第7話 選択の代償
「好きにしろ。違反は、後で回収する」
その一言が、思ったより重く残った。
管理局の連中はそれ以上何も言わず、倒れていた冒険者を連れて去っていく。
周囲のざわめきも、ゆっくりと日常に戻っていった。
ただ、一つだけ残る。
“見られた”という感覚。
「……で?」
沈黙を破ったのはルナだった。
「本当にやるの? ルール無視して」
「やるって言った」
「軽いわね」
「軽くはないよ」
少しだけ肩をすくめる。
「ただ、必要なだけ」
ジンが息を吐く。
「必要、ね……」
ガルドはまだ管理局の連中が消えた方向を見ていた。
「……時間はない」
ぽつりと呟く。
「三日だ。登録を待ってる余裕はない」
「じゃあ決まりでいい?」
僕が確認すると、彼は頷いた。
「ああ」
短い返答。
でも、その中に迷いはなかった。
イーリスが小さく息を吐く。
「……本当にやるのね」
「嫌なら抜けるか?」
ガルドの言葉は冷たい。
でも試している。
「抜けないわよ」
即答だった。
「ここで逃げたら、もっと面倒になる」
ザックも舌打ちしながら言う。
「くそ……付き合うしかねえだろ」
リゼが静かに口を開いた。
「では、決定ですね」
その言葉で、完全に流れが固まる。
ルール違反を前提に動く。
普通なら避ける選択。
でも。
「じゃあ、まず一つ」
僕は軽く手を叩いた。
「今の状態で深層に行くと、どうなるか」
「死ぬな」
ジンが即答する。
「半分正解」
「半分?」
「死ぬ前に、崩れる」
全員が黙る。
その順番が重要だ。
「戦闘で負けるんじゃない」
「じゃあなんだ」
「噛み合わなくなる」
ザックが眉をひそめる。
「さっき直しただろ」
「直したのは“形”だけ」
「は?」
「中身はまだズレてる」
リゼが少しだけ頷いた。
「……価値観のズレ、ですか」
「そう」
いい言い方だ。
「ジンは前に出たい」
「悪いかよ」
「悪くない」
「ルナは自由に動きたい」
「当然でしょ」
「それも悪くない」
「ガルドは勝ちたい」
「当たり前だ」
「イーリスは効率を求める」
「当然よ」
全員、正しい。
だからズレる。
「……」
ジンが腕を組む。
「で、どうすんだ」
「優先順位を決める」
「またそれかよ」
「今度はもっと面倒」
少しだけ間を置く。
「状況ごとに変える」
「は?」
ルナが顔をしかめる。
「戦闘の中で?」
「うん」
「無理でしょ」
「できるよ」
短く言い切る。
「……どうやって」
リゼが聞く。
「合図」
「合図?」
「うん」
僕は指を一本立てる。
「最初はガルドが主導」
二本目。
「次にイーリス」
三本目。
「最後にザックとルナ」
「……」
順番を提示する。
「で、それを切り替える」
「誰が」
「僕」
沈黙。
ザックが顔をしかめる。
「つまり、お前が全部指示すんのか」
「全部じゃない。流れだけ」
「同じだろ」
「違うよ」
少しだけ視線を上げる。
「動くのはみんな」
「……」
ガルドがゆっくり口を開く。
「失敗したらどうなる」
「死ぬ」
即答。
空気が固まる。
「だから練習する」
「ここでか?」
「ここで」
ジンが笑った。
「いいねえ、命かかってる感じ」
「かかってるよ」
軽く言う。
ルナが小さく息を吐く。
「……ほんと、軽く言うわね」
「重く考えても変わらないから」
リゼが静かに頷く。
「では、始めましょう」
その一言で、動き出す。
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最初は、うまくいかなかった。
「違う、早い」
「はあ!?」
「今はガルド」
「分かってるよ!」
ガルドが苛立つ。
「イーリス、遅い」
「詠唱時間あるのよ!」
「短くできる」
「無理!」
「できる」
「……!」
言い合いになる。
当然だ。
今までのやり方を崩している。
「ザック、動きすぎ」
「うるせえな!」
「今は待つ」
「待てねえんだよ!」
止まる。
呼吸が乱れる。
「……くそ」
ジンが頭をかく。
「全然合わねえな」
「当たり前」
僕は一歩前に出る。
「今までやってないことだから」
全員がこちらを見る。
「一回、止める」
「逃げか?」
ザックが言う。
「違う」
僕は床を指差す。
「今、何が起きた?」
「……」
誰もすぐには答えない。
「ガルドが焦った」
「……」
「イーリスが詠唱に集中できなかった」
「……」
「ザックが勝手に動いた」
「……」
全部事実。
「で、それぞれ理由がある」
「……」
「ガルドは遅れるのが嫌」
「……ああ」
「イーリスは崩されるのが嫌」
「そうよ」
「ザックは止まるのが嫌」
「……」
「全部正しい」
だから。
「優先順位を決める」
さっきと同じ結論。
でも今度は、実感がある。
「……」
沈黙のあと。
ガルドが言う。
「……最初は俺だ」
「うん」
「俺が流れを作る」
「そう」
イーリスが続く。
「そのあと、私が繋ぐ」
「うん」
ザックが舌打ちする。
「……で、俺は待つ、か」
「一瞬だけ」
ルナが笑う。
「そのあと、私が持ってく」
「そう」
形ができる。
「……もう一回」
ガルドが言う。
今度は、違った。
動きが揃う。
完璧じゃない。
でも、さっきより明らかにいい。
止まる。
「……」
全員が息を整える。
「……できるな」
ガルドが呟く。
「できるよ」
僕も答える。
その時だった。
外から、再び音がした。
さっきより近い。
そして――
「おい!」
誰かが叫ぶ。
「管理局が来てるぞ!」
全員が振り返る。
さっきの連中とは違う。
人数が多い。
明らかに、こっちに向かっている。
「……」
ガルドが低く言う。
「早いな」
「記録するだけじゃなかったみたい」
僕は小さく息を吐いた。
想定より早い。
でも。
「どうする?」
ルナが笑う。
「逃げる?」
「逃げない」
ガルドが即答する。
「やるって言った」
いいね。
流れができてる。
「じゃあ」
僕は軽く言う。
「試すにはちょうどいい」
「は?」
「実戦」
扉の向こうで、足音が止まる。
ノックはない。
そのまま、開く。
――ぶつかる。
内側で整えたものと。
外から来るルールが。
ここから「内側の調整」だけじゃ済まなくなります。
整えたものが、外の圧力に耐えられるのか。
その最初の試しになります。
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次は、最初の衝突です。




