家族になるまで(シンディ)
AI使用。文内の言い回しをチャッピーにいい感じに変換してもらったりしています。
世間というものは、都合のいい物語を好む。
「優しかったお父さまが亡くなった途端、性悪なお義母さまとお義姉さまたちにいびり倒される、哀れで可哀想な女の子」
私たち家族の表面だけしか知らない人が噂話を作るなら、きっとそんな風になるだろう。
けれど、現実はいつだって物語よりずっと複雑で、ずっと不器用な人間たちの営みである。
私、シンディが生まれつき極度の人見知りだったことは、このお話のすべての前提かもしれない。他人の視線が怖くて、初対面の人の前では声が喉に張り付いて出てこなくなってしまう。幼いころの私は、いつもお父さまの後ろに隠れて、俯いてばかりいる子どもだった。
そんな私が十歳の時、お母さまが流行り病で死んでしまった。
ぽっかりと空いた心の穴を抱えたまま過ごしていた一年後、お父さまが急に新しい家族を家に連れてきた。
「今日からお前の母親になる、レメインだ。」「よろしくね、シンディ」
初めて会ったお義母さまは、息をのむほど美しい人だった。元侯爵夫人とのことだったが、頭から指の先まで完璧な淑女のたたずまいをしている。二人のお義姉さま、リズとステイシーもまた、華やかな王都の中心部の空気をまとった、非の打ち所のない美少女たちだった。
人見知りの私は、その眩しさに完全に気圧されてしまった。うまく挨拶もできず、ただお父さまの背中に隠れて両手を握りしめて震えることしかできなかった。
―― お母さまが亡くなって、まだ一年しか経っていないのに……
どうして、もう再婚するの?
幼い私の胸に、黒い感情が湧き上がった。
当時、王都の一部で、ある噂が囁かれていた。男爵位の文官にすぎないお父さまと、元侯爵夫人のお義母さま。二人の再婚の早さに、「母の生前から不倫関係にあったのではないか」というものだ。
学校でその噂を耳にしてしまった私は、家族に完全に心を閉ざした。お義母さまたちが話しかけてきても、小さな声で一言二言しか返さず、すぐに自室に閉じこもる日々。当然仲良くなれるわけもなく、私たちの間には、決して埋まらない深い溝があった。
その溝が埋まったのは、私が十三歳になったある日のことだ。
夜中、喉が渇いて一階の台所へと向かった私は、偶然、お父さまとお義母さまが話し込んでいる声を耳にした。
「……セドリック。まだシンディは私たちに気後れしてしまうみたい。やっぱり再婚は早かったかしら。ごめんなさい。」
「そんなことはないよ、レメイン。あの子はただ、極端に内気なだけなんだ。いつかきっと分かってくれるよ。」
漏れ聞こえてくる二人の会話から、私はお父さまとお義母さまの過去を知ることになった。
お父さまとお義母さまは、かつて通っていた貴族学園の同級生で、二人は愛し合っていた。しかし、当時のお義母さまは国内でも有力な侯爵家の令嬢。一方、お父さまはしがない子爵家の次男で、卒業したら平民となる予定であった。あまりの身分差ゆえにお義母さまのご家族に交際すら認めてもらえず、親の決めた別の人と婚約し、結婚せざるを得なかったようだ。お父さまはその後、王都の外れで働く文官となり、上司に勧められたお見合いでお母さまと出会い結婚した。二人とも結婚後はそれぞれの伴侶と仲良く暮らしていたという。
そして三年前、王国中を襲った流行り病。それによって、お母さまとお義母さまの前の旦那さまが亡くなった。
お義母さまは前の旦那さまの弟に爵位を譲って、実家のある王都へと戻ってきた。悲しみに暮れる集団葬儀の場で、お父さまとお義母さまは十数年ぶりの再会を果たしたのだという。
「お互いに伴侶を亡くし、残された子供たちを抱えて途方に暮れていた。そんな時、神さまがもう一度、私たちを引き合わせてくれたんだと思った」お父さまの優しい声が響く。
