第10章
「え、何。突然どうしたのよ。」
おばさんが困惑しつつ尋ねる。
「分かったんだよ!パッとひらめいたんだよ!悦子さんの推理とそのあとの話を聞いてたらな。」
「ええっ、やっぱり加藤さん自分が犯人だったって思い出したの?」
「ちげぇよ。犯人は別にいる。そうそしてこの中に居るんだよ!!」
俺は男の飛ばす唾からようかんとお茶を守ることに必死なので、おばさんに聞き役は任せる。おばさんでは少し聞き役としての技量が足りない気もするが、そもそも男に探偵としての技量がないので話半分に聞いていればいいだろう。
そう考えているうちに男が結論を口にする。
「犯人はな、店長、あんただよ!!」
男が店長の方を向いて叫ぶ。ずっとそっちを向いていてくれたら俺のようかんは無事でい続けてくれるだろう。
「わたくしでございますか。お客様の声、しっかりと受け止めたいとは思いますが、それはどういう理由からでしょう。差し支えなければお教えいただけないでしょうか。」
疑われてなお、店長として振舞う店長。少しクレーム処理じみているような気もしなくもないが、相変わらずあっぱれな姿である。
「俺が二階に上がったときに、金はなかった。これは確かなことだ。俺が言うんだからな。そしてあのガキはずっと俺が押さえつけていたから小細工はできねぇ。」
偉そうに言うことではない。
「そうよね。だからその前に誰かがお金を取ったてことになるのよね。」
「ああ、だが事件が起こってからは無理だ。俺が全員1ヶ所に集めていたんだからな。ガキの命で脅してたんだ。下手に動けるやつもいねぇだろ。」
偉そうに言うことではない。それに最初に1人逃げようとしていた人がいたではないか。まぁ結局果物トラップに引っかかっていたところを男に見つかったしノーカウントということか。
「はい。その通りでございますね。ただ、厳密に言えば全員ではないときもありましたね。私はバックで在庫確認作業をしておりましたので、少しだけ遅れて参りましたから。」
「それだよ!」
店長が喋り終えてすぐ男が叫ぶ。
「てめぇは遅れてきやがったんよ!」
「は。確かに、あの重要な場面で店を取り仕切る私が居なかったのは大変申し訳なかったことであります。お客様を不安な目に合わせ、加藤様の要求をしっかりと聞くこともできませんでした。ただ、在庫確認は重要な仕事。まだ他のものには任せられません。ですので、これからも常に店にいるとは約束できません。ですがなるべく、」
「ちげぇよ!!店長としての責任うんぬんの話をしてるんじゃねぇよ。」
店長の勘違い、というかやはり完全にクレーム対応だったが、それに耐えかねた男が流石に割って入る。
「お前は本当は在庫確認なんてしてやがらなかった。2階に行って、金庫をぶっ壊してたんだろうが!!」
断定である。ただ発想は予想外に面白いので少しだけ身を入れて聞いていることにする。
「つまりこうだ。てめぇは自分自身で金庫の金を抜き取って隠す。その後事件が起きて金が消えちまってたわけだから、誰かが取ったと思われるだろう。そしてさっき言ってた盗難保険ってのがまんまと支払われる。おかげで店の金は戻ってくるし隠した金もてめぇのもんになる。違うか!」
「なるほど。しかし私でしたら金庫を壊さずとも番号を知っておりますが。」
「あ・・・。いやそれはてめぇ。・・・えっと・・・じゃあ壊したんじゃくて」
「誰かが盗ったように見せかけるには番号で金庫開けたらまずいんじゃないの?番号を知っている店長が一番に疑われてしまうんじゃないかしら。」
「それだ!見せかけるためだよ!!」
「なるほど、それでしたらなかなか合理的であると言わざるを得ませんね。」
男の推理、店長が天然で回答、男が困惑、おばさんによるフォロー、男が復活、店長納得。男だけ顔色がコロコロと変わるのが面白い。
「さぁどうだ!何かあったら言って見やがれよ!」
「みなさいな!あなたしか考えられないわ!」
男とおばさんが店長に顔を近づける。
「何か、でございますか。それではいくつか。まずひとつ。私が作業をしているフリをしてお金を隠したとおっしゃいましたが、どこに隠したのでしょうか。加藤様はご存知ないでしょうが、加藤様たちが当店からお帰りになられたあとすぐに佐伯様が警察の方々を呼んでくださいました。そして犯人の手掛かりを探す、ということで、事務所を隅々まで調べられたのでございます。ですので事務所にはおけませんし、私がお金を身に付けていなかったことはみなさんもご存知と思います。」
