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第3章

「え?」


 場が凍りつく。


「おじさん、やっぱ無理だよ、やめよう」


 女子高生は静かな、しかしはっきりとした声で続ける。包丁を突きつけられているため動くことはできないが、それでも少しだけ後ろを振り返りながら言葉を発していた。


「てめぇ何わけのわからないこと」

「もう黙ってよ。やめようって。ごめんなさい刑事さん。これ狂言なんです。この人は親戚のおじさん。私のお母さんの弟です。借金を返すためにこんなことを思いついたんです」


 ふう、と少女は息を吐く。その顔には悲しみとも諦めともとれる表情がうかんでいる。


「おい!ふざけてるとぶっ殺すぞ!」

「やってみなさよ!私意外味方いないくせに。ねぇ刑事さん、そういうわけでおじさん私を刺せっこないんです。だから無理やり取り押さえちゃってくれて大丈夫ですよ。」

「あぁ!?ふざけてんじゃねぞ!てめえも!近づいたらマジでこいつぶっころすからな!」

「大丈夫、できません」

「ざけんな!刺すに決まってんだろうが!!」


 突然のことに頭が全く働かない。

どっちなんだ?どっちが本当のことを言っているんだ?


「やめようよおじさん」

「お前なんか知らねぇよガキ!」

「どうするのよまもるちゃん!!」


 とりあえず森田のおばさんは黙って欲しい。あとこの年になって「ちゃん」はやめて欲しい。言い忘れてたが俺は25才の新米刑事なのである。


「だいたい平日の昼間に女子高生がスーパーで買い物してるわけないでしょう?」


 確かに。彼女の言うことはもっともである。それに彼女には嘘をつく理由がない。あるとすれば、男に刺す度胸がないことに気がついたから?それとも男を動揺させて隙を作ろうとしている?どちらも考えにくいだろう。


「だいたい、おじさんはいつも馬鹿すぎるのよ」

「あぁ?なんだと?俺のどこが馬鹿だっていうんだよ!?」

「あ、ほら刑事さん、今おじさんっていったら反応したでしょこの人」


 あ。言われてみれば。かなり自然な会話だったから気付かなかった。そもそも犯人と人質が自然な会話をすることがおかしいのだけれどそれは置いておこう。


「ちげぇよ!お前みたいな年頃のガキはみんな俺のことをおじさんあつかいするだろうが!叔父さんじゃなくておじさんに反応したんだよ!」

 叔父さんじゃなくておじさん。紙にでも書かないとわかりにくい話である。


「なによ。じゃあパパあつかいして欲しいわけ?ヘンタイ」

 

冷たく言い放つ少女。


「女子高生にパパあつかいって男の夢かばかやろう!」


 相変わらず怒鳴り続ける男。今度はなかなか声を枯らさず頑張っているようだ。しかし男の夢とは・・・。全国の女性に男が勘違いされるから早く訂正して欲しい限りだ。


「それにほら、おじさん金出せとか言ってる割には手ぶらでしょ?なんでかわかります?ハンカチでつつんでレジ袋に入れるつもりだったんですよお金を。まさかレジ袋に金を入れているとは思われないから逃走しやすいって私がいったからなんですよ。」


 女子高生が男の計画について語る。本当だろうか。だが確かに言われてみれば男は手ぶら、いや包丁と女子高生を掴んではいるので手ぶらではないが、バッグなどは持っていない。


「そんなもん、こじつけだろうが!確かに手ぶらだがここにある入れ物使おうと思っただけだよ!レジ袋でもエコバッグでもよかったんだよ!」

「申し訳ありませんが当店今年5月を持ちましてレジ袋有料でございます。一枚につきまして二円ほどいただくことになります。」


 男が答えたとたん店長が不要なことを語りだす。


「あぁ?それならこの店から奪う金を二円だけ少なくしてやるよ!!」


 まぁそれなら差し引きで二円払ったことに・・・なるのだろうか。例えば男が百万円奪うつもりだったのなら九十九万九千九百九十八円を奪うことになる。強盗するなら二円など気にしても仕方ないと思うのだが、意外なところで律儀さを発揮する男である。


