第一章 第二節 必然の出会い
一九四二年一月、日本軍は順調にマレー半島を占領していった。昨年の十二月八日にはじまったこの戦争はもうすぐ一ヶ月を迎えようとしていた。十日には一式陸攻により英戦艦『プリンスオブウェールズ』、『レパルス』を撃沈し今までの「作戦行動中の戦艦は航空機には沈められない」という常識を覆した。
その頃戦艦『大和』は広島、呉軍港に投錨していた。当時世界最大である『大和』には多くの練習生が乗りたがっていた。
いま内火艇から舷梯を登っている少年 篠原照輝も例外ではなかった。先日『大和』への異動命令が下ってから夜も眠れない日が続いていた。そしていま彼は戦艦『大和』の甲板へ上がる舷梯を一歩ずつ上がっていた。そして上がっていくとともに甲板の上が見えてきた。
「ほえー、これが大和か。さすが世界最大の戦艦だな」
照輝は思わず立ち止まって見上げていた。そこには世界最大の四六cm三連装砲塔があった。
とりあえず自分の職場に行こうと第一艦橋に行くことにした。照輝は航海科に所属しているため主な活動場所は艦橋の中となる。
「はあ、はあ、つ、つかれた」
照輝はいま長い階段を上っていた。大和の艦橋にはエレベーターが設置されているが上級士官専用であるため少尉である照輝は使用できなかった。しかし上まで十階くらいである為鍛錬された海軍の兵であればそのぐらいは容易いのだが照輝は艦尾で一回艦底まで降りて兵員室を見てきていた。(照輝の部屋は艦首側だがとりあえず設備がいい兵員室がどのくらいか見たかったらしい)
そこからが地獄だった。大和型戦艦は横幅いっぱいに機関を搭載しているため。後部兵員室から全部兵員室に直接向かうことはできないのである。それを知らなかった照輝は艦首側へ向かう通路を数十分間にわたって探し結局露天甲板まで一回出てから艦橋の階段を上ることになったのである。
「はあ、はあ、あそこが第一艦橋か」
やっと艦橋が見えてきた。第一艦橋に着くと照輝は壁にもたれかかってしまった。
「汗かいちゃったし暑いし・・・防空指揮所に行くか」
第一艦橋の一階上にある防空指揮所は見通しをよくするため天井がなく露天である。防空指揮所に行けば少しは涼しくなるはずである。
ということで照輝はもう一階階段を上がっていった。そして防空指揮所に着いた。
ここは対空戦闘時に指揮を執る場所で艦長がここまで上がってきて操艦の指揮をとることになる。またその防空指揮所の真ん中には十五m測距儀がありさらにその上に主砲射撃式所がある。
「ふう。風が気持ちいいな」
1月ということもあり風は冷たかった。しかも空には雲がはっている。
だが、汗をかいていた照輝にはそんなことは関係なかった。
「ん?・・・雪?」
いま大和が停泊している呉は瀬戸内海にある。瀬戸内海は中国山地と四国山地にはさまれているため、あまり雪や雨が降らず乾燥した風が吹くことが多い。そんな呉に雪が降っていた。
その時耳に何かが聞こえた。
歌のようだ。どこかで聞いたような。
「軍艦行進曲・・・かな?」
その歌は日本の軍歌の代名詞とも言える軍歌、軍艦行進曲であった。
照輝はしばらくその歌を聴いていた。と、そこでおかしいことに気づいた。ここは軍艦の上である。軍歌が聞こえても何も変ではない。では何がおかしいか。
―その声は女性の声だった。それも中学生くらいの―
照輝は歌がどこから聞こえるのか周りを見回した。すると答えはすぐに見つかった。
―自分の頭上にある射撃指揮所の上に一人の少女が腰を下ろしていた―
―そしてその少女は帝国海軍の士官服を着ていた。―
当時、日本海軍は軍艦に女性を乗せないことで有名である。その日本海軍の象徴とも言える戦艦大和になぜ女性が、それも少女が乗っているのか。
「君、なんでここにいるの?」
気づいたらもう声にしていた。だが少女はそのまま歌い続けていた。
(聞こえてないのか?)