「私は一代貴族で、かつて侯爵令嬢だった君をこんな小さな家に迎えるのは心苦しかったが……」
「何を言うのセドリック。あなたと添い遂げられただけで、これ以上の幸福はありませんわ」
聞き耳を立てていた私は、胸が締め付けられるような衝撃を覚えた。
お母さまも私も、裏切られてはなかった。お父さまたちは運命に翻弄され、大切な人を失った痛みを分かち合いながら、ようやく静かな幸せを手に入れただけだったのだ。
疑いは完全に晴れた。けれど、だからといって、築かれた数年間の心の壁がいきなり崩れるわけではない。スタートでつまづいてしまった私は、どう距離を縮めていいか分からず、「悪くはないけれど、どこか余所余所しい」関係のまま、月日を重ねていくことになった。
私たちの関係が決定的に変わったのは、それからさらに一年後、十四歳の冬のことだった。
お父さまは前年から、王城内に異動となっていた。そのころから寝る間もなく働いていたお父さまが、職務中に突然倒れ、そのまま帰らぬ人となったのだ。
悲しみは突然やってきて、容赦なく私たちを現実の泥沼へと引きずり込んだ。
葬儀が終わり、残された私たちが直面したのは、あまりにも過酷な家の財政状況だった。
「これだけ……? 我が家の総資産は、本当にこれっぽっちなの、お母さま?」
十八歳になるリズお義姉さまが、机の上に広げられた資産表を見て、呆然と呟いた。
お義母さまやお義姉さまたちは生まれも育ちも侯爵家で、仕立ての良いドレスを着て上質な香水を使うことや、毎日豪勢な食事を口にすることは、「贅沢」ではなく「当然の生活」だった。お金の心配など、きっと生まれてから一度もしたことがなかったのだろう。
今までお父さまは、そんな彼女たちに一度も「節制してくれ」とは言わなかった。
突然変わった暮らしぶりに驚いて心配する私に、
「お義母さまやお義姉さまは侯爵令嬢だったから、今までと同じように気兼ねなく暮らしてほしいんだ。その分、私が人一倍働けばいいからね。」
そう言って、一人で無理な働きを続け、すべてを抱え込んで死んでしまったのだ。家計はとっくに火の車で、残されたお金では今年の冬を乗り切るだけで精一杯なくらいだった。
さらに追い打ちをかけるように、お父さまの一代貴族としての爵位は国に返上となり、私たちは一瞬にして平民の籍に落とされることになった。
途方に暮れる私たちを救ったのは、お義母さまの父、お義祖父さまだった。すでに爵位は息子に譲り、王都から離れた小さな領地で老後を過ごしていた。お義母さまはお父さまとの結婚で実家から絶縁されていたはずだが、見捨てられなかったという。
「レメイン、このフロストフェルドの管理を任せる代わりに、この土地に付随する子爵位をお前に与えよう。少しは生活の足しになるだろう」
こうして私たちは、平民にはならずにかろうじて貴族のままでいられることとなった。しかし、王都の住み慣れた屋敷を追われ、お義姉さまたちと私は学園の寮へ、お義母さまは北方の小さな領地へと移り住むことになった。
その冬の厳しさと、そこからのお母様たちの変貌を、私は一生忘れられない。
春になったら、リズお姉様は学園を卒業して、王都の子爵家の嫡男と結婚するはずだった。しかし、お父様が亡くなったことでその婚約は破談となってしまった。いつもとても仲良しに見えていたので、きっとこのまま結婚するだろうと思っていた私はとても驚いた。リズお姉様は、落ち込んでいたけれどすぐに切り替え、お父様の友人の伝手で、王城の侍女としての職を勝ち取ってきた。
「シンディ、私、明日から王城へ行くから」
就職の前夜、リズお姉様は私の部屋にやってきて、大きな革のトランクを開けた。中には、お姉様が大切にしていた、学園時代の美しいドレスやパールの髪飾りなどがぎっしりと詰まっていた。