「おじさんは馬鹿だから二円少なくしてしまったため発生した小銭を数えている間に捕まりそうね。」


 少女が鼻で笑いながら皮肉を言う。

 小銭を数えている間に警察が来て捕まる男を想像してみる。違和感はない。


「馬鹿にしてんじゃねぇよ!ていうかお前の叔父さんなんかじゃねぇよ。俺はっ。」

「もう、ホントめんどくさいからさっさと認めなさいよ叔父さん。」


そうしてまた元の言い合いを繰り返す二人。もはや息が合っているようにすら見えるな、などと思って一瞬ぼうっとして見入ってしまった。



「ねぇまもるちゃん、あの二人、なんだか息が合ってるみたいに見えてきたわね。」


 俺の服の袖を引っ張りながら俺と全く同じ感想を口にするおばさん。引っ張るにしてももう少し軽くにしてもらわないと伸びるのでやめてもらいたい。


「なんか私一瞬ぼうっとして見入っちゃたわよ。」


 そこまで俺と同じとは。まさか俺とおばさんは気が合うのだろうか。と言っても俺たち2人だけでなく、この状況を見ている者たちはみんな同じような状況なのかもしれない、と自分を納得させる。


「で、ぼうっと見てて私気づいたんだけど、あの2人なんとなく顔が似てないかしら?ほら、目のとことか。」


 全く返事をしない俺など気にも止めず話し続けるおばさん。ん、顔が似ている?これは今まで意識していなかったことだが少々重要なことかも知れない。こういうことは女性のほうが気づきやすいのかも知れないが、少し関心する。これはよく見てみる価値がありそうだ。


「あの、すみません。」


 口論を続ける男と女子高生に呼びかける。ぱっとこちらを向く2人。今まで心の中でばかりしゃべっていた反動か、実際に声を出すのがなかなか心地よい。

 振り向いた2人は「あ、なんだよ」「え、なんですか」という顔をしている。確かに、同じような表情をしているせいか顔が似ているように見えなくもない。


「いや、2人は、少し顔が似ているようにも見えるかな、と思いまして。」


 思ったとおりのことを言ったが我ながら曖昧な言い方である。ここはハッタリでも顔がとよく似ているとはっきり言うべきだったかも知れないがもう遅い。


「ええ、特に目のところね。2人とも、ちょっとタレ目でしょう?」


 おばさんも続く、というかおばさんが言い出したことなので俺より多少細かく説明する。それに対して。


「ああ!?確かに俺はタレ目だが悪いかよ!?」

「確かに私はタレ目ですけどおじさんとは全く種類の違うタレ目ですよ!」

 

 共に怒り出す2人。


「いや、でもなんとなく似ているから、親戚なのかなって思ってね。やっぱ、親子じゃなくても叔父と姪くらいなら多少は似るもんかなぁと」


 お互いが言い合って均衡状態だった勢いが途端に両方こちらにきたため、言い訳じみてきてしまう。我ながら情けない。


「似てません似てません。叔父さんなんかとはこれっぽちも似てません。ほら、よく見てくださいよ。叔父さんはなんか鼻の穴は前向いてますし、顎も丸いでしょ?それに女子のタレ目は可愛いけど叔父さんのタレ目は情けないだけです!」


 親戚だ、という立場を擁護するはずの発言なのだが、女子高生のほうが躍起になって否定してくる。しかもさらっと男女差別ではなかろうか。


「もう、まもるちゃんったら女心がわかってないわね。お年頃の娘さんに叔父さんと似ているなんていっちゃだめよ。私の娘だってお父さんに似てるって言われるたびに嫌な顔するわよ。」


