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第5章

老人が去った。

 店内には気まずい沈黙だけが残された。いや、だけではない。まだ刃物を持った男も、人質の女子高生も、そしてその2人はどういう関係なのかという謎も残されているのだ。

 しかしどちらにせよ気まずい沈黙がこの場を支配してしまっているのは確かだ。なにせこの状況で堂々と店内から出ていってしまった人物がいるのだから。

 

あの老人はこの状況に最後まで気付かなかったのだろうか。そうだとすれば警察に通報しようなどと思いつくはずもない。その点に関してはいえば、男も今の出来事をさほど気にする必要はないだろう。しかし、男がいくら叫んでもそれを無視して、それは聴こえなかったからという単純な理由かもしれないが、それでも店内から出ていった人間がいるという事実が、男の株を下げていた。もちろん女子高生に刃物を突きつけている時点で人としての株はとっくに下がっているのだが、犯罪者としての株もどんどん下がっている。さすがに口には出さないが、ここにいるほぼすべての人が男のことを「たいしたことない奴」と思ってしまっていることだろう。


「無能ね、おじさん」


と、ついに口に出してしまった人物が。しかも言ったのは人質である上、俺が思ったよりひどい言葉が使われている。本当に奇妙な状況だ。


「・・・・うるせぇ」


 男の返事にも力がない。おじさんという部分を否定することすらやめてしまっている。人質をとってすらこの場を支配できていないというのは非常にまずいと自分でも気がついたのだろう。


 そしてまた沈黙。


 それぞれが思うところがあるのだろう。この場から逃げ出したいとか、お金が欲しいとか、叔父さんの息臭いとか。


「だめよ、みんな元気をだしましょう!」


その沈黙を破ったのは森田のおばさんであった。元気を出す、というのは少し違う気がするけれど、この沈黙が続くよりかはましかもしれない。


「みんなそろそろ疲れてきているのはわかるわ。ええ、私も疲れているもの。でもね・・・でもね!そんな今だからこそ頑張らないといけないの。みんなで力をあわせてこの状況を乗り越えましょう!!」


 みんなで力を。まさかそうきたか。いいことを言っているようでこの状況にはそぐわない。しかしその声を受けて少し元気を取り戻した人物がいた。犯人の男だ。


「そうだ、協力するんだ!お前ら、俺のところに金もってこいや!!」

 それは協力とは言わない。というか男さえ協力してくれたらは終わりそうな気がするのだが。


「何言ってるのよ、協力っていったらあたしを助ける為にみんなが力をあわせるとか、おじさんが私を離すとかでしょ。もう、どうしてそんなに馬鹿なの。」


 俺のかわりに女子高生が男を諭す。むしろなじる。


「バカヤロウ!それは俺だけ損するから協力とはいわねぇよ!」

「おじさんが離してくれないといい加減疲れるのよ。私が開放されなきゃ協力とは言えないでしょ」

 

 また、掛け合いが行われる。このまま続くとめんどくさいので俺が割って入る。


「協力とは何かについて話し合うのが問題ではないのですが。」

「そうですね。協力といったらお互いにとって利益のある物事の為に力を合わせる、という

イメージがありますから、この状況には当てはまりにくいでしょう。ちなみにここはスーパーですので、皆様が買い物をしていただければ我々は儲かる、皆様は商品を手に入れるという両者にとって利益のでる行為が可能です。」


 この状況で買い物をしろ、というのか店長。恐るべき商売根性である。

 しかし、今はそれを発揮してもらっても仕方ない。とりあえずこの困った人たちに今の状況を思い出してもらって無意味な話を止めさせよう。


「えっとすみません。とりあえずこのまま状況が変わらないことを望んでいる人はいませんよね。だからこれからどうするかを考えるために、一度状況を整理させてください。」


 状況を整理させてください。我ながらまるで探偵である。探偵の場合「では、いったんここで状況を整理しましょう」くらいになるのだろうか。


 何にせよ言っている内容は探偵のようだが、どう考えてもそんな状況にはいない。あまり他人のせいにするのは良くないとは分かっているが、周りが自分たちの役を演じているようで演じきれていない。


 犯人役には賢さが足りない。

 叫んでいるだけで交渉は全く進んでいない。さらに万が一要求した金を手に入れることができたとして、どうやって逃げるつもりだろう。


 人質役には緊迫感が足りない。

 本来人質とは怯えて震えるか助けを呼ぶべきものだが、一番ハキハキしゃべってしまっている。その上人質役をやめようとしている。


 助手も足りない。

 森田のおばさん?あの人は言葉を発するタイミングは助手に近いが、邪魔をしているという点では探偵モノお約束の無能警官を凌駕する。


 舞台には緊張度が足りない。

ここはスーパー、しかも田舎ゆえ小さい。本来は事件が起こるような場所ではないだろう。その上気にしなければ無視できる音量だが、店内には有名曲のオルゴールバージョンがBGMとして流れている。本来ハードなロックだがやさしげな音調となっており下手を打つと心が安らぐ。

