彼女の生国と基準が違うだけだから
某夫婦神のいる世界の別の国。
「はっ………はじめまして。あっ、アクアと申します……」
緊張した面持ちであいさつをするのは額に蓮華を思わせる模様が描かれた女性。
「セバスチャン。俺の記憶が正しければ、額に蓮華が描かれているのは聖女だったと思うが」
「ヴィクター殿下の記憶は間違っておりません」
目の前の女性に聞こえないように後ろに控えている側近のセバスチャンに確認を取る。
「かのお方は、華月神の聖女です」
セバスチャンは動揺することなく、淡々と事実だけを教えてくれるが、事実だとしたら、
「これはおかしいだろう」
聖女。聖人。聖なる存在は純潔……つまり婚姻は認められていない。純潔を失ったら聖なる存在しか使えない神の御力が消えてしまうのだ。
まあ、純潔を失っても聖女や聖人がそのまま力を持っている国もある。
とある夫婦神の国では聖女も聖人……かの国では神官呼びだが、純潔を失っても能力は消えない。
だけど、華月神は純潔を尊ぶ。その教えもあって、かの大国の侵略を阻止していた。
女神を略奪するのが大好きという神を主神と崇めている迷惑千万な国のことだが。
「その純潔の尊ぶ神の教えのある聖女がなんで同盟のための婚約で婚約者として現れたんだ」
「理由はありますが、――後で」
今は婚約者をエスコートする時間ですよと言われて、緊張した面持ちの婚約者に注意を向ける。
「初めまして。ヴィクターです。……貴女のことを、その……アクア嬢とお呼びしても」
聖女ならばもっと敬意を示した方がいいのかと思ったが婚約者ならば敬意よりも親しみを持った方がいいのではないかとそう告げるとどこか安堵したように微笑んで、
「はい。――よろしくお願いします。殿下」
と再び頭を下げて挨拶をする。
エスコートをするために手を差し出すが、差し出された手に困惑したように何度もこちらの顔と手を交互に見て緊張したように手を取り、ぎくしゃくした動き。
(なんだ?)
違和感を覚えるが、セバスチャンは後で教えますとそっと口を動かして伝えてくるので今はエスコートに集中して、歩いていく。
テラス席でお茶会をするつもりだったのでお茶を用意して、いくつかのお菓子をテーブルに置かれているのを見て、
「アクア嬢が何がお好きか知らなかったのでたくさん用意してしまいまして……」
「わざわざわたくしなんかのためにお菓子まで……あの、これ、後で施しとかお布施とかで、教会に渡せばいいのですか……?」
「えっ? 普通のお茶会のお菓子だけど……」
日持ちはするけど、この場で楽しんで食べてもらいたいなと告げると本当にいいのかと緊張したように恐る恐る手を伸ばして、そっと口に運ぶ。
目が大きく見開かれる。
「美味しいっ!!」
目を輝かせて嬉しそうに食べていく様に可愛いなとつい見とれてしまうが、先程の反応を見るともしかして、お菓子を食べたことないのだろうかと気になってしまう。
確かに聖女になる前の身分によってはこういったお菓子は高値で手が出せないものもいるが、聖女になってからは貴族令嬢のお茶会に参加をすることもあるし、その為に勉強としてお茶菓子のことも覚えるものだ。
「……………」
先ほどのセバスチャンの反応からして何かあるとは思うが、今は、
「慌てると咽るよ」
嬉しそうに次から次へと食べているアクア嬢に声をかけて、落ち着いて食べるように促して、お茶を勧めて、頬についているお菓子の欠片を拭っていく。
その行動一つ一つに顔を赤らめて恐縮している様に面倒とは思わずに、
(可愛いな)
つい微笑ましく思える。
どうやら、自分はこんな風に庇護欲を掻き立てる存在が好みだったのだと知ったのだった。
無事お茶会を終えて、アクア嬢を用意してある部屋に案内するようにメイドに指示をすると、
「セバスチャン」
説明しろと命じると畏まりましたとセバスチャンが口を開く。
