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第4章

「ここに青いゴミ袋は売っとるかね」


 突如現れた老人は俺に話しかけてきた。完全な白髪だがてっぺんが少し薄いだけでかなりの量が残っている。腰はあまり曲がっていないがそもそも背がかなり低い。俺は老人を見下ろす格好になった。どうも近所で見ことがあるような気がする老人である、とその姿を数秒ながめて思い出した。確か郵便局の近くに1人で住んでいる仙波の爺さんである。思い出した理由は腰のあたりに紐で結んだ赤い巾着だ。昔気質の爺さん本人には馴染ない言葉だろうがトレードマークというやつだ。この爺さん、つい最近まで元気で頑固な老人としてそこそこ有名であったが、ここへきて調子がかなり悪くなった。という噂を聞いた気がするんだが・・・思ったより元気そうである。といっても頑固さがかけらも感じられないのは、弱っている証拠なのかもしれない。


 それにしても俺はエプロンを着ていないのだから店員じゃないと気づいて欲しいのだが。いや、それ以前にどこから現れたんだ?


「おい!!じじい!てめぇどこからきやがった!」


 同じことを考えていたらしく、男が仙波の爺さんの方に包丁を向けて叫ぶ。


「ああ!?」


 同じくらいの大声で爺さんが答える。というか答えにはなっていないので単に聞こえていないのだろう。耳が悪いようだ。やはり調子が悪くなったという噂は本当か。


「自然に我々の後ろからいらっしゃいましたが・・・。お客様、どこからいらっしゃったのかと尋ねられております。」

 爺さんの耳が悪いと見るやいなや腰をかがめ耳元で叫ぶ店長。さすがに慣れている。ここは田舎だし老人のお客も多いのだろう。ただ今は質問を伝えるよりおとなしくするように伝えて欲しいのだが。


「ああ!?入口からじゃあよ!当然じゃろうがぁ。」


 臆することなく答える爺さん。強い、これが年の功というものが叫ばれる所以なのだろうか。このご時世、老人も楽ではあるまい。時代は加速しながら進んでいき、年上を敬うべきだという文化も少しずつ廃れていく。息子夫婦は都会で暮らし始め孫ともめったに会えず、やっと使い方を覚えたテレビも地デジ化という謎の4文字の下買い替えを要求される。時代や家、文化を守りつつ現代に適応していくには並大抵の努力では足りまい。

 しかしそれにしても、男の方を見てもいない。包丁も見えていないのだろうか。

だが仙波の爺さんの言うことは当然である。ここはスーパーだしお客が入ってくるのは当然だ。よくよく考えると、いくら田舎の小さいスーパーとはいえ、いままで誰も入ってこなかったほうが驚きである。

 とはいえこの状況はよろしくない。刃物をもった男に怯えない姿はなかなかあっぱれだとも言えるが、怯えなければ当然危険も増す。がたがた震えていてもいいから下手に動かずその場にいるのが一番安全だ。その意味では先ほどまでレジにいていまは商品棚の間で青くなっている店員たちには100点をあげたい。


「おじいさん、危ないので下がっていてもらえますか?」


俺は爺さんに話しかける。


「ああ?えっとな、青いゴミ袋をさがしとるんじゃ。この店にくるのは初めてでのぅ。」


しかし爺さんは言うことを聞いてくれない。どうしても青いゴミ袋が必要らしい。


「おじいちゃん、だめよ。」


 珍しく的確なことをいう森田のおばさん。これが主婦力だろうか。老人に最も的確な支持ができるのはやはり主婦である。巷では女子力というものが流行っているがそれが別方向に進化したのが主婦力だ。ちなみに俺が考えた。近所の子どもにおかえりといって困惑させるのも主婦力だと考えている。今日もどこかで、おかえり、ただいまが成立すればその家の子になってしまうではないかと少年少女は悩んでいることだろう。