「これ、全部あなたにあげるわ。私、お城で侍女として働くから、制服になっちゃうし。それに……私にはもう、こういう子供っぽいピンクは似合わなくなっちゃったし。あなたとてもかわいいんだから、こういうの着てみなさい。絶対似合うわ」
最近とてもお母様に似てきたリズお姉様は、そう言って私の頭を優しく撫でてくれた。お姉様の手は、すでに少し荒れていた。
ステイシーお姉様も、婚約が破談になった。
「私はリズ姉様みたいにお互い想い合っていたわけでもないし、しょうがないわ。卒業したらどうしましょう。教養科目は得意じゃないし、残り一年間、死に物狂いで勉強して、王城の文官試験を受けてみようかしら。受かれば安定したお給料がもらえるもの」
ステイシーお姉様は有言実行で教科書にかじりつき、宣言通り、翌春には最難関の文官試験を突破して、王城の文官用の寮へと引っ越していった。
そして、領地に残ったお母様。
その美しさや立ち居振る舞いは出会ったころから全く変わらないが、領地に来てからはお父様からもらった結婚指輪以外、アクセサリーは一つも身に着けず、いつもシンプルな夫人ドレスで過ごしていた。お母様は実家から受け継いだ形見の宝石をすべて売ってしまっていた。それをお姉様たちと私の生活費や学費へと充ててくれていたのだ。
お母様は国からのわずかな恩給で、子爵領の開墾をしていた。かつて白く滑らかだったお母様の手は、土と泥の汚れが染みついてしまっていた。
「セドリックが命をかけて守ろうとした家族ですもの、今度は私が守る番よ。この領地は、ずっと昔から土地の温度が高いの。もし温泉の源泉を見つけることができれば、ここは素晴らしい保養地になるわ。」
日差しの強い夏の日も凍えるような冬の日も、お母様は畑の世話の合間に、領地内の土を掘り返しに行っているようだった。長期休みの時はお母様のいる領地に帰って、私も手伝った。
私が領地に帰る時は、お姉様たちもできるだけ休暇を合わせて帰ってきてくれる。一緒にとる食事は以前とは全く異なり、野菜のスープと、少しのお肉、そして固い黒パンが常だった。お母様もお姉様たちも、いつも一番大きなお肉を、私の皿にのせてくれた。
「私たちはお腹がいっぱいだから、シンディ、あなたが食べなさい」
「そうよ、シンディはまだ成長期なんだから。私たちは王城で美味しいものを配給されているから大丈夫よ」
嘘だ。お姉様たちの顔は少しずつ痩せていたし、お母様の目元には濃い隈があった。
お母様たちは、私を「お父様が遺した大切な宝物」として、必死に守ろうとしてくれていた。
血の繋がりなど関係ない。お母様たちは、私の本物の家族だ。
―― 私だって、家族の一員だ。ただ守られているだけの子供じゃない……!
私の胸の奥で、小さな炎が灯った。
人見知りで、何もできなかった私。けれど、私にもできることがあるはずだ。
考えた末、今の私にできることは学園できちんと学び、ステイシーお姉様たちのように「稼げるいい就職先」を見つけること。そのために、私も必死に勉強しよう。そう強く、心に誓った。
翌年、私はお母様たちが必死に工面してくれた学費で、王立学園の高等部へと進学した。
目標はただ一つ。成績上位者のみが推薦される、高収入の国家公務員、あるいは大手商会の幹部候補生の資格を得ること。
しかし、私の前に立ちはだかったのは、勉強よりも遥かに厄介な「現実」だった。
自分で言うのもなんだが、私は昔から容姿が「非常に目立つ」タイプだった。領地の開墾で多少日に焼けてはいるが、死んだお母様に似た整った顔立ち、輝くプラチナブロンドの髪に、吸い込まれそうなほど澄んだ紫色の瞳。淑女の見本と呼ばれるお姉様たちとはちょっと異なる、小柄で守ってあげたくなるような雰囲気を醸し出していると言われたことがある。
その「可愛さ」が、没落貴族の娘という脆い立場と組み合わさった時、最悪の化学反応を起こした。