それはとんでもない無い内容だった。
「アクア嬢は、今現在30番目の聖なる者。ですが、世間一般には【8番目の聖女】と呼ばれています」
「意味が分からないのだが……30番が、8番? 聖人が22人いるということか。8人でも聖女の数が多いな。我が国では聖女は今現在いないのに」
「割合では聖女の方が多いですね」
「なのに何で8番目? 8はどこから出て来たんだ」
聖女の方が割合が多いのに8番目とか。
セバスチャンはこちらの疑問をどこか面白がって聞いている。
「かの国は半端な数の聖女は必要としていません。ましてや、彼ら基準で必要としていない人材のようで」
「我が国では喉から手が出るほど欲しいのだが」
「だから、王族の婚姻に同じ王族ではなく【聖女】が送られてきたのですよ。王族よりも聖女の方がほしいでしょうという……まあ、実際は殿下と釣り合いの取れる王女が殿下に嫁ぎたくないと我儘を言ったそうで」
「嫌われるようなことをしただろうか?」
「いえ、好きな人と結婚したいからという理由です。なので、聖女を……役立たずの8番目を送ればいいと決めたそうです」
「聖女が役に立たないわけないだろうが」
「はい。彼女が聖女なのは確かですし、聖女の力も使いこなしています。ですが、彼女は姉に聖女がすでに7人。聖人の兄が5人います。そして、その兄姉よりも力が弱いとか」
「はあぁぁぁぁっ⁉ 聖なる者がそんなに多いのかよ!? どんな徳を積めばそんなに聖なる者が生まれるんだよ」
「――両親は駆け落ちした聖人と聖女でした」
セバスチャンの話はこうだ。
教会に勤めていた聖女と聖人が恋に落ちた。
二人は互いに相手を尊敬しているだけだと思っていたが、何度も協力して力を使っていくうちに恋に育ち、それが許されないことだと諦めようとしたが恋は燃え上がった。
手と手を取り合い、二人は駆け落ちして、小さな家で幸せに暮らしていた。
元聖女の妻が三つ子を産むまで。
三つ子が全員額に蓮華の花が描かれている聖女だったのだ。
「すぐに二人は追っ手に捕まり、子供は取り上げられました。次の子供を産むために」
「元聖女と聖人が居なくなって痛い目にあったが、三つ子なら逆に増えたということか。そして、その後の子供ももしかして……か」
「そのようです。二人は神の加護が残っていたのでしょう。母子ともに健康で赤ん坊は毎年生まれる。それが一人でも二人でも……三人でも同じように」
聖女。聖人と次々と生んでいく。生まれるたびに国は豊かになっていく。
子供はその都度教会に奪われて、奪われるたびに元聖女と元聖人の夫婦は聖なる者ではない子供を欲していった。
そして、13番目の子供と14番目の子供が生まれた。
「片方の子供は聖女……アクア嬢ですが、もう片方は聖なる者ではありませんでした」
両親は喜んだ。やっと奪われない子供が生まれた。
教会は嘆いた。せっかく聖なる子供を産む存在がもう産まなくなったのだから。
ならば、せめてと双子の片割れを引き取ったが、今までだったら気にならなかった成長の遅さが気に障った。
彼女の兄姉が優秀であればあるほど、なんでこんな出来損ないを育てないといけないのかという想いが生まれてきた。
そして、それは態度にも出ていた……。
「馬鹿なのか」
「馬鹿ですね」
周りの環境が酷過ぎる。それであんなに自信なさそうなのかと納得してしまった。
「元聖女と元聖人の間にこんなに多くの聖なる者が生まれるなら試してみてもいい。という考えもあって、聖人の数が少なかったので余りを押し付けた気分なんでしょう」
「余りを押し付けて、こちらの恩は十分に売れる。――やな考えだ」
何よりも余り扱いとは、人を何だと思っているのだろうか。
「白い結婚でも可。白くない結婚でアクア嬢はどうなるか。それもかの国からすれば実験の一環なんでしょう」