 そういうものなのだろうか。本当なら世のお父さんは大変だ。一緒にお風呂、なんて夢のまた夢だろう。

 そういえば聞いたことがある。思春期の女の子という生き物はさらに二種類に分類される、と。それは当然、自分の衣服を父親のものと一緒に洗濯されることを許せる女の子と許せない女の子である、と。後者の場合は、江戸時代の関所やベルリンを東西に割った壁の兵士すら手ぬるいと感じさせるような審査で、ジジシャツ一つ通さない、もし通したならば母親も同罪、最悪打首である、と。父親に言えることなら叔父にもいえることだろう。洗濯すら拒む相手と顔が似ているなんて、認めるはずもない。ならば女子高生の反応は顔が似ているという事実よりも、親戚らしさを感じさせる点と言えるかもしれない。


「おや、よく見ますとほくろが同じ位置にございますね。お二人ともあごの右下に、我々から見ますと左下に、ですが。」


 ここで店長も口を挟んでくる。見てみると確かに、二人ともあごの下、同じ位置に大きめのほくろがある。言われてみればわかるがこの距離でよく気づいたものである。だが。


「確かに同じ位置ってあんまりないことでしょうけど。そもそもほくろの位置って遺伝しましたっけ?」

「親子で同じ位置にある場合もあるってお昼の番組で聞いたことがあるわ!」


 俺の疑問に対しておばさんが回答してくれた。お昼の番組、なかなか広範囲までカバーしているようだ。かと言って俺は親子のほくろが同じ位置にあるなんて話は聞いたこともない。あったとしても稀なケースだろう。いわんや叔父と姪、である。


「流石にそれでは決められませんね。親戚がどうかに関わらず、同じ位置にほくろがある犯人と人質、というのは珍しい状況だとは思いますけど。」

 

 誰からも反応はない。恐らく肯定の無反応だろう。


 しかしそれにしてもずっとこのままでは埒があかない。ここは俺が動くべきだろう。2、3三質問してみれば本当に親戚かどうかなんて簡単にわかるだはずだ。なんとなく女子高生の言ってることの方が正しそうだが。


「えっと、すみません。ちょっとお2人に聞きたいことがあるのですが」


 俺は軽く手を挙げて再び2人に語りかける。


「あ!?またてめぇかよ。ってか忘れてたが警官じゃねえか!何するかわかんねぇからだめだ!」


 何するじゃなくて質問をするといっているのだが。


「いやそうじゃなくてですね」

「待ってまもるちゃん!!」


 はい、出ました。相変わらずのキーキー声。隣いる俺にとっては耳に割り箸をつっこまれたのではないか、という位の衝撃である。


「この2人にお互いのことをどれだけ知っているか聞けばいいのよ!!そうすれば本当に親戚なのかもわかるわ」


 俺が言おうとしたことを遮って俺が言おうとしていたことを言うおばさん。


「はあ!?なんで俺が質問されないといけないんだよ!」

「え?え?あ、えっと私もプライベートはちょっと・・・」


 おばさんの口から発せられたこと以外、悪くない提案のはずなのだが2人とも嫌がっている。たぶん嘘をついている方だけが嫌がるだろうなぁ、と考えていた俺の目論見は破られてしまった。プライバシーと命を天秤にかけてプライバシーが勝つ。女子高生とはそのような生き物なのだろうか。

 しかしここで引き下がっても仕方ないので、本当のことを言っている可能性が高そうな女子高生のほうを説得してみることにした。


「えっとね。念のため俺の口からいっておくけど俺は警察なんだ。だから、今君たちがどういう状況にあるのか、ということがわかれば、どうにかできることがあるかもしれない。知らない人に根ほり葉ほり自分に関係することを聞かれたくない気持ちはわかるけど、ここは協力してもらえないかな。」


