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想像する後悔  作者: haru
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協力者

 立川駅。智也はここから新宿へ向かう快速に乗り込む。朝の通勤ラッシュで車内は混雑していた。智也は人をかき分けながら、車両の中ほどまで進む。何駅か過ぎると、目の前の席が空いた。少しの幸福感を感じながら、智也はその席に座り込んだ。

 数分が経過し、智也が、まずい、と思った時には手遅れであった。がたん、ごとん、と揺れるリズムが、智也を夢の世界へと誘い込む。途切れそうな意識で腕時計を見ると、7時15分であった。

 石室の持つ独特の冷気。智也が意識を取り戻すと、件の闘技場控室だった。数回来ただけではあるが、智也はこの部屋に妙な懐かしさを感じ始めていた。彼の脳裏に、初めてこの世界に飛ばされた時の記憶が蘇る。

 初めてここに来た時。茫然とする智也の前に、黒いローブの女が立っていた。占い師やイスラム圏の女性が着るような、目だけを露出させたローブ。女性はまだ状況が呑み込めない智也に、ふう、と溜息交じりに以下の内容を説明したのだった。

 ここは一対一の決闘を行う闘技場であること。

 そこで決闘を行う戦士として智也が呼び出されたこと。

 優勝者には、『あなたが本当に欲しいもの』が与えられる、ということ。

 ここでの敗北は、戦士の現実での死を意味すること。

 戦士は一人一人が自分の個性に応じた能力を備えていること。

 そこまで思い出して、智也の表情に焦りが浮かぶ。その時に「ここで過ごした時間は、現実世界でも同じように経過する」と聞いたのを思い出したからだ。さっさと片付けなければ、と考える智也だが、直ぐに決闘には赴かない。智也は誰かを探している。

 「トーモーヤー!私を探してるんでしょ?」

 突如背後から襲い来る衝撃に、派手に額を壁に叩きつけた智也。智也が振り向くと、少女が回し蹴りを放った姿勢で固まっている。ラスティ、と自らを名乗るその少女は、初対面の際も同様の登場だった。半袖シャツ、ショートのデニムのパンツルックから露出する浅黒い肌。そしてその雰囲気とやや不釣り合いな、彼女の右耳を飾る、大き目の薄紫色の宝石が埋め込まれたピアス。そのピアスは、智也にとって妙に気にかかるものだった。

 「相変わらず残念なスーツよね…。」

 ラスティは智也のスーツの裾を、親指と中指で、汚いものをつまむようにつまんだ。智也は、毎度毎度のこの態度は何とかならないものか、と考える。しかし、それを議論している時間は無い。智也のその意図は伝わっていたようで、彼が口を開くより先にラスティがメモ帳のようなものを見ながら口を開く。

 「今日の相手は『アンセルフ』!能力はねぇ、相手の攻撃を限界まで受けてから発動するカウンター能力、だって。うわぁ、マゾっぽい変態な感じの能力ね…分かった、きっとこいつ童貞ね!そもそもさぁ…」

 ラスティの次から次への軽口を聞き流しながら、智也はまだ見ぬ『アンセルフ』に軽く同情を覚える。

 「…あ。また聞いてない。そういえば智也。前のグリード戦、離れないように戦え、ってアドバイスは守ってたみたいだけど、結局結構良いのを貰ってたよね?信じらんな~い。そんなインチキみたいな力持ってて、事前に私からの情報もゲットした上で、良くあんな危ない闘い方なんか出来るよね?私だったら…」

 単純に相手が強かったんだよ、とまたも聞き流す。しかし、あの対戦相手たちは何なのだろう?と智也は考える。自分と同じように普通の世界から連れてこられたのか、それとも何か別の存在なんだろうか。

 「…考えたって駄目だよ、トモヤ。トモヤは黙って勝つしかないの。」

 悪戯な笑みを浮かべたまま、ラスティが真っ直ぐに智也を見据える。その表情からは、さっきまでの軽口とは違う威圧感を感じる。確かに、今考えるべきことではなかった、と智也も思う。そうだ、相手が何であっても関係ない。勝つしかない。

 『それでは本日のメインイベント!イマジン・ヴァーサス・アンセルフーーーー!!』

 どこからともなく響くアナウンスに、闘技場のボルテージは高まる。

 アンセルフは石で出来たリングの真ん中に座り込み、何かをぶつぶつ唱えている。恐らくあれが、ラスティの言っていたカウンター攻撃の準備なのだろう。情報が無ければ、智也は迂闊に攻撃を仕掛けていただろう。

 智也はアンセルフから距離を置き、静かに目を閉じる。イメージする。大きな力。斧、が最初に頭に浮かぶ。それを瞬時に否定する。もっと、もっと。誰にも跳ね返せない力。竜巻。違う。何もかも押しつぶすような力。火山。だいぶ近づいてきた気がする。

 隕石、が頭に浮かぶ。これだ、と直感する。次は、イメージした隕石をそのまま中空からアンセルフめがけて落下させるイメージ。どんな策を持つ相手だろうと、直撃以前の摩擦熱の段階で既に消炭にしてしまえる圧倒的な破壊力のイメージ。

 それらのイメージが完了したとき、凄まじい轟音と共に、アンセルフはリングもろとも消え去っていた。

 『メインイベント、勝者、イーマジンーーーーーーー!!』

 どうだ、今日のは圧勝だっただろ、とラスティを探すがどこにも居ない。意識が遠くなる。元の世界へ戻れるようだ。ラスティ…味方と思っていいんだろうか?

 目を覚ます。時計に目をやると、7時37分。車内アナウンスを聞くと、次が新宿のようだ。電車内で飛ばされたのは初めてだったが、どうにかなった、という安堵感に、ふう、と一息入れかけた瞬間、胸ポケットの携帯に振動があるのを智也は感じた。

 嫌な予感がする。そう思う智也の予感通り、一通のメールが来ていた。前妻の典子からであった。


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