表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
想像する後悔  作者: haru
5/9

狭間

 智也は、右手のマフラーを握りしめたまま、ぼんやりと考える。そうだ、ここは現実だ。そして、夢の世界のこのマフラー。今日会って、半ば強引に渡されたこの典子のマフラーを持ったまま眠ったなら、これが夢の世界にあってもおかしくは無い、と考える。しかし、それなら夢で見た典子は一体なんだったのか。

 智也は考える。良く分からないが、夢というものは自分の経験なんかから形作られるものなのだろう。それなら、典子が俺の夢に出てくること自体はおかしくは無いわけだ。だが、最近見ているあの闘技場の『夢』に典子が出てくることは、ちょっと異質な事のように思える。それに、ラスティとも何か話しているようだったし…。

 智也の思考は、何であれ、あれが本物の典子なのかどうか、ラスティとどういう関係があるのか確かめようということで固まった。しかし、それをどうやって、ということになると、余り良い考えが浮かばない。典子に電話するなり会うなりして聞いてみるイメージをする。

 「最近俺の夢に出てきてない?出てきてるとしたら、ラスティって女の子と知り合いでしょ?どういう関係なわけ?」

 聞ける筈がない、と智也は思う。俺の夢に出てきてない?という質問自体、別れた夫から聞くのは気持ち悪い物だろう。ましてや、その夢の登場人物との関係性を聞くなんてできるわけがない。それこそ、俺と典子の関係性が壊れてしまう、と思う。

 ならばどうするか。智也は壁の時計を見る。夜中の1時である。すぐに眠って、夢の世界でラスティを捕まえよう、と考える。ラスティと話して試合をする。それで現実に戻れる。ラスティから聞き出すのを長く見積もって1時間。試合も、相手が何の能力者であったとしても、長く見積もっても1時間もあれば十分だろう。余裕で明日には間に合う。

 だが、眠ることに決めた智也は少しも眠れない。どうしても典子の事を考えてしまう。恋人時代に安い(と言っても智也にとっては高額であった)婚約指輪を渡した日の事。典子にせがまれしぶしぶ出かけた、北欧から出店しているショッピングセンターに自分がはまってしまって毎週そこへ行こうとし、逆に嫌がられていた事。

 智也は布団から起き上がる。リビングへ行き、少し埃を被った靴箱を開ける。離婚の際に、どうしても捨てられなかったものだ。典子が好きだった小さなミッキーマウスの人形。尻尾を引っ張ると、ブルブル震える仕様のものである。智也は、2度ほどミッキーを震えさせてみた。そして、その人形は智也の分も一つで合わせて2個ある。典子は何でも二人で同じものを持ちたがった。だから、こういうものも2個ある。あんなことさえなければ…いつもの後悔が頭を過る。しかし、壊したのは自分なのだ。思い直す智也の目の端に、あまり記憶にない赤い石の嵌め込まれたピアスが1セット。これは、他のものと違って1セットしかない。何だったのかを、智也は少しの時間をかけて思い出す。

 「7月に生まれる赤ちゃんが大きくなったら渡すの。安物だけど、ルビーなんだよ。」

 「何でピアスなの?男の子だったら?それに何でルビー?」

 「男の子だって良いじゃん。智也だってしてるでしょ。それに、どうせ知らないんでしょうけど、7月の誕生石ってルビーなんだよ。」

 予定日だけで子供への贈り物を買ってしまう典子の行動力に半ば驚き半ば呆れていたのを思い出したのだ。あの頃に比べて、今は…。

 そう思う智也を、ゆっくりと眠気が包み始めた。まだ2時前。余裕だろうと思い、智也は床に入る。

 智也が気付くと、いつもの石畳の冷気を感じた。しかし、起き上がった智也が居たのはいつもの部屋では無かった。そして目の前には例のローブの女性が立っている。

 「待っていました。あなたへの頼みを伝えに来ました。私の名は、イル、と言います。」

 最初に会った時と随分口調が違う女性に、いささか智也は面食らっている。

 「前回お会いした際に、招かれざる者の話をしましたね…あれから私の方でも調べを進めました。侵入者は全部で3名です。1名はまだ何も分かりません。1名は分かっているのですが、今のあなたには言っても仕方のないことです。そして、問題のもう1名が分かりました。名前は分からないですが…。」と言って、イルは智也に1枚の絵を見せた。少しウェーブのかかった長い黒髪、切れ長の少し細い目、少し高い鼻、小さな唇。典子であった。

 「典子…」

 思わず零す智也に、イルは「ほう、知り合いですか」と聞いてくる。

 「俺と典子が知り合いかとか…侵入者がどうとか…何を…いきなり現れて何を言ってるんだよあんたは!」

 智也は語気を強め、イルに掴み掛る。イルは至って冷静に答える。

 「私は智也様のイメージで作られた者で、与えられた役割をこなすだけの、このゲームの進行人です。そのゲームに侵入者が入った。しかしゲームは止められない。そこで、あなたに排除をお願いしているのです。」

イルの冷静な受け答えに、智也も少し冷静さを取り戻す。

 「それで…俺にどうしろと?」

 「簡単なことです。次の対戦相手…典子と言いましたか。彼女を排除していただければ問題ありません。」

 智也は、今度は無言でイルに掴み掛る。その智也の怒気に当てられながら、イルは言う。

 「本当に欲しい物は、もう要らないんですか?」

 その質問には答えず、智也はイルに質問する。

 「典子をここで殺した場合、現実での彼女はどうなる?」

 「殺した場合は死にます。ただし、私も部外者を巻き込むのは望むところではありません。気絶させるだけでも良しとしましょう。」

 少し安心した智也は、闘技場へ向かおうとする。後ろから、イルが声を掛ける。

 「彼女はこの世界では「エンヴィ」と名乗っています。相手の感覚を倍加する力を持っているようです!」

 感覚を倍加。いまいち能力のイメージは出来ないが、自分が負けるわけがない。そう考え、その言葉に振り向きもせず左手を挙げて応じる智也。そんな智也を見て、イルは、今度は智也に聞こえないようにひっそりとこう言った。

 「頼みますよ…イマジン。」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