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第9章

「ええっ、違うの。自信あったのに。嘘でしょ、違うでしょ。違うっていったのは違うっていってよ。」


 おばさんが焦っている。


「いや、そんなこと言われてもよ。実際俺が2階に行ったときに金はなかったし、あんなガキのことなんてぜんぜん知らねぇし。」

「それ嘘じゃあないの?違うの?」

「いや、嘘じゃねぇよ。本当だよ。」


 嘘、本当。言い合っても仕方がない気がするので口を出すことにする。


「えっと。そもそもですね。普通に人質をとって強盗をすれば、犯人と人質が仲間だと思う人なんていませんよね。今回の状況が特殊なだけなんです。

もし2人が共犯でおばさんが言った方法でお金を運んだとしても、あんな言い合いをする必要はないんです。普通に女子高生を人質にとって、まぁ女子高生を人質にとるのは普通ではないのですが、そうやってお金を要求する。自分で取りに行くと言って二階に行って戻ってきてお金はなかったと言う。そのまま二人で外に出てお金を拾う。後日解放された女子高生が警察に行って、確かにお金はなかったという。まぁそんなことしないで2人で逃げてもいいですが。」

「あら、そうねえ。」


 さっきまでとはうって変わって、まるで人ごとのように言うおばさん。イライラしてくるが続ける。


「それに加藤さんがあんなに簡単に捕まったのは、自分の名前と住んでいる場所を言ってしまったからでしょう。女子高生と2人で、叔父だ他人だと言い合いをしなかったら、個人情報を言ってしまうようなことにもならなかったでしょう。二人が共犯だったとしたら、あの言い合いは完全に無駄。狂言だと言い出したのは女子高生なんですから、やっぱり共犯ではないでしょう。」

「うーん。でも途中で彼女が裏切ったとかは?」


 まだ言ってくる。といってもほぼ間違いだと気づいている顔である。それなら二階に上がったとき言い争うだろうとか言うのもめんどくさい。そう思っていたときに店長が静かに声を上げた。


「700×9×300」


 3人とも突然のことに驚きながら店長を見る。


「当店のパートの時給は700円、それを一日に9時間。週1回程度お休みして年間約300日働く計算でございます。すると答えは189万円。2年で400万円弱。400百万円のために1、2年間服役するくらいでしたら、当店で本気アルバイトしていただいたほうがよいのですよ。」

労働基準法はどうしたと言いたくもなるが、確かにこれはこれで正論である。


「もちろん、敬語、接客マナーなども身につきます。さらによく働いていただいた方は正社員への道も開けます。みなさまも職を失われた際はぜひ。」


 笑顔でさらりと恐ろしいことを言う店長。といってもこの中で働いているのは俺だけか。男はまだ出所したばかりで職もないだろうし、とういうかもともとパチプロだったし、森田のおばさんは永久就職している。いや、旦那さんの浮気の噂があったな。ということは突然のクビもないわけではないが、その場合退職金もとい慰謝料がでるだろう。


「そうねぇ。言われてみるとそうよねぇ。はぁ、毎週サスペンスドラマだけは欠かさず見ているから自信はあったんだけどねぇ。」


 サスペンスドラマ。主婦らしい理由である。ただ発想自体は面白いところもあった気がする。


「ごめんなさいね、加藤さん。」

「ああ。疑われるのには・・・慣れたからな。」


 男が寂しそうに下を向く。だが実際に強盗まがいのことをしたので、疑われるどころか犯人だっただろうと思わなくもない。いっぽうおばさんはと言えば、そう、よかった、などといってようかんをつついている。罪な女だ。



「でも私の推理が違ったんだから、加藤さんはとりあえず無実よね。無実ではないのだけれど。じゃあ結局この事件では誰も損も得もしていないことになるのかしら。」


 ようかんを半分食べたところでおばさんがまた口を開く。やはり男を疑ったことについて反省はしていないようだ。


「それはどういうことでございますか?」

「だって、加藤さんが嘘をつく意味もないから、二階に上がったときにお金はなかったことになるわ。そうなると結局女子高生ちゃんはお金を取ることができなかったってことでしょう。じゃあ誰も損も得もしていないじゃない。」


 おばさんの発言を聞いて、「俺は刑務所に入ってたけどなぁ」と男が小声でつぶやきつつようかんをつつく。文字通りつつくだけで食べようとしない。ようかんはどんどんぼろぼろになっていく。だいぶ落ち込んでいるようだ。意外と打たれ弱い男である。まぁここは男のことは置いておいて店長に確認することがある


「と、いうことは盗難保険は無事払われたんですね?」

「はい。おかげさまで、ですがやはり店の責任者として考えることは多くありました。これからは防犯対策に努め、あのようにお客様が恐ろしい思いをなさらない店づくりをしたいと思っております。」


 客が恐ろしい思いをしないスーパー。というのは普通だろうという気もするが、その普通を守ることが難しいのかもしれない。しかしあの事件からしっかり学習しようとしているところは、流石というべきである。


 ところで男はというと、相変わらずぶつぶつ言いながらようかんを解体している。もはや男もようかんも原型をとどめていない。あの事件のとき怒鳴り声を上げ続けていた男はいまや、全日本根暗代表といった様子である。あの美しく透き通った焦げ茶色で直方体のボディを持っていたようかんは、いまやそぼろと見まごうほどである。時の流れとは恐ろしいものだ。

 流石に不憫に思って男に声をかけようとしたとき


「分かった!犯人が分かったぞ!!」


 あの事件のときのうるさい男が戻ってきた。 

 ようかんはもう戻らないが。


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