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第2章

 失礼いたします、と小声で呟きながら集団の間を通り抜け、俺の左隣りまで進んだ店員が男に尋ねる。

 お怒り。はたしてお怒りだからといって女子高生に刃物を突きつける人間がどれほどいるだろうか。この国もまだそれほど壊れてはいないはずだ。


「まだいやがったのか。おい、他に店の人間はいないだろうな!」


 突然のことに驚いていた男も話しかけられると我に帰ったようだ。また調子良く怒鳴り始めた。おそるべし咳払い効果。


「ええ、バックには他の者はおりません。で、こちらに、佐藤くんと山田さん・・・・坂本

さんもいますので。えっとここにおりますもので全てです。」


 少し腰を曲げ上目遣いで店員がそれに答える。ちなみに色気はない。

 バック、とはあの[staff only]のドアの中のことだろうか。とにかくこれでこのスーパーの中にいる人間は全てらしい。これでは誰かがこっそり警察に連絡することもできないだろう。

 店員は申し訳なさそうな顔をしながらさらに続けた。


「それで、お客様。こちらに何か不備がございましたでしょうか・・・」


 どうやらこの店員、本当に男が何かに怒ったことが原因で今の状況があると考えているようだ。それほど店に自信がないのか世の中を悲観的に見ているのか。


「いや、お前たちは何も悪くねぇよ!!」


 ここで衝撃の発言をする男。確かにその通りだがそう言ってしまっていいのだろうか。まるで漫才のつっこみを入れているように男は怒鳴るが、事実ボケているのは男である。


「えっと、それではなぜそれほどお怒り・・・あ、失礼致しました。なぜそれほどご立腹なのでしょうか」


 それほど意味のあるとは思えない言い直しをしながら店員が男に尋ねる。それにしても、この店員にはどうしても男が怒っていることがすべての原因だと思えるらしい。


「それはだれもオーナーを呼びにいかねぇからだよ!・・・あぁ?そういう意味ではお前ら店員は悪いじゃねえか!今まで裏にいたお前は仕方ないけどよ。」


 男は先ほどとはうって変わって店員たちの非を追求し始める。しかし同時に微妙な気配りも行なっている。相変わらずよくわからない男である。


「オーナー?やはり我々が何か失礼を致したのでしょうか。もしや先日出した広告に特売卵はお一人さまひとパックまでと書き忘れていたとか?

 それともやはり入口の朝顔のことでしょうか。確かにあそこに隠れたお子様がお客様を水鉄砲で狙ってくるという事件もございましたが、あの件は親御さんにも来ていただいて解決したはずです。は!それともあなたは以前この敷地で店を出されていたPマートさんの店長さん!?店舗拡大の際、合意の上この土地をいただいたとオーナーは申しておりましたが・・・・」


 また自分たちが悪い、というネガティブ堂々巡りに入る店員。みぞおちの前あたりで左手が右手をひたすらひっかいている。しかしどうやらこの店、入ろうとしたら水鉄砲打ってくるような恐ろしいイタズラに悩まされていたようだ。俺が知らないということは警察には届けず話し合いで解決したのかもしれない。


「そうじゃねぇよ!いいか、よく聞け。お前らは何も悪くないけど俺が金が必要だからこの

ガキ人質にとったから店を血まみれにされたくなかったら金を払えってオーナーに言ってやりたいんだよ俺は!」


 男はマシンガンのようにまくしたてながらショットガンのようにつばを飛ばす。犯罪者とはこれほどに自分の非を認めながら開き直れるものなのだろうか。刑事2年目の俺にはわからない。


「ああ、そういう話でしたらオーナーでなくても店長の私に言っていただければ交渉いたしますよ」


 さらっと言ってのける店員、いや店長、だったらしい。まるで道を聞かれてそこなら案内できますよ、と答えるような気軽さかつ爽やかさである。

 ありえないことだがこれが店長というものの所以なのだろうか。小さいとは言え店をひとつ任されるだけの人間。このご時世、大手スーパーとの値引き競争、主婦層からのクレーム、子供たちの万引き、それを捕まえるとまたモンスター主婦層からのクレーム、と苦労は尽きないであろう。その対応力は新米刑事の比ではない。そういえば俺が学生時代アルバイトをしていたコンビニの店長もそのメガネの奥の眼光は常に店全体を見回していた気がする。


