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想像する後悔  作者: haru
7/9

二人

 「取り敢えずはこれで良し…か。」

 智也は意識を失った典子が休めるよう、ベッド、布団をイメージして、そこに典子を寝かせた。典子はすう、すうと寝息を立てている。痛みのイメージを注入してショックを与えただけだから、いずれ目覚めるものだと智也は考えていた。ラスティは時折鼻をすすりながら、典子の手をずっと握っている。智也はその後姿を見ながら、どう声を掛けたものか考えあぐねていた。

 お母さん。ラスティは典子に向かって確かにそう言った。父親は誰だろう、という疑問が自然と頭に浮かぶ。ラスティと典子の結びつきは、そんな事とは全然関係ないイメージの産物なのだろうか。それとも自分と典子の子供なのだろうか。だとしたら、あの時の子供、という事になるのだろうか。自分の夢の中の筈なのに、肝心なところは何も分からない事に智也は苛立ちを覚える。

 「…私のこと、聞かないの?」

 そうだ。そもそも自分は、ラスティに色々と聞き質そうと思いこの世界に来たのだった、と智也は思い返す。しかし、智也の方を振り向かずそう言ったラスティの静かな問いかけには、智也を圧倒するものがあった。

 「…お前、今回はすぐに来なかったな。どうしてだ?」

 全然核心を突かない質問をする智也。

 「女の子には、色々あるのよ。」

 素っ気なくそう答えるラスティ。少しの間、沈黙が支配する。やがてラスティが口を開き、独り言のように語り始める。

 「トモヤって、いつもそうだよね。肝心な時にはいつも逃げようとする。自分一人で考えてます、って顔して、周りの人の事を聞こうとしないだけ。理解しようとしない。お母さんとのこともそう。お母さんがどう思ってるか、考えたことある?」

 智也には耳の痛い言葉だった。典子が自分の事をどう思っているか。改めて聞かれても、答えは「分からない」だ。ラスティは言葉を続ける。

 「挙句の果てにこんな世界に閉じこもっちゃってさ。知ってる?この世界、智也の心がこれ以上壊れないために、自分で作り上げちゃったんだよ。心同士で疑似の殺し合いをさせて、それで、心が現実で死んじゃうのを防ぐためのゲーム。それがこの世界なんだよ。」

 智也はこれまでの闘いを思い返す。ラスティの言っていることが本当かどうか、まだ分からない。しかし本当だったとしたら、あいつらが、自分の心の一部だったなんて…。

 「ばっかみたい。いかにも独り善がりの智也らしい、くだらない思い付きの世界ね。」

 「そんな事、お前に言われる筋合いがあるのか?」

 智也は語気を強めてラスティに問いかける。

 「あるよ。」

 智也の方を振り向き、まっすぐ目を見ながら答えるラスティ。智也は何も言えない。

 「…探しましたよ。」

 智也の後ろから、イルが声を掛ける。いつの間に現れたのか。その疑問よりも、気まずい雰囲気を打ち破ってくれたことに智也は少し安堵感を覚えている。智也が振り返ると、イルの後ろには、茶色のフード付きのマントを被った男が立っている。少し気になったのは、イル達が現れた瞬間からラスティが身構えている事であった。

 「エンヴィとの闘い、ご苦労様です。」

 ああ、と生返事を返し、智也は問いかける。

 「あんた、「このゲームの進行人」みたいなこと言ってたよな?ここが俺の心を壊さないためのゲームだって、本当なのか?」

 イルは智也を一瞥すると、ふう、と溜息をついた。

 「ここは、智也様の心を守るためのゲームです。」

 イルがそう言い終わると同時に、フードの男が智也に近づいてくる。そして、おもむろに懐から短刀を取り出すと、智也の左脇腹に突き刺した。刺された、という認識から一瞬遅れて、痛みと熱さが体に広がってくる。短刀が引き抜かれる。智也はがくりと膝をつく。

 「…何のつもりだよ。大体、こんなものが効くと思ってるのかよ…。」

 智也はそういいながら、自分の傷の治療をイメージする。刺された傷口が塞がって、元通りに血液が流れるイメージ。裂けた皮が綺麗に元通りになるイメージ。しかし、イメージ通りに傷が治らない。何度イメージしても同じである。

 「…俺に何をした?」

 次第に荒くなっていく息を押さえながら、智也はイルに問いかける。

 「本当に馬鹿な子…安心しなさい。あなたのイメージを現実にする力は残ってますよ。」

 子供に諭すような口調で、イルはさらに続ける。

 「ただ、その傷は治らず、あなたはここで死ぬのですけどね。『イマジン』。」

 俺が、死ぬ。目の前の女は確かにそう言った。事実、自分の左脇腹は焼け付くように痛く、立ち上がることすら出来そうもない。目が霞む。どういうことだ?俺は俺の心を守るための装置の中で死ぬのか?智也がそう考えた瞬間である。

 「走って!」

 声を聞くのが早いか、ラスティは右手で俺の右手を掴み、左手に典子を抱きかかえると、石室の壁目掛けて走り出した。通常なら激突するであろうタイミングで、智也たちの体は石の壁の中に溶け込んでいく。

 瞬間、フードの男の手から短刀が放たれる。それがラスティの背中をかすめた瞬間、彼女たちの体は壁の中に完全に溶け込む。カラン、と音を立て、少し血の付いた短刀だけが残された。

 「やはりあの女は面倒ですね…」

 イルはそういうと、もぬけの殻となった石室をぐるりと見渡した。そして、自分の後ろにいる男のフードを愛おしそうに外した。そこには、ラスティに手を引かれ壁の中に消えていった筈の智也と同じ姿の男が立っていた。


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