第8章
「な、なんだって!」
「本当ですか!?」
おばさんの言葉に驚く男と店長。意外とノリがいい2人である。男はさらに言葉を続ける。
「なんてことだ!この部屋の中にあの女子高生のガキがいるのか!!」
「あ、いやそれが違うのは見たらわかるでしょう」
おばさんが冷静なツッコミをいれる。近年類い稀なる瞬間だ。
「ではもしや、この中のだれかが実はあの女子高生のお客様の変装した姿なのでしょうか」
「違うわよ。もう。」
続いて店長のボケも切り落とす。本当に絶滅が危惧される瞬間である。
「うふ。でもみんなが分かっていないと探偵さんみたいな気分が増すわね。私が言いたいのはね、この中の誰かがあの女子高生の共犯者だっていう話なの。」
「それは加藤様のことを指しておられる、わけでもなさそうですね。」
「ええ、もちろん。加藤さんも共犯者だと言えそうだけど、どちらかと言えば利用されちゃってたわけでしょう。そうじゃなくて、あの女子高生と対等な関係だったであろうちゃんとした共犯者がいたってこと。どちらかが多少の主導権を握ってた可能性もあるけれどね。もちろんそう考える理由もちゃんとあるわよ。」
勢い良く話すおばさん。喋り慣れていると感じるのは井戸端会議慣れしているせいだろうか。
「ヒントは加藤さんの話の中にあったのだけれど、気づかないかしら。」
ここで探偵は出題者に変わった。といっても事件当時は司会者役までやっていた人だ、今更驚くまい。しかしなかなか難しい問題なので誰も答えないだろう。そう思っていたとき回答者が出現した。
「1つございますね。」
「えっ!気づいたの?」
相変わらず丁寧な言葉とはっきりした声で発言した店長を、驚きと、そして少しばかりの失望が混じった顔のおばさんが見る。どうやら誰もわからないという展開を期待していたらしい。しかし店長は回答を続ける。
「私が気になったのは借金をしていた加藤様が選ばれた、という点です。借金をなされていたということ自体が加藤様が選ばれた理由でしょうが、なぜ犯人は加藤様が借金をなさっていることを知っていたのでしょう。この疑問の答えは、私が事件からずっと悩んでいたもう一つの疑問の答えでもあります。すなわちなぜ私どもの店舗が標的とされたのかという疑問です。」
だれも相槌すらうたないが、店長の話を無視しているわけではない。聞き入っているのだ。格好よく推理を披露しようとした途端に主役の座を店長に奪われた形になったおばさんを含め、俺たち全員が店長の話す内容に集中していた。店長は続ける。
「この質問の答えは、犯人がこの近くに住んでいる、または近くの情報を得ることができる立場にある、ということではないでしょうか。近所に住んでいれば、加藤様の家に借金取りの方々がいらっしゃることもわかる。そして、私どもの店舗の二階が事務所になっていることも分かります。この町か隣の加藤様の住んでいらっしゃる町に犯人がいる、とまでは申しませんが、噂が届く範囲くらいにはいるのでしょう。森田様が犯人はこのなかにいるとおっしゃられた理由の1つがこれなのではないでしょうか。」
話し終えた店長がおばさんの顔を見る。懐かしのどや顔である。そしておばさんは「あら驚いた」という顔である。
「あら嫌だわ私、そのことには気づいていなかったわ。でもそう言われるとたしかにそうね。あ、でも噂で知っていたってことはこの町の全ての噂を知り尽くした私を疑っているのっ?」
おばさんがハッとした、という顔で店長を見る。
「いえ、そこまで申し上げているわけではありません。不快な思いをさせてしまったのなら申し訳ございません。」
頭を下げる、丁寧な謝罪である。相変わらずの美しい角度、今回は30度くらいか。いや、ちょうど30度だろう。この謝罪を受けて許さない人間はいないだろうという美しさだ。そしてもちろん森田のおばさんも例外ではなかったらしい。
「あら、いえいえこちらこそ早とちりしてごめんなさい。あっ、じゃああたしの話を続けさせてもらうわね。私が言いたかったのは、あの人質だったお嬢ちゃん一人ではお金を持ち出せないんじゃないかっていうことよ。」
自分の早とちりが恥ずかしかったのか、おばさんはどんどん話を進めていく
「だって考えても見なさいよ。あのお嬢ちゃんはみんなが気づかないうちにお店から出ていってたけど、お金は持ってなかったでしょ?加藤さんに連れられて事務所から降りてきたときまで手ぶらだったんだから。じゃああの子はなんのために狂言強盗になんて協力したの、ってことになるじゃないの。」
「あいつも利用されてただけなんじゃねぇのか?俺みたいに借金取り言われるまま、みてぇな」
「それならその借金取りが共犯だっていえるでしょう。」
「ああ、そうか。」
納得する男。確かに、あの女子高生の単独犯のとは考えられないだろう。まさかあのスーパーで事件を起して評判を下げることが目的でもあるまいし。