「そこの君。レインフォード子爵令嬢だろう? 今日も熱心に本を読んでいるんだね。僕とお茶でも飲まないかい?」
学園の図書室で、必死に経済学の論文を読み込んでいた私の前に、高価な刺繍の施された上着を着た少年が立ちはだかる。この国の第2王子の側近であり、有力侯爵家の嫡男だ。彼にはすでに、他国の公女という立派な婚約者がいるはずだった。
「あの……私、次の時間の予習がありますので、失礼します……」
人見知りの悲しさで、声が震えてしまう。俯いて、何とかその場を立ち去ろうとするが、彼は面白がって私の行く手を遮る。
「そんなに怯えなくていいじゃないか。僕が君の後見人になってあげてもいいんだよ? 生活が苦しいんだろう?」
そんな風に、王族や高位貴族の男子生徒たちが、代わる代わる私に声をかけてきたり、ちょっかいを出してきたりした。彼らにとって私は、ちょっとからかって遊ぶのに丁度いい、「かわいそうできれいなおもちゃ」に過ぎなかったのだろう。
私は彼らが嫌で嫌でたまらなかった。話しかけられるたびに心臓がバクバクと脈打ち、吐き気がした。けれど、相手は国でもトップレベルの大貴族の子息たちだ。後ろ盾のない貧乏子爵家の私が「不快ですので失礼します」と毅然と言い返せるはずもなかった。ただ、言われるがままに、涙を堪えて俯くしかなかった。
そして、当然のように、災厄は別の方向からもやってきた。
「調子に乗るのも大概にしなさいよ、この泥棒猫」
ある日の放課後、私は校舎の裏に呼び出された。待ち受けていたのは、私に話しかけてきた男子生徒たちの婚約者のご令嬢たちだった。彼女たちは冷徹な目で私を見下ろし、容赦のない言葉の暴力を浴びせてきた。
「殿方の気を引いて、パトロンにでもなってもらおうって魂胆かしら? 没落貴族の下品な娘が」
「教科書を広げて、健気な苦学生のフリをしているのが余計に鼻につくのよね」
彼女たちの嫌がらせは、日を追うごとにエスカレートした。
ロッカーに泥水を入れられる。教科書を破られる。すれ違いざまにわざと足を引っかけられる。
さらに辛かったのは、周囲の反応だった。
それまで普通に話していた低位貴族の友人たちや、クラスメイトたちが、目に見えて私から離れていった。
「ごめんね、シンディ。あなたと関わると、高位貴族の令嬢たちに目を付けられちゃうから……」
「触らぬ神に祟りなし、よね。巻き込まれたくないの」
誰も、私を助けてはくれなかった。
私は、完全に孤立した。
それでも、私は折れなかった。ここで学園を辞めてしまえば、お母様の苦労も、お姉様たちの仕送りも、すべてが無駄になってしまう。
歯を食いしばり、インクで指を黒く染めながら勉強し続けた。嫌がらせで教科書が破られれば、一晩中かかって図書室の本を丸写しした。嫌がらせで教室を閉め出されれば、廊下の灯りで問題集を解いた。
その結果、中間、期末、すべての試験において、私は学年首位の座をキープし続けた。さらに、財務管理、上級法務、税務1級など、在籍中に取得できる高難度の資格を、片っ端からすべて取得していった。
けれど、そんな限界を超えた努力が、長く持つはずもなかった。
朝、鏡を見ると、私の顔は土気色に変色し、かつての輝きは失われていた。心も体も、とっくに限界を迎えていた。
王城の侍女として忙しく働くリズお姉様、夜遅くまで書類と格闘しているステイシーお姉様、そして領地で泥まみれで畑を耕し、温泉を探しているお母様。
家族はみんなバラバラで、それぞれが血を吐くような思いで生きている。それなのに、私はここで、何の意味もない貴族たちの恋愛ごっこの犠牲になり、一人で苦しんでいる。
寂しさと、辛さと、寝不足。
それが限界を超えたとき、私の心の中で、何かが弾けた。
―― なんで、私がこんな目に遭わなきゃいけないの?