照輝は少女と話すために測距儀の後ろ側にまわり、ラッタルを登り始めた。
そして射撃指揮所の上に登った。ここは大和で一番高いところである。
―そしてそこには長髪の少女の背中があった―
少女はまだ軍艦行進曲を歌っている。
「そこで何しているの?」
照輝はさっきよりも大きな声で言った。
すると少女は驚いたように振り返った。その少女いかにも珍しそうに照輝を見つめていた。
「えっと・・・あの」
照輝はなんと言うか迷ってしまった。
するとそこで少女がはじめて口を開いた。
「篠原照輝少尉・・・ですよね?」
なぜこの少女は自分の名前を知っているのか不思議だった。その気持ちを読み取ったように少女はまた言った。
「自分のことぐらいはわからないといけませんから」
照輝は少女が何を言っているのかわからなかった。
「えっと・・・自分のことっていうのは?」
照輝が聞くと少女はまた口を開いた。
「私はさっきからずっとここにいますが」
「ん?」
「誰にも声をかけられていません」
何を言っているのかわからない。むしろわからなくなった。
「今日話したのは少尉が初めてです」
照輝はどんどんわからなくなる一方だった。少女は何が言いたいのだろう。
「・・・だから?」
その質問に対して少女は答えなかった。いや、答えられなかったといったほうがいいだろう。それはラッタルを一人の水兵が登ってきたからである。そしてラッタルを登りきると水兵は敬礼しながら言った。
「篠原少尉ですよね?」
照輝は答礼をしながら答えた。
「ああ、そうだけど」
「航海科の就任式を行うので航海科員は全員第一艦橋に集合せよとのことです」
「わかった。すぐに行くよ」
そう言うと水兵は少女の方をちらりとも見ずにラッタルを降りていった。照輝は一度ふりかえると水兵に続いてラッタルを降りていった。
「・・・というわけで君たちは世界最大の戦艦に配属された。これからはそれなりの自覚を持って行動してもらいたい。以上」
「敬礼!」
艦長、高柳の話が終わるとそれぞれ自由行動が認められた。照輝は先ほど外にいたので今はかなり寒かった。そこで一度兵員室に戻ることにした。
照輝はさっき汗をかきながら登った階段を降りていた。
と、そこで照輝は声をかけられた
「篠原!」
振り返るとそこには同期の中島吉城がいた。
彼は冗談しか言わない照輝とは逆のタイプである。
「なんだよ」
彼の話は長いため早く布団に入りたい照輝は少しめんどくさがっていた。
「機嫌悪いのか?まったくいい話を持ってきてやったのに」
彼がいい話と言って本当にいい話だった試しがない。
「手身近に済ませろよ」
「わかった。じゃあ率直に言う。お前艦魂って知ってるか?」
その言葉を聞いて照輝は心に引っかかるものがあった。そんな照輝を無視して中島は話を続けた。
「艦に宿った魂で多くは少女の姿をしているっていう話だが・・・」
確信した。そこから先は耳に入らなかった。照輝は今降りてきた階段を逆に駆け足で登り始めた。中島の声も無視してとにかく走った。
そして射撃指揮所の上にあがるラッタルを急いで登った。
そこに少女はまだ座っていた。
彼女は照輝に気づいたようで不思議そうに振り返った。
照輝は高鳴っている心をおさえて声を出した。
「君は・・・艦魂だったのか」
少女は小さく頷くと立ち上がって言った。
「大日本帝国海軍所属戦艦『大和』の艦魂大和です」
そう言うと少女は手を出してきた。それに気づくと照輝も右手を出し握手をした。
「よろしくお願いします」
「よろしく」
呉では珍しい雪が降る中、一人の少年と一人の艦魂は出会った。その時降っていた雪はまるで二人の出会いを祝っているかのようだった。
はじめまして。山本翔太です。初めての投稿です。
艦魂の小説を書くのも初めてです。
今までは人間同士の戦記を書いていたので艦魂はわからないことが多いです。
さて、今回は太平洋戦争時の艦魂物語を書いていきます。
初めてで表現も下手ですがよろしくお願いします。