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第6章

「もうなんでもいい!!殺せるとか、殺せないとか関係ねぇ!!金持ってこねえとこのガキぶっ殺すぞ!!」


 男が包丁で店長を指さしながら叫ぶ。言っていることがめちゃくちゃだ。新米刑事はあまりお目にかかりしたことがないくらいの、怒り狂った表情だった。


「あ、あのお客様、落ち着いて下さい」


 どうやら店長も男の変化に気づいたようだ。相変わらず背筋はしっかり伸びているが、声が少し裏返っていた。店長だけでなく、他の人々も男が本気だと気づいたようだ。後ろを振り向いたわけではないが、場の空気が変わったこと感じた。男が初めて主導権を握った。


「落ち着いてるよ!ああもうてめえはいい!!俺が取りに行く!二階の事務所に金があるのは知ってんだ、鍵だけ渡しやがれ!」


 少女を羽交い締めにしたまま男が近づいてくる。


「ちょっと、やめてよ!」


 無理やり進まされる少女が悲鳴を上げる。しかし男はそれを一切無視している。


「ちょっとやめなさいよ!」


森田のおばさんも叫ぶ。しかし叫びながらおばさんは後ろへと下がっていく。最初は俺の後ろに隠れ服の背中を掴んでいたが、だんだん引っ張られていた服が突然開放された。俺の服をつかむよりも集団の後ろに隠れる方が安全だと気づいたのだろう。懸命な判断だ。

 もちろん怒り心頭の男はおばさんの捨て台詞など気にも止めない。1歩、2歩と近づいてくる。

やはり、これまでとは違う。


「早くよこせ!!」


ついに店長の目の前までやってきた。

俺とも2,3步の距離にいるが手は出せない。包丁は少女の首元から離れているが、今度は店長も刺される可能性がある。

これには今まで男の要求を無視し続けてきた店長も、流石に観念したようだ。無言のまま左手でズボンの後ろのポケットを探り始めた。数秒間いじったあと、手を引き抜くと、その勢いで鍵を落としてしまう。あわてて拾い上げ、それを男に差し出す。

「舐めたこと考えんじゃねぇぞ。」

男は店長を警戒しているのか、包丁をもった方の手を伸ばした。少しでも店長が動きを見せたら、例えば男の腕を掴もうとしたら、その手を切りつけるつもりだろう。反対の手は少女の首を締め付けている。

舐めたことなんて考えてもいない、そう示すように店長は小刻みに首を振る。男は親指と人差し指だけを包丁から離し、店長の差し出す鍵を挟むようにして受け取る。


「金庫の番号は?」

「・・・7021です」


完全に素直になった店長が答える。その顔に浮かんでいるのはお金を渡す悔しさではなく、恐怖だ。客である少女に被害が及ぶことだけはあってはならないと考えているのだろう。


「よし。てめえら、絶対に動くんじゃねぇぞ。1人でもいなくなってたり、移動してたりしたら・・・わかるな?」


 男はこれまでとはうって変わって静かな声を発する。そうして少女の左肩をつかんで歩かせながらstaff onlyの扉に向かおうとする。今まで黙っていた他の客や店員が小さな悲鳴を上げながら道を開ける。少女ももはや抵抗を諦めたようだ。無理やり歩かされるのは精神的に苦痛なのか、単純に痛いのか、自ら足を進めている。


 ここへきてやっと強盗らしくなってきた男を前にして、俺を含めた誰もが扉の向こうに消えていく男を見守ることしかできなかった。思い出したように冷凍食品コーナーから冷気を感じ、背筋に嫌な予感が走った。



「・・・あそこから2階の事務所にいけるんですか?」


 我に返った俺が店長に声をかけたのは、男が見えなくなってから何秒後のことだっただろうか。流石に30秒は経っていない気がするのだが。


「はい。私は、売上金を守ることができませんでした」


 恐怖が少し薄れて義務感が戻ってきたのだろう。うつむき、悔しそうに店長が答える。


「確かに、お金はまず間違いなく取られるでしょう。ただ今になって迫力が出てきたとは言え、あの男の名前など手掛かりも多くあります。なので、今はなんとかあの少女を開放してもらうことを考えようと思います。」


 俺が語りかけると、店長はうつむいたまま頷いた。あまり気持ちは晴れていないようだ。俺は話題を変えることにした。


「しかしあの男、事務所や金庫のことを知っていたようですが、どこで調べたのでしょうか。」

「あら、知らないのまもるちゃん。」


と、いつの間にか再び俺のそばまで戻ってきた森田のおばさんが声をかけてきた。先程まで怯えていたのに男が消えたとたん動くなという命令を無視してこちらへきたようだ。やはり危機感があるのかはなんとも言えない。本人は危機感を持っているつもりかもしれないが。

「このあたりでは有名な噂があるの。お昼くらいにこの店の入口のすぐ上、2階の窓を見上げると、西日を浴びながらオーナーが前日の売上を数えているって。そして数え終わったら寂しそうに金庫にお金をしまうそうよ。」


 寂しそうに、か。やはり売上は少ないのだろう。それにしても噂と言えばおばさんだな、と呆れつつ感心する。


「で、結局あの二人は叔父と姪ってことでいいのかしらね?」

「たぶんそうだと思うんですが、よくわからないというのが本音です。」

俺も静かな声で正直に答える。


「ただ、どちらにせよ」

 少女の安全を考えて男に従うべきでしょう。

そう続けようとした俺の言葉を遮ったのは


「おい、どうなってんだ!!」


もはや聞きなれた男の怒鳴り声だった。


「金庫は空じゃねーか!!」





「なんだよ、どうなってんだよ!!」


 扉から出てきた男が怒鳴る。

 状況が全くわからない。金庫が空?どういうことだ?やはり店長は金を払う気がなかったのか?

