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「ぅぴっ!」

「あはは、ぴ、だって」

 楽しそうに笑った真崎君は、何事もなかったようにカウンターに向かった。


 な、何すんのよおおおおお。

 さっきよりもずっと、心臓がばくばく言って口から飛び出しそう。今、カウンターに戻れない。きっと顔、赤い。

 穏やかな人だと思ってたのに、ま、真崎君て、意外に積極的な人だったんだ。


 書架の陰に座り込んで呼吸を整えていると、閉館の音楽が館内に鳴り始めた。なんとか頬の火照りが落ち着いた私は、なるべく平静を装ってカウンターへと戻る。と、そこには。


「高森君?」

 大型の書籍を持った高森君が、私の声に振り返った。

「とこちゃん、知り合い?」

「クラスメイトよ。どうしたの?」

「これ」

 高森君が持っていたのは、郷土資料の大型本だった。

「借りてこうと思ったら、持ち出し禁止だって止められた」

 確かに、高森君の持っている書籍には、禁帯のシールが張られていた。

「ああ、この赤いシールがついているのは、持ち出し禁止なの。ごめんね、これは貸出できないわ」

「いいんだ。どうしてもってわけじゃないから、また明日にでも見に来るよ」

 そう言って、他に持っていた何冊かの本の貸し出し手続きを、カウンターに座っていたさっちゃんに促した。


「早川さん、図書委員だったんだ」

 手続きを待つ間、高森君が話しかけてくる。

「うん。こんな時間まで、本読んでたの?」

「ここ、原書も多いからついつい夢中になっちゃった。結構面白い本、置いてるね。ね、もう、早川さんも帰れるの?」

 原書……うちの学校は英語科があるから、英米文学の資料としてかなりの原書を蔵書している。そうか、帰国子女だから、英語でも大丈夫なんだ。

「そうね。閉館時間だし」

「一緒に帰らない?」

「え?」

 にっこりと、無邪気に微笑む。

「もう遅いから、送るよ」

「え、でも……」

「それとも、転校したての心細い僕を一人で帰らせる気?」

 押しの強いセリフの割には、その顔はあくまでも笑顔で。


 突然の申し出に困惑した私が言葉を詰まらせると、カウンターの中から声がかかった。

「悪いね。彼女、先約があるんだ」

 真崎君が、ひょいと顔を出した。

「今日は、俺が彼女と一緒」

 声のした方を向いた高森君は、微笑んだままかすかにその目を眇めた。

「君は?」

「真崎光司。早川さんの、彼氏候補」


「ええー?!」

 高森君が何か言う前に、それまで私たちのやり取りに耳を澄ませていた委員たちから一斉に声があがった。

「そうなの? とこちゃん、そうなの?」

「えー、先輩、いつから?」

「やっぱり、早川さん……」

「ところで、誰? この格好いい彼は」

「真崎君、ライバル出現じゃん」

 狭い入り口に鈴なりになって見つめてくる図書委員に動じることなく、高森君はにっこりと満面の笑顔を作った。


「本日、3年3組に転入してまいりました、高森悠希と申します。以後、お見知りおきを」


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