悲しみは、ある瞬間から、猛烈な「怒り」へと変わっていった。
私は何も悪いことをしていない。ただ、家族のために勉強して、まっとうに生きようとしているだけだ。それを、暇を持て余した身分の高いバカどもが引っかき回し、その女たちが私をいじめる。
ふざけるな。何が王族だ。何が高位貴族だ。お前たちのその綺麗な服も、贅沢な食事も、我が家のような平民寸前の貴族や領民たちが血汗流して納めた税金で賄われているんじゃないのか。
私の心の中に、どす黒い怒りが溜まっていった。
その日は、激しい雨が降っていた。
放課後、私はまたしても、あの婚約者のご令嬢たちのグループに呼び出された。場所は、一等立派な講堂のサロン。そこには、彼女たちの婚約者である男子生徒たち――あの第2王子の側近たちも、退屈そうにソファに腰掛けていた。
「シンディ・レインフォード。あなたに最後の警告をいたします」
リーダー格の公爵令嬢が、扇子で私の胸元を指差した。
「あなたの存在自体が、この清らかな学園の調和を乱しているの。今回の試験でも、不正をして1位を取ったのでしょう? 大人しく罪を認め、退学届を出しなさい」
周囲の生徒たちが、クスクスと嘲笑を浮かべる。
いつもなら、ここで私は恐怖に震え、涙を浮かべて俯いていた。
けれど、この時の私は違った。一週間、ほとんど寝ずに最終試験の勉強をし、すべての資格をコンプリートした直後だった。体力的にも精神的にも、「お行儀よく頑なでいる」ための理性のリミッターが、完全にぶっ壊れていた。
―― ああ、もう、どうでもいいわ
すとん、と何かが腹に落ちる。
そうだ。私はもう、ここで取るべき資格はすべて取った。学ぶべきことはすべて学んだ。これ以上、この肥溜めのような場所に片足を突っ込んでいる必要なんて、どこにもない。
私はゆっくりと頭を上げた。
私の目が、あまりにも冷酷で、鋭い光を放っていたため、正面にいた公爵令嬢がビクリと肩を揺らした。
「……あのさぁ」
私の口から出たのは、これまで誰も聞いたことのない、低く、ドスの利いた声だった。
「え?」
「さっきから聞いてれば、どいつもこいつも、脳みそに泥でも詰まってるの? 不正? 証拠があるなら今すぐ出しなさいよ。出せないなら名誉毀損で王城裁判所に訴え起こすわよ。こっちは上級法務の資格、昨日最高得点で合格してるのよ。」
講堂が一瞬にして静まり返った。あの「人見知りで、いつもオドオドしていたシンディ」が、突然牙を剥いたのだ。
「シ、シンディ……君、何を……」
ソファから立ち上がろうとした侯爵家の嫡男を、私は鋭い眼光で射すくめた。
「だまって座ってて、この寄生虫! 人が図書室で必死に勉強してるときに、横からヘラヘラ話しかけてこないで! あなたのその貧相な語彙力でお茶に誘われるたび、こっちの集中力がどれだけ削がれたと思ってるの! 婚約者がいる身で他の女に色目使ってるんじゃないわよ、さかりのついた駄犬でもあるまいし!」
「な、ななな……何という無礼な!」
「無礼なのはあなたたちでしょ!!」
私は講堂の机を、思い切り手のひらで叩いた。凄まじい破裂音が響き渡る。
「こっちは! 明日のパン代のために、家族全員が死に物狂いで働いてんのよ! あなたたちみたいに、親の七光りでふんぞり返って、色恋沙汰にいそしむ暇なんか一秒もないの! あなたたちのそのくだらない嫉妬と嫌がらせのせいで、私の貴重な勉強時間が!どれだけ!奪われたか!金に!変えて!弁償しろ!」
私は懐から、ここに来る前に書き上げたばかりの「自主退学届」を引っ張り出し、公爵令嬢の顔面に叩きつけた。
「こんな最低最悪の肥溜め学園、こっちから辞めてやるわ! もう必要な資格は全部取ったから、ここにいる意味はないしね! あなたたち、一生その狭い世界で、お互いの足を引っ張り合って腐っていけばいいわ! 二度と私の前に顔を見せないで!!」
言い切ると、私は唖然とする一同を置き去りにして、講堂の扉を文字通り蹴り開けて飛び出した。
雨の中、学園の門をくぐるとき、私の胸はスカッとするような解放感で満ち溢れていた。
―― ざまあみろ! 私は自由だ!
これからはあの領地で、私の力を全部、家族のために使うんだ!