「てめぇが店長か。話は早い。店にある金、全部持ってこいや」

「いえ、それはできません」


 店長は男の目を見て言い切った。交渉終了。まさか。

 いいのだろうか、そんなことを言ったら女子高生の命が危険だろう。まさか彼女の命よりも店の経営の方が重要だとでも言うのだろうか。


「あぁ?ざけんな!このガキぶっ殺してもいいのか!」

「それは困ります」


 またさらりと返答する店長。

 しかしよかった。流石にそこまで薄情ではないらしい。やはりお客様あってのお店ということか。スーパーの主要なお客様の中に女子高生は入っていないだろうが、女子高生とは専業か兼業かは別として主婦の娘の可能性が高い。主婦はお得意様である。ならば主婦の娘であるところの女子高生はお得意様の娘である。という三段論法が成り立つ。もしくは、女子高生は将来的に主婦になる潜在可能性を秘めているという判断だろうか。女子高生も歳をとるという事実は多くの男性にとって悲観すべきことであるが、スーパーの店長にとってみれば幸せなことなのかもしれない。どうやら店長であるところのこの男、男としての自分より店長としての自分を大切にしているようだ。天晴れ。


「じゃあ金払えって言ってんだよ!このガキの命なんてどうでもいいってのか!」


 俺が無駄なことを考えている間にも男と店長のやり取りは続いている。詳しくお伝えできないのは、今ひとつ、集中してみることができなかったからだ。しかし俺を責めないで欲しい。責めないで、欲しい。だってあまり実りあるやりとりは行われていないのだ。三段論法をふんだんに用いた妄想もしたくなる、というものである。しかし店長。確かにどちらも困るだろうが、それでは流石に子供の主張のようではないだろうか。ここは間に入らなければならないかと思ったとき、店長が目をカッと見開いて語り始めた。


「申し訳ございません。言葉が足りなかったようでございますね。私、いえ、当店の考え方として、お客様の安全はどんなものにも勝る重要なものです。ですが、売上もお客様からいただいた重要なものです。お客様からの信頼の証なのです。それだけのものを差し上げるためには保証が必要です。つまり、お金を差し上げればその女子高生のお客様を絶対に開放するという保証が!」


 気がつくと右手をひっかき続けていたはずの左手はやさしく右手を握っている。背筋もまっすぐに伸びており、まさに、店員といった格好だ。実際は店員を超える存在、つまり店長なのだが。


「ああ!?金とったってすぐに開放できるわけねぇだろうが。こいつには俺が安全な場所まで逃げれるまで人質でいてもらうんだよ!」


 まぁ強盗である男としては当然の主張だろう。人の道からは外れているが。


「それでは申し訳ございませんが、お金を差し上げる事はできません。先程も申しました通り売上は重要なものですし、ご逃走過程でお客様が人質である女子高生のお客様に危害をくわえるかもしれないからです。」

 

 はっきりとした口調で言い放つ店長。少なくとも俺にはこれが上辺だけの言葉で売上を守ろうとする方便だとは思えない。


「ぐ。いや、脅してんのは俺だぞ。お前に俺と交渉する権利なんてないんだよ!とっとと金を渡せ!そうしねぇと逃走中とか言ってないで今すぐこのガキぶっ殺すぞ!」


 一瞬店長の堂々たる態度と眼力に気圧されかけた男だったが、なんとか言い返した。どうやらこの男よりも、使命感を持つ店長の方が芯が強そうだが、人質を持っているというアドバンテージが男をなんとか強気にさせているようだ。


「ふむ。では、書面にしていただけますか。逃走さえ上手くいけば女子高生のお客様を開放なさると。」

「めんどくせぇこと言って時間稼ぎしようたってそうはいかねぇよ!さっさと金だせや!」


 確かに店長はなかなかお金を渡さないが、本当に時間稼ぎなのだろうか。何か策があるのだとすれば、期待と同時に心配である。警察や警備会社に連絡する策ならいいが、下手に男を取り押さえようなどとしているなら上手くいかず最悪・・・という可能性もある。


「ああ、やっぱりてめぇじゃ話にならねぇ。オーナー呼んで来いオーナーをよ!」


 男の主張が最初と同じものに戻る。この店長と言い合っても仕方ないと思ったのだろう。


「申し訳ございませんがオーナーは留守にしております。どうしてもおっしゃりたいことがあるのでしたらご伝言致しますが。」

「伝言じゃ遅いんだよ!」


 店長の提案を切って捨てる男。流石にこれは男が正しい。


「お金のお話でしたらお振込という方法もございますが。」

「あとで払うわけねぇだろうが!今金出せやこら!!」

「できません。」

「じゃあこのガキぶっ殺してもいいってのか!!マジで殺るぞ!」

「困ります。」

「ふざけんな!どっちか選べや!!いや、違う、金出すほう選べや!」

 

 現状打破を優先しそうになりつつも、ぎりぎりのところで自分の目的を思い出している男。


「選べません。先に人質のお客様の安全を保証してください。」


 微動だにせず、男の要求を切り捨て続ける店長。

 ガキ大将と多少知恵をつけた頑固な子供の喧嘩のような交渉が永遠に続く。俺はこれをいつまで見ているべきなのか。やはり非番とはいえ警官の俺が動くべきか。

しかし動いたの俺ではなく、他の客でも店員でもなく、最もありえないない人物だった。



「ねえ、もうやめようよ」



 人質の女子高生が、突然口を開いた。

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