元聖女と元聖人の産んだ子供は聖なる者だった。では、次の世代ではどうなるのか。期待していない聖女なら試す価値があるだろう。
ついでに恩も売れる。一石二鳥だ。
そんな考えが読み取れる。
「不快だが、それに文句を言うには我が国は立場が弱いのも事実だな」
歯痒いが。
「ならば、殿下はアクア嬢を大切にしなされ。――どちらの選択でも構いません」
「気軽に許すのか」
「関係ありませんね。我が国には聖女はいませんし、聖女がいない時期の方が多い事実があります。それに政略結婚の相手なんですから」
手を出せない相手を送ってくるのが問題でしょう。
「私の事情……聞きましたか……」
翌日不安げに見上げてくるアクア嬢が居た。
「私は、出来損ないの聖女です。価値がないからせめて外交で役に立てと送られました」
「……………」
「抗議をすれば私ではなくきちんと王族の……王女さまが……」
「――バカげているよね。君の国」
身体を縮込ませて、自分を卑下する。
「聖女であろうとなかろうと国同士の友好のための婚姻だ。そんな国の代表であるアクア嬢にそんな自分を卑下するような発言を繰り返し聞かせるのは、自分の国を格下に陥れている事実を知らないのか」
「あっ……」
「そんな扱いをする国ならいっそ切り捨ててしまうつもりの気分でいたらどう?」
その方が気が楽でしょう。
「……考えたことなかったです」
「思いつかないように洗脳していたからね」
「洗脳……ですか……」
「まあ、言い方悪いけど、教育は教える人の影響が出るものだから」
そっと頭を撫でる。
「ひゃっ!?」
「少なくとも俺はアクア嬢と結婚するのなら仲良くなりたいし、それなら互いの良さを教え合いたいから」
自分を否定ばかりされたら困るなと告げると。
「……鋭意努力します」
「そこで鋭意という言葉が出てくる時点で君はすごいよ」
と褒める。
その後他愛のない話をして、解散になったが。
「セバスチャン」
「はい」
「アクア嬢にはあなたの産まれた国が間違った教育をしていると、洗脳していると伝えたけど」
「はい」
「その理屈でいくと俺のしていることの方が洗脳だと思うんだ」
「……………それを決めるのはアクア嬢ではないかと」
セバスチャンの声は優しい。
「一つの情報しかもらえなかったアクア嬢は殿下の言葉で別の思考が生まれました。――その時点で彼女は選ぶというものを知りました」
「選ぶ……?」
「はい。――選択肢。一つしかない情報を鵜呑みにするわけではなく、自分で決めて、選ぶ。彼女はその権利を手に入れたんですよ」
セバスチャンの言葉に驚かされる。そんな考えはなかった。
「もちろん。殿下が私の言葉を鵜呑みにするか。自分がしたことは洗脳ではないかと迷うのも選択の一つです。――迷えばいい。迷うことは誰しも与えられた権利だから」
諭すような口調。
「……お前にのせられるか」
「おや、嬉しいことを」
「ならば、大事にしないと。アクア嬢の選択がどのようになっても後悔はさせたくないから」
決意をすると、彼女に必要なものは何かと彼女付きの侍女たちに尋ねる。
侍女達は見聞を広げることが出来ないかと。本では学べないことを見ることが必要だと進言してくれたのでそれから公務などでスケジュールに余裕がありそうならばとアクア嬢に同行を依頼して、連れまわした。
まず聖女が必須と言われている魔物やら外敵を防ぐ結界を魔石に力を込めて、聖女や聖人以外でも使えるようにしてある道具を見学してもらい。
聖女の治癒能力に完全に頼らなくても大丈夫なように医療院や薬草院を見学。
「医療や薬草では限界はあるので完全に聖女や聖人の力が必要なこともありますけどね」
リハビリ現場の見学もする。
「母国と違う……」
「何が違いますか?」
「………母国では聖なる者ありきで、ここまで治療に関わる人はいません」