どうやら店長は男とおばさんの挑戦を受けて立つようだ。議論になって頭を使えば男も少しは落ちつくだろうから、ようかんの心配はもう大丈夫だろう。しかし俺は口を出さず中立として話を聞いていることにした。店長対男とおばさん。これだと同じくらいのレベルで議論ができそうだ。俺がどちらかに味方してバランスを崩すのはよくない気がした。ちなみに佐伯とは俺のことだ。
しかしどうやら男とおばさんにはいきなり難しい質問だったらしい。2人で顔を見合わせている。と、おばさんが何か思いついたようだ。顔の向きを男から店長へと変える。
「えーと、それじゃあ〔staff only〕のところに隠しておいたっていうのはどうかしら。ほら、仕事をしていたフリをしていたって加藤さんは言ったけどそれって後でバレそうじゃない?だから実際に少しは仕事もしたのよ。その時空いているダンボールとかにお金を隠しておいて、あとでこっそり回収するの。」
「そうだ!その通りだ、どうだ、証拠が上がったぞ!!」
男が嬉しそうに同意する。ちなみに証拠は上がっていない。推測だ。男もおばさんと同じように刑事ドラマか何かを見て、そういうセリフを聞いたので言ってみたのだろが、聞いたことがある言葉を適当に使う、というのはやはり恐ろしいことである。自分自身が恥ずかしいのは当然であるし自業自得だが、間違いに気づいたものたちが気まずい雰囲気を味わってしまうからだ。「はっはっは、証拠なんてないじゃないかい!あわてんぼうさんだな!」なんて笑って言い合えるほどの仲ではないのだ我々は。
とっさにおばさんと店長に目配せをする。2人とも間違いに気づいたようだが目でステイのサインをだしていた。OK。確かにいちいち突っ込んでいても話が進まない。店長が森田のおばさんに語りかける。
「なるほど。確かにそれはいい考えでございますね。それでは次に参ります。もし私が犯人だとすれば、なぜ共犯の女子高生に大人しく人質役を演じさせなかったのでしょうか。メリットがない気が致します。」
「あら、確かに。でも・・・きっと理由があるはずよ。」
新たな主張をする店長、それを受け入れず穴を探すおばさん、無言で見守る俺。
かくして男の言葉の間違いを無視する瞬間だけ結成された同盟は一瞬で自然消滅し、戦いが再開された。
しかし男はもはや考えることに疲れたようだ。考え込むおばさんの顔ばかり見ている。下の名前で呼ぶほどなので、おばさんに惚れて見とれているだけ、という可能性もなくはないがまず違うだろう。
「そうねぇ、注意を向けさせるためっていうのはどうかしら。」
俺が男を観察している間におばさんがまた何か思いついたようだ。
「注意、でございますか。」
「ええ注意。ほら、あの事件どういう事件だった?って言われてたら、みんなはなんて答えるかしら。やっぱり人質が急に狂言だって言い出して犯人とケンカしちゃったことは絶対に言うわよね。みんなそこに目がいっちゃうから、まさか店長がお金を取られたふりをしていただけの単純な事件だ、なんて思わないんじゃないかしら。」
どう?と言っておばさんが俺たちの顔を見回す。男はうんうんと頷いているが、店長は少し納得がいかないようで、言葉を選びながらおばさんに語りかける。
「確かに。お2人の争いというのは私としてもとても印象深かったです。しかしながら、警察の方々は様々な観点から操作をすると伺っております。多少は気をそらせることができるかもしれませんが、それだけの目的であそこまでするでしょうか。長引けば危険も増しますし、他のお客様がご来店される恐れもあります。」
「うーん。そう言われてみればそうねぇ。じゃあ他にどんな理由があるかしら。」
おばさんはまだ考えたいようだが、流石にそろそろ限界だろう。店長にとってはおばさんも男もお客様なので気を使ってしまい、はっきり間違っていると否定だきないでいるのだろう。ここまで犯人扱いされたら怒ってもいい気がするのだが、それをしないからこその店長なのだろう。だがこの不毛な議論を続けていても仕方ないので俺が割って入ることにする。
小さく喉をならしてみる。よし、痰がからまることもない。頭の中でばかりしゃべっていたが、実際にもちゃんと声が出るはずだ。静かに語り始める。
