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第一章 第十二節 戦うということ

 洋上を走る航空母艦『ヨークタウン』の一室でひとりの軍人が書類に目を通していた。彼は一通り読み終え小さく息を吐くと書類を机へ放り投げた。

「無線を傍受して待ち伏せというのはいい気がしないな……」

 彼は小さな窓から外を眺めながら言った。アメリカは戦争前から日本の暗号を傍受しようと情報を収集してきた。それを考えると自分がズルをしているような気分になる。が、頭の片隅から『これは戦争だ』という考えが出てきてその気持ちを覆い隠す。そう、今やっているのはカードゲームなどではない、れっきとした戦争なのだ。戦争においてはすべてが正当化される……のだろうか。自分は今正々堂々戦っているのであろうか。以前日本には武士道というものがあることを耳にした。相手が正々堂々来る中で自分たちだけがズルをしていいのだろうか。そんな葛藤が頭の中で延々と繰り広げられる。その終わりない葛藤を打ち破ったのは彼がいる部屋のドアをノックする音だった。

「少将、コーヒーをお持ちしました」

「ああ、入れ」

 入室を許可すると15歳ぐらいの長い金髪に青い瞳の少女が手にカップの乗ったトレーを持って入ってきた。

「どうぞ、冷めないうちに」

「ありがとう、ヨーキィ」

 そう言うと彼は少女の持ってきたコーヒーを一口で飲み干す。

「コーヒーを入れるのが上手くなったな」

「数ヶ月間少将に手ほどきを受けてきましたから」

 そう言うと少女は少し嬉しそうにトレーを体の前で抱える。彼女は航空母艦ヨークタウンの艦魂である。1937年に進水したばかりの新人である。まだ歳が幼いことをあらわすかのように大きな青い瞳が彼をまっすぐ見つめる。

「少将、やはり戦わないといけないのでしょうか……」

 軍人は突然の話題転換に驚いて危うくカップを落としそうになった。彼は顔を上げてまっすぐヨークタウンを見据えるとゆっくりと口を開いた。

「ヨーキィ、俺にはその答えはわからない。ただ……」

 軍人は窓の外に目を向けてから言った。


「この戦争が終われば何かがわかるんじゃないかと思う」


 そう言うと彼はヨークタウンの目を真っ直ぐに見た。さっきまでとは違った思いを込めて。その思いに応えるかのようにヨークタウンは小さく微笑んで言った。

「そうだと、いいですね。フレッチャー少将」

 そう言うとヨークタウンは部屋を出ていった。後に残されたフレッチャーと呼ばれた軍人はヨークタウンが部屋から離れるのを待ってからドアを開けて外へ出て艦橋へ向かった。

「少将!進路はどうしますか!?」

 艦橋にいたひとりの航海士の問いにフレッチャーと呼ばれた軍人は大きく息を吸って叫んだ。

「艦隊を北へ向けろ、まずはツラギにいる敵部隊を叩く!」

 彼こそがアメリカ海軍第17任務部隊司令、フランク・J・フレッチャー少将である。




1942年5月4日06時30分

「補給は後どれくらいかかりそう?」

「あと数時間はかかりますね」

「できるだけ急いでね」

 翔鶴の甲板で数人の艦魂が話していた。そのうち一人は補給艦『東邦丸』の艦魂である。現在MO機動部隊はソロモン諸島北方で給油作業を行っていた。翔鶴は度々海の方を見て空を見渡してはほっとため息をつくという作業を繰り返していた。そんな姉を見て瑞鶴は迷いながらも口を開いた。

「攻略部隊はまだラバウルにいるの?」

「うん、今日中に出発すると思うけど」

瑞鶴の問いに翔鶴が海を見ながら答える。すると瑞鶴は少し俯いて言った。

「姉さん、今回は赤城さんも加賀さんも蒼龍さんたちもいないけど……」

「ん?……」

瑞鶴は姉が自分の方を見ているのを確認するとこう続けた。

「絶対に成功させようね!」

瑞鶴のいきなりの言葉に翔鶴はしばらく目を丸くしたがしばらくすると小さく頷いていった。

「当たり前でしょ。早く補給終わらせて行くわよ」 

「うん!」

日本から遠く離れた海でふたりの絆はより深く刻まれた。が、その時、下の艦橋から大きな声が響いた。

「ツラギより連絡、内容読みます。『〇六二五、敵艦上機六機来襲。更に敵雷撃機来襲ス』以上!」

 艦隊中に緊張が走った。ツラギへの艦載機による攻撃、それは周辺に敵空母が潜んでいることを意味する。直後にMO機動部隊司令、井上成美中将いのうえしげよしちゅうじょうが伝声管に叫ぶ。