薬草の知識だけでも桁違いだと呆然と呟く。
「これらの知識はかの大国の技術を取り入れていますから。――あの国は聖女も聖人も居ませんし」
最近聞いた噂に王族が婚約破棄したご令嬢が夫婦神の加護を得て聖女になったから欲したとか。
ちなみに聖女、聖人が一番多いのは夫婦神の所だが、あそこはあそこで医療はしっかりしている。治療が困難なところに派遣しているという流れらしい。
「おひめさま。おうじさまとけっこんおめでとう」
そんな中。医療院で治療を受けていた子供が笑顔で声を掛けてくる。
額を見ても聖女だと知らない子供は見学に来ているのは王子の婚約者だというだけでそんな挨拶をしたのだ。
「あの、私はお姫さまでは」
「おめでとう」
「おめでとうございます」
次々と掛けられる優しい歓迎している声。
それに戸惑っているが、やがて、嬉しそうに子どもたちに視線を合わせて、
「ありがとう」
とお礼を述べる。
「私……井の中の蛙だったみたいですね」
帰りの馬車の中でアクア嬢が記憶を何度も反芻するように窓の外ではなく、何かを見つめて告げる。
聖女ではなく、王族に嫁ぐ令嬢として歓迎をされる。その状況に戸惑い、それ以上に嬉しかったのだろう。
「言ったでしょう。聖女ではなく、国同士の懸け橋になってくれるアクア嬢を歓迎していると」
「そうですね……」
「もちろん」
そっと手を取る。
「あっ……」
「俺も歓迎していますよ」
そういえば、言い忘れていたと今更気付いて告げるとアクア嬢は顔を赤らめる。
この顔を見ると嫌がられていないなと安堵しつつ、
「この国で分からないことがあったらいくらでも聞いてください。何が分からないのか分からないということでも構いません」
「分からないことが分からない?」
「聞きたいことがあってもそれを上手く言葉に出来ないこともありますから」
こちらも聞きたいことがあっても上手く言葉に出来ないことも多い。
もやもや感はあるが。
そんなことも言い合える仲になりたいし、そこから妥協点と新しい考えも生まれる。そんな関係になりたいと伝えると、
「私は、この国に来て嬉しいことばかりで、嬉しすぎて壊れそうです………」
はにかみながら笑うのを見て、
「可愛いな」
とつい本音が漏れてしまう。
「か、かわいっ、て……」
ますます顔を赤らめているアクア嬢は本当にかわいい。
「うん。可愛いよ」
「で、でも。私は姉たちよりも劣っているって……」
「それはあの国と考えの違いだから」
劣っているなんてとんでもない。
「俺にとっては君は素敵な婚約者だよ」
俺の婚約者になってくれて嬉しい。
まぎれもない本音。
「あ、ありがとうございます……。嬉しいです」
お礼を言ってくる様に本当にかわいいなと思い、見る目がない彼女の母国に手放してくれてありがとうと感謝するのであった。
そんな感じで婚約して、結婚まで行ったのだが。
「たっ、大変ですっ!!」
初夜も無事に済ませたはずなのにアクアの額にある聖女の証は消えておらず……いや、消えるどころかますます鮮やかに咲き誇り、アクアの力が倍増したのだとか。
そう。彼女の姉たち以上の力になったとか。
最初は白い結婚だと思われていたが、熱々で仲が良い関係なのであっという間に子どもも出来たのにいまだ聖女のまま。
その結果にアクアの母国はアクアの兄姉でも同じ結果が出ると結婚をさせたのだが、結婚して純潔じゃなくなった途端力が消えたとか。
そんな結果が出て今まで聖なる者の力頼みだった国があっという間に弱体化したそうだ。
(アクアを冷遇した結果だろう)
ざまぁ見ろ。
華月神
「あの夫婦は神の力を無くしたいと思っていたから願いを叶えただけよ。でも、もともと強かったから子供に受け継がれたのよ。それに対しては悪かったと反省しているわ。アクアちゃんは旦那さんの役に立ちたいという思いが強くてね……」