 何もかも物足りない状況である。

 もちろん、探偵役だって三流芸人のつっこみのようなことしかしていないのであるが。


 と、あまりにも悲観的な状況すぎて自分の頭の中でのみ状況整理、もとい愚痴のような発言をしてしまっていた。提案したことくらいやり通さなければ。

ため息を噛み砕いて真面目な声を出す。


「えっとまず犯人の加藤さんは女子高生を人質にとってお金を要求している。しかし、店長はお金を払うことを拒否している。そしてさらに、あー、人質の女子高生加藤さんはこの事件は狂言だと言っている。犯人はこれを否定している。しかし女子高生の加藤さんは犯人の加藤さんのお姉さん、自分にとってはお母さんだと主張していますが、その人の名前を知っている。でもお母さんは結婚したら苗字が変わるのではないかと指摘されると不自然なくらい焦っている。

 こんなところでいいでしょうか。」


状況を思い起こしながらまとめてみる。喋っていて訳が分からなくなりそうだが誰からも反論はないようだ。


「じゃあ、そうですね。さきほど森田さんが言った協力、ではありませんが、ここはみなさん妥協してみませんか」


俺は提案する。


「妥協?それは加藤大五郎さんが包丁を捨てて素手で絵里ちゃんを拘束するとか、店長さんがお金の代わりに商品券を渡すとかそういうこと?」


首をかしげながらおばさんが俺に尋ねる。


「違いますよ。包丁捨てても、金払わないとこいつの首の骨を折るぞ、なんていうほうがむしろ生々しくて嫌です。それに商品券もらってほいほいと騒ぎを起こしたスーパーに買い物に来るほど馬鹿な強盗はいないでしょう。」


 ここへ来てほぼ初めて、心の中だけでなく口に出してツッコミをいれた気がする。しかしそれでもおばさんには効いていないようだ。「あらそうねぇ」などといってまた首をかしげているだけだ。ちなみに男のほうから「あっ、そうか商品券やべぇ」などというつぶやきが聞こえてきた気がするのだが。そこまで馬鹿だったのか・・・・。


「えっとですね、簡単に言うと約束をして欲しいんですよ。ほら、今犯人の加藤さんと人質の加藤さんが親戚同士なのかが問題になってるでしょう。だからせめてその真偽が分かればこの状況を終わらせましょうよ。


 もし、親戚だとわかったら犯人の加藤さんはおとなしく人質を開放する。反対に無関係だと分かったら、申し訳ないのですが店長にはお金を払っていただく。そして私たちその他の人間も抵抗はしない。どうでしょう。」


 口約束にそれほど意味がないとは思うが思いついた提案をしてみた。


「お客様、さすがにそれは少し・・・いかがなものでしょう」


 と、やはり反対してくるのは店長だ。再び右手が左手の甲をひっかいている。先程までの様子を見る限りあまりお金を払う素振りはなかったので、当然といえば当然だろう。しかしそこは流石に譲れない。小声で店長に囁く。


「でも、やはり人の命が懸かっていますから。流石にお客さんの安全より店を優先した、なんて噂になってもよくないでしょう。ほら、噂好きそうな人もいますし」

目線を少し動かし森田のおばさんを示す。男がこちらを見てまた目を怒らせて叫ぶ。


「おい、こそこそしゃべってんじゃねえ!」


 まぁ当然か。しかし俺はさらに一言だけ小声で付け加えた。


「それに、すぐ捕まりそうな犯人ですし」


 今までの会話で名前も、そして住んでいるアパートの手掛かりになりそうな事実も分かっている。ギガメディの裏に住んでいる加藤大五郎(無職)だ。どちらも嘘の可能性もあるが、特に住所については偶然口をついて出たヒントだったし、こちらを騙しているとは考えにくい。


「そうで・・・ございますね」


店長の口から了承の言葉が発せられた。右手によるひっかきもおさまったようだ。


「おい、なにしゃべってたんだ。いきなり納得してあやしいじゃねえか!」

「いや、お客さんである人質のことを第一に考えないと、悪い噂が立ちますよって話を少々。」


 嘘ではない。半分は。流石にあなたが馬鹿そうだからと言ったら納得してもらえたとは言えない。


「ほう。なるほどな、なかなかてめえも悪党じゃねえか。え?刑事さんよ」

なぜか急に映画に出てくる犯罪者のような喋り方になる男。なんでノリノリなんだ。

「では、店長が納得してくれましたしあなたもそれで良いですか」

「いや、だからこんなガキ知らねぇつってんだろぉが」

それが本当かどうか分かればの話をしているのだが今ひとつ分かっていないらしい。まぁ言っても埒があかないし、もし親戚だと証明されたらさすがに諦めるだろう。


「でも待ってください!私お母さんの名前答えられましたよね。」


 と、ここで少女が俺に訴えてくる。どうやら「おじさん」は理解力が足らないので話しても無駄、と判断したのだろう。


「ああ、そうだね。確かにあれは決定的かもしれない。大五郎さんのお姉さんの名前を知っていたんだからね。でも、なんというかそのあとの君が怪しすぎたからね。」

「違うんです。正直に話します。実は、私のお母さんとお父さん、離婚してるんです。」


 流石にとって付けたような説明である。両親が離婚しているから母方の姓を名乗っている。いや、それはいくらでもある話だろう。しかし、それならばそれを指摘されたときに少女があれほど焦ったことに説明がつかない。このことを指摘してみねばならない。