「補給やめ!南へ向かうぞ。索敵機準備、対水上警戒厳となせ!」

「ヨーソロー、抜錨急げ」

 翔鶴艦上は慌ただしくなった。ほかの艦でも同じようなものだろう。

「姉さん、私はもどるね」

「では、後ほどお会いしましょう」

「じゃあね、瑞鶴、東邦」

瑞鶴達が自分の(ふね)へ戻ったのを確認すると翔鶴は艦橋へ降りていった。


 艦橋内は甲板よりも騒がしかった。壁際では航海士が海図に定規をはしらせ窓際には既に見張りがついている。翔鶴は艦橋内を見回し窓際に井上を見つけると周りの人にぶつからない様の気をつけながら近づいていった。向こう側も気が付いたようでこちらに目を向けている。

「中将、ツラギに応援は出さないのですか?」

翔鶴が真っ先に問う。

「いや、距離が遠すぎる。艦載機はだせんよ」

井上は外の艦隊を見ながら言った。

「でもツラギが……」

そう言うと翔鶴は窓の外の海を見つめた。その翔鶴を見て井上は小さく言った。

「翔鶴、今は我慢しろ。艦載機を飛ばしても無駄になるだけだ」

そんなことは分かっている、と翔鶴は言おうとしたがそれをやめた。その時の井上の横顔は何かを語るかのように静かだった。


5月4日17時00分

「結局敵艦隊は見つからなかったね」

「うん、このあたりにはいないみたい」

日が傾いて海が赤く染まってきた頃、再び翔鶴に第五航空戦隊のふたりが集まっていた。

「夜に会敵(かいてき)したらどうしよう」

瑞鶴が素直に不安を口にする。

「こら、緊張しすぎると失敗するよ」

「でも、死んじゃったらもう姉さんには会えないんだよ!?」

瑞鶴が声を荒げる。しかしそれに翔鶴は答えずただ口を結んで瑞鶴を見つめた。

「あ、えと……ごめん、なさい」

「いや、謝る必要はないのよ。ただ……そんなふうに思ってくれて嬉しいなって」

「え、なんて?」

「い、いや、なんでもない!ほら、早く寝ないと明日起きれないよ。明日は早いんだから」

「うん、おやすみなさい」

そう言うと瑞鶴は自分の艦へ戻っていった。

「…………瑞鶴」

 後に残された翔鶴はひとりつぶやいて真上の空を仰いだ。その姿こそ、なんとしても妹を守りぬくと決心した大和撫子の姿であった。




5月5日

 第17任務部隊航空母艦レキシントンの艦上では艦魂レキシントンがが海を眺めていた。この日、ソロモン海域は強い風が吹いており海も荒れていた。

「さびしいよ、サラ」

レキシントンは妹のサラトガがいるはずの北東の方角を見つめながらつぶやいた。

「絶対……勝つ」

レキシントンは決心をして拳を固く握った。レキシントン級航空母艦2番艦、サラトガは今年の1月に伊六号潜水艦に雷撃を受け大破していた。その妹の仇を打つためにレキシントンはこの作戦に参加したのである。

「レックス!」

名前を呼ばれた方を振り返ると碧眼の少女が立っていた。

「………ヨーキィ」

「どうしたの?なんかあった?」

「いや、ちょっとね」

ヨークタウンが話しかけてもレキシントンは海を見たままだった。

「?」

ヨークタウンがレキシントンが海を見ている理由を考えていたとき、下から声が響いた。

「先ほど友軍機より連絡、北方に敵艦隊発見!」

続いてフレッチャーの声が響く。

「北西に転針、索敵機準備!」

スピーカーを見ていたレキシントンがさっきまでヨークタウンがいたところを見ると既にヨークタウンは走り出していた。

「急ぐよ、レックス!」

そう言うとヨークタウンは振り返らずにまっすぐ走っていった。レキシントンはその後ろ姿を見て場違いながらもヨークタウンは相変わらず元気だなあと思うのであった。



こんにちは。もしくははじめまして。思ったよりも早く次話を投稿することができました。さて本話で本格的にMO作戦に突入しました。現在の予定では次話で5月7日の双方の索敵、そして次々話では5月8日の珊瑚海海戦に入りたいと思っていますのでよろしくお願いします。今回は日米両視点で物語を書いてみました。味方だけでなく敵の気持ちも考えながら読んでいただけると嬉しいです。また本話では日本側の動向は出来るだけ第五艦隊の戦闘詳報に基づいて書いていきました。今後も作戦行動時には出来るだけ戦闘詳報及び戦時日誌に基づいて書いていきたいと思っています。高校受験が終わったら挿絵も順次入れていくつもりなのでよろしくお願いします。(合格したらですが) これからも本小説をよろしくお願いします。


2013.11.09 後半、フレッチャーの台詞「北に転針、索敵機準備!」を「北西に転針、索敵機準備!」に変更

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