一瞬そう考えたがすぐ間違いだと気づいた。俺の横にいる店長も唖然としていたからだ。

「ふざけんな!全然わけが分かんねぇよ!

金庫にたんまり金があるんじゃなかったのかよ!簡単に手に入るんじゃなかったのかよ!!なんで警察がいるんだよ!!なんで人質が言うこと聞かないんだよ!!」

もはや誰に向かって言っているでもなく、男が怒鳴り声を上げる。

その中で俺が答えられるのは一つだけだ。警察は卵を買いに来たのだ。もちろんそんなことを言っても男は落ち着いてくれないだろうが。


「いやっ」


と、そこで少女が小さな悲鳴を上げた。怒り狂った男が少女の肩を恐ろしい力で握って前後にゆすっている。アイロン掛けたてのような少女の制服の肩の部分だけが、しわくちゃになっている。

さすがにまずい。本当に少女を刺しかねない勢いだ。

男と俺の距離は約5メートル。

イチかバチかやるしかない。そう決めたあとの行動は速かった。

後ろを振りかえり森田のおばさんのバックをひったくると同時に男に向かって投げる。野生に返ったのかと思うほど暴れていたからだろうか、とっさに目の前に現れた飛行物体を本能的に包丁で弾く。


占めた!


俺の予想通り、バックを弾いた男の右手はその勢いで右上に跳ね上がった。まるで運動のできない小学生がでたらめにボールを投げるような格好は隙だらけだ。

バックを投げると同時に男の方に駆け出していた俺が次の瞬間に考えたことは2つ。

1つは、あれ、ボールを投げるような体勢ってまずくないか、ということ。

男が振り上げた右手を斜めに下振り抜く。投げられるのはボールではなく包丁。


もう1つ俺が思ったことは、警察とはいえ交通課なんだから無理すべきじゃなかった、ということだ。


「ぐああああああ!!!」


 怒り狂った男の投げた包丁が。


 包丁が。


「あ」


 俺の顔に真っ直ぐ飛んできた。

 よけられるはずはなく。

 はずはなく。


 くるくる回転した。包丁の。刃の部分が。



 俺の額に吸い込まれるように近づいてきて。


 飛んできた包丁の向こうで、少女を突きとばして入口に走る男の姿が見えて。


 俺の額に包丁の刃が当たった。



こつん


額に当たった包丁は


からん


床に落ちた。


「いたい」


 いたい。そりゃあ痛い。痛いに決まっている。こんなものが飛んできたんだから。

俺は自分の額に当たった包丁を拾い上げる。


全員が注目する中、わかりやすく事態を説明する。

「全部木でできてますねこれ。」




すごく精巧なおもちゃの包丁。

俺の額に命中したもの、すなわち男が少女に突きつけていたものの正体を簡単に言うとこうなる。


「ちょっとまもるちゃん、大丈夫なの!?」

「ええ、少し痛みますけど。見た目ほど尖ってもないですし、よくできてますよこれ。」


 刃の部分をなでながら答える。指には傷ひとつつかない。


「そうだったのでございますか。御怪我が無くてなによりでございます。しかしながら、それならば最初から犯人のお客様に従う必要もなかった、と考えてしまうのが人間の悪いところですね。」

「それは言わないお約束ですよ、店長。というか、その男は??」


 ふと思い出して当たりを見回すが男の姿はない。騒ぎに乗じて逃げたのだろう。そういえば男が逃げ際に少女を突き飛ばしていたような気がするのだが大丈夫だろうか。


「いひゃあ!」


 そこへ突然響く謎の声。ジャングルに生息する大型でカラフルな鳥が求愛の叫びをする映像が一瞬脳裏に浮かぶ。そんな声だった。


 見るとおばさんが腰を抜かしている。そしてそんなおばさんから離れていく人物が一人。先程まで人質であった少女である。少女はそのまま入口のドアを体当たりするように開け、消え去った。

 とっさのことに再び思考が停止する。恐らく俺は今ものすごく間抜けな顔をしているだろう。なぜなら隣にいる店長が、そんな顔をしているからである。

俺たちは顔を見合わせたあと。


「じゃあとりあえず警察を呼びましょうか。」

「そうでございますね。」


当然の提案と当然の肯定。


「きゅ、救急車もよーっ!!」

「坂本さん、救急箱をお持ちして下さい。」


 かくして間抜けな強盗と言うことを聞かない人質、うるさい外野による事件は閉幕した。


 が、つけ足しておくことがいくつかある。

男の言ったとおり金庫に入っていた金は消えていた。店長いわく一週間分の売上が入っていたらしい。一万円札が303枚、五千円札が96枚、千円札が488枚で約400万円。金庫はこじ開けられていたが、それは多少の工具と知識があれば可能だっただろうとのことだ。ちなみに同じように事務所の鍵もこじ開けられていた。


 そして犯人の男はその日のうちに隣町の自宅で逮捕された。

 人質だったはずの少女の行方は、全くつかめていない。


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