memory
「ねぇ、今ので何個め?」
スノードームみたいな部屋のなか。
彼に会うといつも思う。まるで蜂蜜を溶かしたような髪の色だなぁって。
あたしのはもっと明るいけど、彼のは食べたら甘そうだ。
「3665個めかな」
華奢な背中を見せ、ビューローに向かう彼は、あたしが家を訪ねたときからずっと、本当にずっとよ。
両手に握った針と糸を休ませることなく、お星さまを作り続けている。
でも、そんな背中を見ているのは嫌いじゃない。
むしろ、愛おしかった。
彼のためにあるソファーは、あたしが寝転がると少し足がはみ出してしまう。
「ふぅん。それでまた今夜もその星を縫いつけに行くの?」
「当然さ。あの夜空いっぱいに飾りつけるのがぼくの夢なんだから」
「でも、そんなことをして何になるの? 星が一つや二つ増えたところで誰も気にも留めないのに。スラムにいる人たちには見えもしないのよ?」
「いいんだよ。ぼくの夢なんだ。君にだって夢はあるだろう?」
「あるわ。この街いちばんのシンガーになることよ」
「それじゃあどっちが早く叶えられるか競争しようか?」
楽しげにクスクスと笑う声が、きっと昨日のあたしなら擽ったいもののように聞こえていたはずだ。
だけど今日は、胸のなかに影を落とす。
「…………無理よ」
低い天井に向かってそう呟く。
「え? どうして?」
彼がチェアの上で振り返り、あたしを見た。
どれくらいそうしていたんだろう。
言葉にすれば、きっとこの糸は切れてしまう。きっと。
それが怖くてずいぶん黙り込んでいた。
それでも彼は辛抱強く、急かすこともなく、あたしの言葉を待ち続けている。
だから、覚悟を決めた。
「あのね、ずっと言えなかったんだけど……あたしと結婚したいって言ってくれる人がいるの」
「…………うん」
彼の顔は見れなかった。
あたしは真っ白な天井に向かって話し続ける。
「その人はお金もあって、あたしの夢を応援してくれるって」
「そう」
「そうって。止めてくれないの?」
「言えないよ、そんなこと。だってぼくにはそんなお金もないし、君に頑張れとしか言えない」
「…………そうよね」
「ごめん」
今にも消えそうな声が部屋のなかに落ちる。
冗談よ。
そう言って笑い話にできればいいのに、と。
あたしは今この瞬間でさえ願い続けている。
軽く笑い飛ばしたのは、彼に覚えていてほしかったから。
それがたとえば呪いでも、記憶に刻み込みたい。
「いいの。ただあたしたち、会うのはこれで最後にしましょう」