私が学園を大爆発して退学したニュースは、瞬く間に学園中を駆け巡った。
「学年主席、在籍中に取れるすべての資格を取得した超優秀な特待生が、高位貴族たちの度重なる陰湿ないじめとセクハラによって、精神的に追い詰められ、卒業間際に学園を去った」
この事実は、学園の最高責任者である学長や、王城の監査部門を大いに震え上がらせた。
何しろ、私が言い残した「名誉毀損で訴える」という言葉は本気だったし、私が残した嫌がらせの記録(いつ、誰に、何をされたかの詳細な日記と、壊された物品の証拠品)が、ステイシーお姉様の手によって直接、王城の法務部に提出されたからだ。
それも筆頭侯爵家であるお母様の実家の後ろ盾付きで。
お母様は私の話を聞いて祖父様、伯父様に連絡を取り、頭を下げお願いしてくださった。
最終的に、学園側および加害者の実家は、事件を公的に残さないための和解金として、我がレインフォード家に天文学的な額の金を支払うことで決着をつけた。文字通り金で解決したのだ。
その大金を抱えて、私は北方の領地へと帰還した。
「シンディ! よく帰ってきたわね!」
領地の古い屋敷で、お母様は私を力いっぱい抱きしめてくれた。私の退学を聞いて、彼女は一言も私を責めなかった。それどころか、「そんな辛い場所に、今まで一人でいさせてごめんなさいね」と、涙を流してくれた。
そして、驚いたことに、私の帰還から数日後、王都からリズお姉様とステイシーお姉様も、それぞれの職場に「退職届」を叩きつけて領地へと戻ってきた。
「シンディが学園を辞めて領地に戻るっていうのに、王城で呑気に働いていられるわけないじゃない!没落貴族の令嬢ってさんざん仕事押し付けられてきたんだもの、未練なんてこれっぽっちもないわ!」
リズお姉様が笑う。しかも、彼女は一人ではなかった。後ろには、彼女が王城での勤務中に出会い、恋に落ちたという、誠実そうな元同僚の青年(実は王城の優秀な料理人だった)が、照れくさそうに立っていた。二人は領地へ戻ると同時に、ささやかな結婚式を挙げた。
ステイシーお姉様もまた、王城の文官として商取引の監査をしていた際に深く関わりのあった、大手商会の次男坊を連れて帰ってきた。
「彼、王都の古い商売のやり方に飽き飽きしてて。私と彼の商売センスがあれば、この領地で新しいビジネスができると思って、引き抜いてきちゃった!」
こうして、家族が、領地に集結した。
しかも、今回は強力なパートナーも増え、さらに手元には加害者貴族から毟り取った莫大な軍資金がある。
何よりの奇跡は、私が帰郷したまさにその月、裏山から、お母様がずっと探し続けていた、極上の源泉が湧き出たことだった。
「さあ、みんな! このお金を使って、この領地を王国一の温泉街にするわよ!」
お母様の号令のもと、私たちは一丸となって動いた。
私の学園での知識(財務、法務、税務、建築基礎)が、ここで爆発的に役に立った。温泉街の区画整理、湯を引き込むためのインフラ整備、王都の貴族たちを呼び込むためのマーケティング戦略――すべて私が設計図を描いた。役員や技師、領地のみんなと話す時は緊張したけど、傍に家族がいてくれたから臆することなく話すことができた。
二年後、かつての痩せた寒村は、見違えるような一大温泉リゾート地へと変貌を遂げた。
リズお姉様夫婦は、領地一の最高級旅館『灰かぶり亭』を建て、経営を任された。旦那様の作る極上の料理と、リズお姉様の元高位貴族ならではの、洗練されたおもてなしは、王都の目の肥えた貴族たちを大いに唸らせ、連日予約で満室となった。
ステイシーお姉様夫婦は、温泉街全体の流通と、特産品の販売・管理を統括する商会を設立した。温泉の効能を取り入れた化粧水や、領地の新鮮な食材を王都へと卸すルートを作り上げ、商会は莫大な利益を上げた。彼女たちは今や、王都の夫人たちに温泉の魅力を広めるため、最新の馬車で王都と領地を日々往復している。
お母様は、毎日楽しそうに、温泉街を訪れる領民や観光客たちに声をかけ、今や「温泉街の慈愛の母」として、誰からも愛される存在になっていた。
祖父様、伯父様ご一家もたまにお土産をたくさん抱えて訪れてきてくれる。
そして、つぶれる寸前だった家の財政は、お父様が生きていた頃の何百倍もの資産となり、完全な復興を遂げたのだ。
ある春の日。
温泉街が一望できる丘の上で、私はお母様とお姉様たちに囲まれていた。周辺の町村が併合を望み、子爵領はかつての4倍となり、陞爵され伯爵領となっていた。