「ん?でもおばさん自分で言ってましたけど、あの女子高生は2階から降りてきたときにお金は持っていなかったですよね。それじゃあ結局誰がお金を持っていったんですか。」
「ふふ、いいところに気がついたわね、まもるちゃん。」
俺の質問に対し不敵な笑みを見せるおばさん。いや、不敵ではないか。不敵な笑みを作ろうとしているが、あの笑みは待っていました、の笑みになっている。その質問をさせることがこれまでの目的でしたといわんばかり。
「お金はね、空を飛んで店から出ていったのよ!!」
いつからこの話は探偵ものからファンタジーに変わったんだろう。
「ええと、何と言いますか、訂正するなら今のうちですよ。」
流石に呆れ返ってしまう。だがおばさんには効きやしない。
「ふふ、いい表情ね。探偵ものの刑事さんはやっぱりそうでなくっちゃ。」
なんて楽しそうに言っている。どうやらファンタジーをする気はないような言い方なので少しは安心できた。しかし探偵ものにおける刑事とはどういうことだろう。やはり探偵の言うことを全然信じていないところを指して言われているのだろうか。それなら確かに信じてないのだが。
「空だとぉ!?おいおい悦子さん、それは流石にないだろうがよ。」
おばさんと仲良くなった男すら否定している。まぁ当然だろう。
「ふふ、そうね。空を飛んだは言い過ぎだったかもしれないわ。」
やっぱり言い過ぎだったのかよ!と言いたくなるがここはぐっとこらえる。そろそろ重要なことをいいそうな気がするからだ。
「お金は1人で空を飛んだ訳ではないわ。犯人が飛ばせたのよ。二階の窓からね。」
それで空を飛んだ、か。ギリギリ、アウトではないだろうか。しかし面白い話をする。少し興味が湧いた。俺でだけでなく残りの二人もおばさんの方をしっかり見ている。
「つまりこういうことよ。あの女子高生は確かに下に降りてきたときにお金を持っていなかった。でもそれは先にお金を店の外に出しておいたからよ。店長、もちろんあのスーパーの2階、金庫のある事務所に窓はあるわよね。」
「は、はい、ございます。ちょうど・・入口の真上辺りに!」
まるで映画かドラマの探偵のようになったおばさんが質問をして、同様に映画かドラマの、キャラクターとしては重要ではないが状況説明の観点からすると重要な役のようになった店長が答える。
「ふふ、つまりこういうことよ。あの女子高生は2階に上がってお金を下に投げ捨てた。そして1階に降りてきて何も持っていない姿を私たちに見せつける。そして騒ぎに乗じて外に出て、お金を拾って逃走した、というわけよ!」
おばさんが全てを見透かしたようなスカした顔で言い放つ。
「はて。しかしそれはおかしいではないでしょうか。そもそも女子高生のお客様が加藤様と2階に上がられた時にお金はなかった。これは加藤様がはっきりおっしゃていることです。それに今の話では共犯など全く出てこな・・・は!!」
店長が言葉を場を途中で切って驚きで目を見開く。その目が見つめているのは。
「そう!すでにお金はなかったと言って私たちを騙し、さらに1階に降りたあとに騒ぎを起
して女子高生が逃げる隙を作った人物。
それはあなたよ、加藤さん!!」
おばさんの指がまっすぐと男の方向を向く。
「なっ。お、俺かよ!!」
まるで自分が指を指されるとは全く思っていなかった、と言わんばかりに驚く男。話の流れから明らかにそうなっていたのだから、気づいていてもよかったのではないだろうか。
「しかし、しかしそれではなぜあんなことをしたのでしょうか。」
店長が言うあんなこととは、1階のスーパーで起こったあの女子高生と男の言い合いだろう。確かに、そんなことをせずにさっささと2階に行って、金がなかったと叫べばいいだけの話ではないだろうか。
「1つには、店長。あなたが原因でしょうね。」
おばさんの指が今度は店長を指す。指された店長は首をかしげる。
「わたくしでございますか。」
「ええそうよ。だって店長。最初すぐにお金を払わなかったでしょう?だからいろいろ試してみたのよ。」
確かに店長はなかなかお金を払わなかったが。いろいろとはずいぶん曖昧である。
「でもそれより何より大事だったのは、2人が共犯関係にないと思わせることよ。ほら、だって今まさにそうじゃない。私が加藤さんと女子高生が共犯だっていったらみんな驚いているでしょう。そのためにあんなことをしたのよ。狂言だ、狂言じゃない。そう言い合って喧嘩する。そして、捕まった加藤さんが騙されてやった、女子高生のことはさっぱりわからない、と言う。これで2人が共犯関係だと信じる人はまずいなくなるわ。そして出所してから2人でお金を分け合う。どう?」
おばさんが再び男を指さす。少し指先が震えているのは、興奮のためか使いすぎで疲れたのかどちらか。
沈黙。
沈黙。
沈黙。
沈黙。そして男がゆっくりと口を開く。
「いや、ちげぇよ。」
うん。ですよね。