 ゆっくり、丁寧に。それを心がけながら言葉を発した。

 まぁこのめんどくさい状況から早く抜け出したいという気持ちが強いのも事実だ。しかしそこそこまともな、今このスーパーにいる中では偏差値70超のまともさを持つであろう人間として、少女が刃物を突きつけられているという状況を終わらせたかったのも事実だ。だから、めんどくささではなく、まともさが伝わるように訴えかけた。


「そこまで言うのなら仕方ねぇな!!」


と、荒々しく少女が答えた。


 そんなはずはない。

 口調からしてわかるようになぜか俺の言葉は男に届いてしまったらしい。流石に中年の男に君たちとかいう呼び掛けはしないのだけれど。しかしまぁひとりは説得成功。結果オーライである。


「ふぅ。いいですよ、わかりました。」


 そして2人目も。男が答えてからほんの少しだけ悩んでいたようだが、少女もこちらの質問を受ける覚悟をしたらしい。なんだか伏し目がちだがその理由は不明である。

しかしこれで質問ができる。


 幸い俺には女子高生に怪しげ質問をして、「おや、答えられのかい?そんなはずはないよウヘヘ」と言って楽しむこと以外にも趣味は多い。もしこれが同期の後藤だったら、いやそんなことはどうでもいい。

 何にせよ、あまりプライベートに踏み込む質問は避けたほうがいいだろう。一応そこそこの人数の前で答えて貰うことになるのだ。まずは、簡単な質問をして、もしだめなら少し踏み込んだ質問をすべきだ。


「では、おふたりとも相手の名前をフルーネームでどうぞ。ではえっとまず・・・その包丁の方から」


 男の名前が分からいないため変な言い方になってしまった。

もちろん男は少女の名前を知っているとしても、知らないふりをしようとするだろう、普通なら。しかしこの男、今までの流れでかなり変わっている上、抜けているとこも多いことが分かっているため、「ゆうこだ。結ぶという字に子供の子。」というふうにあっさり答える可能性もあるのでは、と思った。ちなみに結子は姉の名前だ。来月職場の上司と結婚する。まぁもちろん知らない、と答えられても少女のほうに聞けばいいだけの話である。少女が男の名前を答えられたら、叔父と姪の関係にある可能性が高いと言えるだろう。


「待ってまもるちゃん!」


 と、ここでお約束の割り込み。


「お待ちください」


 と、さらにお約束ではない割り込み。1つ目の声はもちろん森田のおばさん。そして2つ目はこの店の店長であった。驚いて店長の方を見てしまう。店長も俺の方を向いており、大きくはないが聞き取りやすい声で言った。


「包丁の方、ではよくないでしょう。それでは『包丁を持っている方』とも取れますし『包丁を突きつけられている方』ととることもできます。また、『包丁をよく使う方』とも取れます。さらには『包丁を持っている方』というのは『包丁を所有している方』とも取ることができ、そうするとほぼすべての方がそれに当たるでしょう。」


 決めつけるのは良くないがこの人はA型さんだろうか。ちなみにそこは空気でわかるだろ、と言いたくなってしまう俺は適当代表のO型である。


「まぁしかし、『包丁を持っている方』と取ることは出来ても、その方の手から包丁を取ることは一筋縄ではいかないのでございますが。」


 ございますが、のところで教科書に載せられるほど見事などや顔をする。完全に必要ない内容と顔である。

 ちなみにどや顔とは、文字通り「どや!」とか「どうだ!」などというセリフがぴったりきそうな顔のことである。したり顔と得意げな顔をブレンドしてスプーン4杯いやらしさを加えた、というイメージだ。例を上げると、「ピザって10回いってみて」と言われたがため仕方なく10回言ってみて「じゃあここは?」と聞かれたときに「ひざ」と答えてしまったときに「ぶぶー。ここはひざじゃなくて、ひじです!」と言ってくるやつがする顔である。とくに「ひじです」の部分で濃いどや顔が披露されるであろう。詳しく知りたい方はyahoo!検索をお薦めする。