「仕方ないのう。」


 言うことを聞いた。森田のおばさん、今だけは褒めよう。

しかしその場でおとなしくすると思われた爺さんは、くるりと向きを変え男と女子高生の方むかって歩き始めた。男がとっさに包丁を爺さんの方に向ける。

 もしや仙波の爺さん、何か武道の達人なのだろうか。「仕方ないのう、ほれ」といって男の手首をつかんで捻るやいなや、男がジャンプするイルカのごとく回転し床に叩きつけられる。そんな想像がいったん頭をよぎり、はっと我に帰る。そんな訳がない。ボケているだけだろう。止めるため駆け出そうとした瞬間、爺さんが消えた。やはり武道の達人か!と思ったが単純に左折しただけであった。このどうやら青いゴミ袋を探しに行ったらしい。

 包丁を人質に突きつけた犯人と息を飲んで見守る人々、そして店内を歩き回る老人。これはどうあっても成立してはいけない、というかおかしな状況だ。もっとも、前半もあまり成立していないのだが。


「おい!!待て!!じじい!」


再び男が叫ぶ。


「そうよ、おじいちゃん!!」


それに続くのは森田のおばさん。


「おじいちゃん、このお店に青いゴミ袋なんて売ってないわ!」

 少し論点が違うことを叫ぶ。


「いえ、そうではないでしょう。」


 一方、店長は不敵に笑う。だが元来人のよい顔つきをしているため、そんな表情をしてなお悪さを感じさせない。怪人を前に突如現れた謎のヒーローといったところか。


「ご老人が青、と言われた場合には気を付けねばなりません。なぜなら緑のことを青とおっしゃる場合があるからです。

 つまりご老人が探しているのは緑のゴミ袋、この地域では資源ごみ用に使われる袋であります。そして当店ではレジの前に用意しているのです!!」


 相変わらず綺麗などや顔である。


「あら~、そうだったの。さすがは店長さんね」

「お褒めに預かり光栄です。ただお客様も青いゴミ袋が無いとご存知でした。やはり頻繁に当店を利用していただいているだけのことはありますね。」

「あら、お上手ね。うふふ」


 なぜかお互いの検討をたたえ合う二人。お前のパンチ効いたぜ、というフレーズが頭に浮かんだ。


「おい!うるせえぞそこ!じじいも勝手に歩いてんじゃねえ!」


 当然男は怒る。今まで以上に顔が紅潮しており、額の血管も浮き出ている。

しかし男が怒るのも当然かもしれない。仙波の爺さんはどんどん俺たちから離れていく。なにやらぶつぶつ言っているようだが聞き取れない。


「おい、てめぇ、戻らねぇとこのガキぶっころすぞ!!」

「殺せないでしょ、もういいかげんにしてよおじさん。」

「おじさんじゃねぇ!!」


 その一方でまた繰り返される男と女子高生の掛け合い。やはり耳が悪くてその声が聞こえていないのか歩みを止めない老人は、いつの間にかゴミ袋売り場に到着していた。そして爺さんの姿が視界から消える。かがんだため商品棚で見えなくったのだろう。


「お、これじゃあ・・・」

くしゃ、くしゃ。

 かがんでしまって爺さんの姿は見えないが、恐らくお目当てのゴミ袋を触っているのだろう。


「それじゃあ、もろうていくからの。」


 立ち上がり無表情のようにも笑顔のようにも見える顔で別れを告げ、爺さんが入口へ向かう。

 

 

「待てつってんだろうが!!おい!」


 男が叫ぶ。


「ちょっとおじいさん!」


 流石に俺も止めようと叫ぶ。が


「いいのですよ。」


 店長は爽やかな笑顔をして俺を制す。

「レジに居ない我々が悪いのです。ただいま軌道に乗っている当店にとっては80円など安いものです。」

 そういう問題ではない、と俺が答える前に入口のドアが開き、仙波のじいさんは店の外へ消えていった。

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