「シンディ。あなたは本当に、この領地を救ってくれたわ」
お母様が、私の手を優しく包み込む。今の彼女の手は、温泉のおかげで、かつてのように白く、滑らかに戻っていた。
「あなたが必死に勉強してくれたから、私たちはこの場所で、もう一度前を向いて生きることができた。……でもね、シンディ。あなたは、自分のために、その力を存分に使ったかしら?」
「え?」
リズお姉様が、私の肩をポンと叩いた。
「そうよ、シンディ。せっかく、学園主席で難関資格をたくさん取ったんだから。どこに行っても、どんな仕事でも、なんでもやっていけるでしょう。この領地に、一生閉じこもっている必要なんてないのよ」
ステイシーお姉様も、悪戯っぽく微笑む。
「これからは、自分の好きなところへ行って、自分のために働いてみなさい。そして、王都のあのバカどもなんかより、ずーーっと素敵ないい男でも見つけて、ここに連れて帰ってきなさい!」
みんなの温かい目が、私を外の世界へと押し出そうとしてくれていた。
かつては恐怖でしかなかった外の世界。けれど、今の私には、血の滲むような努力で手に入れた知識と資格、そして何より、帰るべき最高の家族という後ろ盾がある。
「――うん! 私、ちょっと世界を見てくる!」
私は、トランクを手に旅に出た。
人見知りは相変わらずだったけれど、領地にいた時のように傍に家族がついていると思えば、堂々と胸を張ることができるようになっていた。
私は、隣国の経済都市へ渡り、そこでの貿易改革や、新しい関税システムの構築などを学んだ。
そして――旅に出てから三年目になる春。
「ただいま戻りました、お母様、お姉様!」
私は、新しく整備された領地の美しい駅舎に降り立った。
出迎えてくれた家族たちは、三年前よりもさらに美しく、そして裕福なオーラをまとって私を大歓迎してくれた。
「おかえり、シンディ! 元気そうね……、あら?」
リズお姉様が、私の後ろに立つ人物を見て、動きを止めた。
私のすぐ後ろには、仕立ての良い、けれど旅慣れたマントを羽織った、信じられないほど端正な顔立ちの青年が立っていた。その瞳は、深い夜空のような藍色で、漂う気品は、王都のどんな大貴族をも遥かに凌駕していた。
「シンディ、その方は……? あなたの仕事の助手さんかしら?」
ステイシーお姉様が首を傾げる。
私は、彼の腕に自分の腕をそっと絡め、最高の笑顔で言った。
「ううん、私の婚約者。旅先の帝国で、新しい商業特区の立ち上げをしてた時に知り合ったの。私の提案書を見た彼が声をかけてくれて、その後猛アタックされて……あ、ちなみに彼、ゴルディア帝国の第2皇子のアルベルト様です。今回は、我が領の温泉ビジネスへの個人的な投資と、私のお婿さん候補として、ご挨拶にきてもらいました!」
「「「……え?」」」
お母様と、お姉様たちの声が綺麗にハモった。
「初めまして、フロストフェルド伯爵、そして姉上様方」
帝国の第2皇子であるアルベルトは、完璧な、美しい礼をしながら、私の家族に微笑みかけた。
「シンディの頭脳と、その芯の強さに、心を奪われました。帝国の皇位継承なんかより、私は彼女の隣で、フロストフェルド領の温泉街の発展を遂げる人生を選びたい。どうか、私をこのレインフォード家の一員に加えていただけないでしょうか?」
静まり返る駅舎。
次の瞬間、お姉様たちが「ちょっとシンディ、いい男を見つけてこいとは言ったけど、スケールが大きすぎるわよ」と、大笑いしながら私に抱きついてきた。
お母様も、呆れたように、けれど幸せそうに涙を拭っている。
私の物語には、魔法使いも、ガラスの靴も出てこない。
けれど、自分の力で歩み、最高の家族を得てともに掴み取ったこの幸せは、どんなおとぎ話のハッピーエンドよりも輝いている。
コロナ禍の時流行ってた?童話改変を自分で書いてみた、シンデレラ改変。
最重要アイテムのガラスの靴、準主役の魔法使いが出てこない時点でシンデレラと言っていいものか…と思ってチャッピーに相談したら、シンディが学園で爆発したところが、シンディをかわいそうに思った魔法使いが表れて魔法で学園爆発させる展開を提案されたので却下。なんでやチャッピーさん… 仕方ないので最後に言い訳入れて終わらせた。
あと白雪姫と長靴はいた猫の方も、時間があれば見直してあげたい。