「ちょっと!ちがうでしょ!」


 俺のかわりにそう言ってくれたのは、森田のおばちゃんであった。どうやら自分はボケるが人には突っ込むタイプらしい。しかしそれでも代わりに言ってくれるのならば手間は省ける。


「私たちが怒るべきなのは包丁の人なんて失礼な言い方をした部分よ。人には親がくれた名前があるんだから、あなたたち名前は?」

「お、おう。加藤大五郎だ。」

「えっと、加藤絵里です」


おばさんの気迫に押されて答える2人。


「ほら、これで名前分かったでしょ!ちゃんと言い直しなさい」

「・・・・・加藤大五郎さん、絵里さん、お互いの名前を言ってみてください。これが正解だと思います?」


 俺は呆れ果て、疲れ果てながら答えた。





「あらまぁ、私ったら」


 自分の過ちに気づいて目を丸くするおばさん。その見開いた目を軽くのぞき込んでみたが、後悔はあっても反省はしていないようだ。ついでに言うと申し訳なさも感じられない。これに懲りて喋るのを控えよう、などとは考えてもいないだろう。


「しかし、聞いたところ、お二人とも苗字が同じであられるようですね。これはご血縁関係であられる可能性が高そうでございます。もちろん偶然の可能性もございます。加藤様、とは日本の苗字ランキングで10位前後に位置する苗字でありますから。」


 ここでまた店長が出てくる。今度は微妙な豆知識を披露し・・・やはりどや顔である。


「いや待て!このガキが加藤って名乗ったのは、俺が加藤っていったから合わせてきただけだよ!」

「違うわよ!私は生まれた時から加藤だし今も加藤よ。ちなみにあだ名はカトエリよ!」

「うるせぇ、黙れ。俺はゴローって呼ばれてたよ!!」


 うるせぇと言いつつ自分も必要のない情報をつけたす男。

 これではどちらが嘘を付いているか見抜けない。しかし、本名を名乗っているのか他人のフリをしているのか調べる、なんてことは日本中どこでも行われていることである。嘘発見器など必要ない。


「ではお二人とも身分を証明できるものを持っていますか。まぁ要するに名前が入ったカードとかがあればいいのですが。免許証とか」

「あぁ?免許なんて持ってねぇよ!」


 しかし簡単にはいかないらしい。もう少し粘ってみる。


「免許以外にも何かありませんか。顔写真が付いていないものでもいいので。」


 まさかこういう状況を想定して他人のカードを持っている、なんてことはないだろう。もちろん顔写真付きにこしたことはないのだが、ないのであれば仕方がない。


「他か。ああ、ギガントメディアのカードならあるな」


 ギガントメディア。お隣の県を中心に展開されているレンタルDVDチェーンである。ちなみにこのスーパーの近くにもあるが、その店舗はそこらへんのコンビニより小さく名前負けしている。

 しかしギガメディのカードなら後ろ側に名前だけは書くところがあるはずだ。もちろん知っているのは俺も所有しているからである。


「ではそちらを拝見させていただけますか?」

「ああ、仕方ねぇ」


 男は珍しく素直に従うと、包丁を持っていない方の手でズボンの後ろについたポケットを手を伸ばした。


「あ、待てよ!?」


と、そこで男が手を止める。素直に従いかけたと思ったがそうはいかないらしい。


「あのカードひ、いやどこどこ店で作った、みたいなことも書いてるじゃねえか!うちはギガントのすぐ裏にあるからどの店舗かばれたらまずいな・・・。危ねぇ。」


 男はギリギリセーフだったような言い方をしながら重要な情報を漏らす。男の住居は店舗名が「ひ」から始まるギガメディの裏、覚えておこう。これで捜査はかなり楽になるだろう。

 もっとも素直に名前を答えてしまっている時点で捜査はしやすくなっているのだが。そう思うと森田のおばさんも少しは役に立っていたか。いや、邪魔のほうが大きい。気に食わないから役に立っていないとしよう。

