今日はどうしたの? 何か用事だった?」
つとめて明るく答えると、それ以上特に追及することもなく真崎君は私を覗き込む。
「顔が見たくて会いに来た、とは思ってくれないの?」
ストレートにそう言われると、とっさに何も言葉が出ない。
固まってしまった私に、真崎君は楽しそうに笑った。
「それもあるけど、今日も一緒に帰ろうと思って誘いに来たんだ。昨日みたいに他の誰かに誘われちゃわないうちにね」
「帰り?」
「予約しておいたCD取りに行くって口実で、デートしない?」
「デ……!」
デート! うわあ、なんか久々な言葉だ!
突然の誘いに火照ってしまった頬を、両手で押える。背の高い真崎君は、私と視線を合わせるために少しだけ、猫背になっていた。
そうだ。いつも真崎君は、そうやって視線を合わせてくれていた。そういう心遣いのできる人なんだな、と感心していたけれど、それって……
私を、好きだって言ってくれる人。
ぼおっとしていた私の耳に、昼休み終了のチャイムが鳴るのが聞こえた。真崎君が立ち上がるのを見て、私もあわててお弁当箱を片付ける。
「放課後、楽しみにしてるよ」
「あ、あの……」
「それとさ」
私が立ち上がるのに手を貸してくれながら、続ける。
「中嶋さんは、とこちゃんて呼ばないんだね」
そういえば、委員会のみんなはとおこを縮めてとこちゃんって呼ぶっけ。
「クラスの友達なんかは、瞳子って呼ぶ人もいるわよ? でも美樹は特別。美樹って、幼稚園の頃からの幼馴染みなの。私、子供の頃からあだながとこちゃんなんだけど」
二人で階段に向かいながら話す。冷たい風が、火照った頬に気持ちいい。
「美樹は、とこちゃん、って呼び方がかわいくてうらやましかったんだって。でも美樹って名前、あだ名がつけにくくて。呼び方も、美樹とか美樹ちゃんとか、せいぜいみいちゃんくらいかな。それで小学校の時に美樹が『とこちゃんばっかりずるい!』って言って、それから美樹だけは、意地をはってあだなで呼ばないの」
「へえ。中嶋さんにも、意外とかわいいところがあるんだね」
くすくすと真崎君が笑う。
今はもう、名前を呼び捨てにしてくれる友達も増えたけど。
一番最初は、美樹だったんだ。
知っている。あの頃美樹は、そうやって人と違う呼び方をすることで、私を独り占めしたかったんだ。かわいい子供心の独占欲。でも、私も美樹が好きだったから、特別な呼ばれ方をされるのが本当は嬉しかった。
一人っ子の私には、妹みたいな姉みたいな、何でも話せる大事な親友。
「じゃあ、俺も瞳子って呼んでいい?」
「え?」
思わず真崎君を振り仰ぐ。すぐ隣で一緒に階段を下りていた真崎君は、答えを促すように首をかしげた。
絡んだ視線に、どきりと胸が鳴る。
「い、いいよ……」
「ありがと。じゃ、また放課後ね、瞳子」
真崎君の教室は北棟で私の教室は南棟だから、二階で向かう先が反対方向になる。
背筋の伸びた背の高い後姿を見送って、私はまた階段をおり始めた。