「実はお金はとられていなかったのではないか。これは当然疑われるところです。保険会社にとっても非常に重要な部分ですし、そういう詐欺をしようと思いつく人も実際いるでしょうから。それを考えるともう少しお金が取られたように見せかけるべきだったのではないでしょうか。」
おばさんも男も考えることに疲れたせいか、おとなしく俺の話を聞いているようなので続ける。
「例えば、札束の一番上と下だけを一万円札にして、残りを新聞紙で作った偽物にしておくという工作をする。工作をしたことは伝えず、それをとってくるよう加藤さんに指示を出す。加藤さんがお金、実際には偽ものですが、それをもって店から出ていく姿を見た人々は加藤さんがお金を取ったと証言してくれる。さらに加藤さん自身もお金を取ったと思い込みますよね。でも実際それはお金じゃないんだからわざわざ加藤さんから受け取る必要もない。加藤さんにはどこかに置いておくように支持して、ほとぼりが冷めたあとにその偽のお金を捨てるか燃やすかすればいい。警察はお金の行方を探すでしょうから、まさか捨てたり燃やしたりするとは思わないでしょう。うまく誤魔化せるかもしれません。もちろん加藤さんに持ち逃げされる心配もありません。」
お茶で喉の調子を回復させることもせず一気に話す。おばさんは納得したようだし店長もその通りだという顔をしている。男はいまひとつ俺が言ったことを理解していないようでもあるが、なんとなく自分の考えが間違っていたことは理解したようだ。助けを求めるように一瞬おばさんの方を見たが、おばさんの納得した顔を見てがっかりしてうつむいてしまった。落胆するのもいいが店長に謝れよ、と思うが店長は疑いが消えたことで十分満足しているようなのでまぁいいか。
ということで店長の疑いは晴れた。その前の話で男の疑いも晴れた。森田のおばさんは一瞬店長に疑われたと勘違いしていたが、もとから誰にも疑われていない。もうどうしようもないのだろう。推理のネタもつきてしまって全員が沈黙してしまった。
しかし俺にとっては好都合。この隙にようかんを食べることにする。流石に人の話を聞きながら、それも事件の犯人は誰かなんて話を聞きながらようかんを食べるのははばかられていた。小さい頃に人の話を聞くときはその人の目をしっかり見なさいと親父から教えられ、その癖が抜けていないせいだ。しかも先ほどは話す人物がコロコロ変わっていた。右、正面、左。45度、90度、135度。首をカクカク動かしながら、ようかんを食べるなどという器用な真似はできない。ようかんに失礼だ。話している人の目を見るのと同じくらい、食べようとするものを見ることは大事なのだ。食べ物に対する礼儀である。例外は魚の煮付けのみ。あれは目がついているから、正視すると申し訳なくて食べられない。と、こんな無駄なことお考えている場合ではない。今はようかん以外はどうでもいいのだ。
もともと一口サイズのようかんを楊枝でさらに半分にする。そのうち左半分に楊枝を優しく刺す。傷つけないように刺す。矛盾しているようだがそれが大切だ。そうして口に運ぶとまず反応するのは触覚だ。味覚ではない。少しひんやと冷たさと、滑らかな硬さ。それらを感じてから、ほのかな甘さを感じる。そうして噛み始めてから初めて、真の甘さを味わう。触覚の出番は終わり、全ての神経を味覚に集中させる。俺は赤くねっとりとした、舌という生物になるのだ。まさに至福の時。
沈黙。
のみこむ。
もう半分。
至福の時。
さて、ようかんをしっかり楽しめた。そしてみんなの推理もなかなか楽しめた。みんな予想以上に頭を使ってくれた。本当は話すつもりは無かった話をさせてもらおう。そう、俺は真実を知っているのだ。どうせこの人たちに話したところで何もできず問題はないでだろう。
「そろそろ、真実を話しましょう。」
「えっ。どうしたの。どういうことまもるちゃん?」
おばさんが驚きと怯えの混ざった声を上げる。
「ああ?どうしててめぇがそんなこと言い出すんだ?」
男がこちらを睨みつける。
「推測で話をしようとしておられる、わけではなさそうでございますね。」
店長が俺の方を向き、耳で、目で、全身で、俺の言葉を聞こうとする。
そうして全員の顔をもう一度ぐるりと見渡し、俺は息を吸いこんで
「犯人は・・・この中にはいません。」
驚くべき当然の真実を告げた。