しかしながら。


「えっと、カードは見せていただけないってことですかね。」

「ああ、そうなるな。悪いかよ!つーか名前で嘘とかつかねぇよ俺は!」

「非常に感服致します。しかしながらお客様、悪事を働いていらっしゃるときは偽名をお使いになったほうが良い場合もございますよ。」


 ないしょ話をするときのように口元に手を当て、店長がアドバイスを入れる。男との距離があるので大声をだす仕草にも見える。しかし未だに男をお客様扱いするとは、見上げた根性である。


「っ!し、知ってるに決まってんだろう!それだけ余裕があるってことなんだよ!」


 顔を紅潮させて叫ぶ男。


「左様でございましたか。被害者の1人として申し上げますが、次からはお心遣いいただかずともよろしいですよ。」

「ああ、そうするよ!!」


 男はあごを突き出して返事をする。威嚇のつもりだろうか。次、などないことを祈りたいものである。


 しかしこうなってしまった以上名前に関する追求はいったんやめるしかない。ない。ない?ないだろうか。なにか引っかかるような気もするのだが。名前か?カードの話か?それとも他に何か・・・。


「じゃあ、次の質問にいくわよ!!うふ、司会者さんみたいね私」

 思考を邪魔するのはもちろん森田のおばさん。だが考え込んでも仕方ないのも事実だ。人は考えるのをやめたつもりでもこっそり脳の一部では思考を続けていて、忘れた頃に答えが出る、なんて話を聞いたこともある。眉唾代表のような話だがそれに賭けよう。

 しかしこのおばさん、はじめは俺になんとかしなさいとか言っていたが、自分で前に出てきてしまっている。それほど緊張感がない状況だということだろうか。


「そうですね、次にいきましょうか」

 

 静かにしてくれと言って従う人でもないと思われるため俺が大人しく従う。

しかし次は何を尋ねるべきか。試しに自分の叔父について考えてみる。俺はどのくらい彼のことを知っているだろう。

 某大手ガスーメーカーに勤めており各地を転々としている。娘が三人、妻はもちろん一人。趣味は野球観戦、あと囲碁が得意。2年前に煙草をやめた、というのが嘘だったと1年前に発覚した。

 ざっとこんなものか。


「では、加藤大五郎さんのお仕事は何でしょうか」


とりあえず仕事について尋ねてみる。


「無職です」

「パチプロだ」


 声が重なる。無職と答えたのが高い声、低い声はパチプロと言っている。


「えっと、これは正解ってことでいいのでしょうか。」

「ええ、認めます。大丈夫よ!」


 司会者状態のおばさんが太鼓判を押す。エンジニア、とか住宅営業、とかで一致してくれれば助かったのだが、これでは何とも言えない。非常に失礼だが男が無職に見えるからだ。


「チッ、やるじゃねぇか。」

「姪ですから。」

「姪じゃねぇだろうが!」


 回答者の間で火花が散らされている。次の質問をしてみよう。家族あたりが無難か。


「では、大五郎さんの姉、そして絵里さんのお母さんの名前はなんですか?これは絵里さんに答えていただきましょう」


 自分で言いながら本当にバラエティのクイズ番組のような気がしてきて、ため息を吐く。だが仕方ない。


「しかし念のため先に大五郎さんに答えを聞いておきましょうか。絵里さんには見えないように、言葉を発さず口の形だけでおしえていただきけませんか?」


 俺は男に語りかける。女子高生の後ろに男がいるため、口の形は俺たちにしか見えない。


「ああ、わかったよ。―――だ」

 

 男の口が動く。閉じた唇が横に引っ張られる。次はすぼめた唇を大きく開く。最後にまた口が軽くすぼめられる。三文字だ。

 分かった気がする。恐らくミワコだろう。もしくはキワコか。木箱の可能性もあるがそれは名前ではない。ふと小学生のころ出席番号が同じで隣に座った冴子ちゃんの名前が牙子に見えて噛まれるんじゃないかと警戒したことを思い出した。だが今はもっと重要なことがある。