「でもそれだけじゃあんなに焦ったりしないよね?」

「はい。・・・・・実はお父さんは痴漢なんです。」


 少女は俺の目を一瞬だけ見たあと、おもいっきり目を閉じて言い切った。もちろん俺は突然の告白に戸惑う。実は痴漢?どいうことだろう。想像してみる。


 もしかするとそれは雪の日だったかもしれない。「寒いねお父さん」と囁く少女はその時よわい12。小学6年生である。「じゃあストーブを付けようか?」「やだ!それよりだっこして!」娘は父甘える。だが。父はそれに応えることができない。「・・・だめだ。」「え?どうして??」娘は父を見上げる。少し首をかしげて。「なぜならお父さんはね・・・・痴漢なんだ。」「え、どういうことっ?」


 

 どういうことだろう。妄想をしてみたがやはり答えはでなかった。


 「私のお父さんは教師で、この当たりの町では有名だったんです。休日でも子供の安全を守るため、町をパトロールしている良い先生だって。でも、それがストレスにもなっていたのでしょう。父はたまに電車に乗って、高校生をターゲットに痴漢を働いていました。それまでいい人として有名だっただけに噂は一瞬で広がって・・・。

しかも噂にはたくさんの尾ひれが付いていました。ひどいものでは、お尻をなでたり触ったりするだけでなく、両手でカバっといくなんてものまで。

 お母さんはすぐに離婚の手続きをしました。これは、忘れたい過去なので、焦ってしまったんです。」


 少女の独白が終わる。泣いてまではいないようだがうつむいている。


「ああ、このあたりじゃ有名ね!!痴漢した先生のお話でしょ。」


 見るからに噂好きそうな森田のおばさんが言った。あったわあったわ、と1人で頷いている。


「はぁ。まあ、なくもない話のようだけど。」


思ったことをそのまま口に出してしまった。正直に言って判断に困る。


「いや、嘘に決まってるだろうがよ!」


 もちろん男は否定する。これでは議論は平行線をたどるだけだろう。


「嘘じゃないわよ。おじさんこそいい加減嘘やめなさいよ。ほら、私を刺せるわけないでしょ。さっさと自首してよ。ていうか離してよ。」


「くっ、てめぇいい加減に・・・・舐めてっと全部バラすぞこらぁああ!!」


 今日一番の量の唾を吐き出しながら男が叫ぶ。どうやら唾ショットガンの口径がプラス5ミ

リになったようだ。この唾掛けるぞとでも言えば、それだけで脅しになるのではないだろうか。


ん?脅し?


「えっと。今、なんか。バラすぞって言いました?」


「やはり、知り合い、というか親戚でございますか」


 俺の言葉に店長も続く。


「あ、いや違う、今のはそういうのじゃねぇよ!!」

「じゃあどういうのよ。ついに墓穴を掘ったわねおじさん。まぁ最初からいろいろ掘りまくりだったけど。」


 うん。少女が正しそうだ。今までも失敗していたが、今のは決定的だ。親戚だ、とは言い切れないにしても、どうやら知り合いなのは間違いなさそうだ。


「流石に今の発言を考慮すると、絵里さんのほうを信じてしまいますね。」

「ああ!?いや違う、そういうのじゃなくて。今のは。あ、ああ」


 俺が正直な感想を漏らすと焦り始める男。大きく目を見開き瞳が左右に揺れる。顔は紅潮し、一瞬で汗もかいているようだ。なんというか、顔が完全に「しまった」と言っている。

 しかし、非常にあっけない結末である。口を滑らせるとは。まぁ今まで男の散々な様子を散々見てきたのだからそれほど驚きはしないが。

 

 さて、こうなったら流石に観念するだろうか。先程の妥協の話は今ひとつ理解してくれていなかったようだが、もはやここにいる全員が茶番はやめろという顔で男を見ている。

と、男の様子がおかしい。つい先程までしまったといっていたはずの顔が引き締まっている。いや、引きつっているのか。さらにそこから怒りの表情に変わる。そして叫ぶ。


「ちくしょう!ちくしょう!こうなったら・・・・ああ、親戚でも姪でもなんでもいい!!金持ってこないとこのガキ殺すぞ!!首ねじ切ってやる!」


 叫びながら威嚇するように包丁をひと振りする。


「流石にもう誰も信じないのでございますよ。お客様。それにねじ切らずともお手元の包丁をご使用になられるほうが楽かと」

それに対して店長が一歩前に出て男に語りかける。のだが・・・。


俺は少し意見が違う。


「店長、少し下がってもらえますか。」

「は。なんでございましょう」


店長ではなく男を見ながら答える。


「なんだか俺には今になって加藤さんがやっと本気になったように見えるんです。本当に手段を選ばず何でもやりそうな。」


 それこそ、実の姪すら殺してしまうような。

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