「どうかな、絵里さん?」


 俺は女子高生に語りかける。彼女はこちらをまっすぐ見ているが言葉は発しない。すべての視線が彼女に集中する。おや、もしや。そう思ったとき彼女は口を開いた。


「ミワコ。漢字は、美しい和風の子です。」


 漢字の説明付きである。答え終えると彼女は目を閉じた。次は当然のごとく男に視線が集中する。


「合ってるよ」


 苦々しく吐き捨てる。

 正解。これはかなり決定的だ。


「こうなると流石に彼女の方を信じたくなってまいりますね。」


 そう言ったのは店長だ。しかし店長だけでなく、今やほぼ全員がそう思っていることだろう。


「違うっつってんだろうが!」

「じゃあなんでお姉さんの名前あってたのよ!逮捕するわ、観念しなさいよ!」


 森田のおばさん、司会者は引退して警察になったらしい。こんな同僚は欲しくないのだが。というか女子高生が正解を答えられたかどうか以前に、男はすでに逮捕されるべき状態にある。


「そうよおじさん。流石にもう言い逃れはできないわ。」

「私もそう思います。」


 女子高生、店長も続く。もうここにいる全員が男の敵である。本来犯人である男のほうがここにいる全員にとっての敵であるべきなのだが。似ているようで違う、少しおかしな状況だ。

 さて、言い逃れをするか流石に認めるか。ここは代表して俺が。


ん?待てよ。


 その時先程の疑問に感じた何かの正体が見えた。やはり脳は知らぬまに働いていたらしい。人間の神秘である。俺は女子高生に問いかけてみる。


「えっと確認するけど、君とその男の人の関係は叔父と姪だよね。」

「はい、そうです。ダメな叔父さんと面倒見のよい姪です。もしかすると私は将来的に男性関係で苦労するかもしれませんね。」


 さらっとさらに情報を加えながら答える少女。相変わらずの余裕であるがこの質問をするとどう反応するだろう。


「さっき君はこの男のことを」

「加藤大五郎さんのことを」


 すかさず訂正する森田おばさん。礼儀がなってないわね、という顔でこちらを睨んでいる。放っておいて欲しい。しかし言い合うのもめんどくさいので訂正してしまう。


「失礼。この加藤大五郎さんのことを自分のお母さんの弟といったよね。でもそれだと苗字が同じなのはおかしくないかな。ほら、もともと兄弟ならどちらも加藤だろうけど、お母さんは結婚したら苗字が変わるだろう?もちろん君もお父さんの姓を名乗ることになる。」





 あら?誰も気づいてなかった?というかかなり痛いとこついてしまったかな。


「あ、えっと違うんです。あ、そうだ。父も加藤だったんです。加藤と加藤が結婚して生まれたのが加藤。ちなみに左のお隣さんも加藤で右のおとなりさんは佐藤さんなんです。おいしいでしょ?」


 あからさまに動揺する少女。顔がかなり紅潮しているし、最後はおいしいじゃなくておしいというべきではないか。それとも佐藤(砂糖)がおいしいという思い切ったボケだろうか。

 面倒だが今度は少女が怪しくなってきた。といってもなぜ嘘をつく?刃物を突きつけられているのに、なぜ嘘をつく余裕がある?

 やはり狂言なのか。あ、でも狂言だって本人が言ってしまってるよな?

 と、そんなことを考えていると後ろから袖を引っ張られた。

 また、森田のおばさんか、と思って振りかえる。


 しかしそこに居たのは老人だった。

 茶色い左手にさらに濃い茶色の杖を持って、右手で俺の袖を引っ張っている。老人は俺に尋ねる。


「ここに青いゴミ袋は売っとるかね」


 こんな老人、先程までは居なかったはずだが・・・

 まぁなんだ、まだややこしくなるのか?

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