第6話 測定されないもの
人だかりの中心で、誰かが地面に叩きつけられた。
鈍い音。
ざわめきが一瞬止まる。
「抵抗するな。規定違反だ」
低く、よく通る声だった。
鎧の男――胸元に刻まれた紋章は、見覚えがある。
王都管理局。
冒険者のランクを測り、活動を管理する連中。
普段は書類と数字の向こう側にいるはずの存在。
それが、目の前で誰かを取り押さえている。
「……何やってんだ、あいつら」
ザックが小さく呟く。
倒れているのは、見たことのない男だった。
中層以上の装備。軽くはない。
でも今は、完全に押さえつけられている。
「規定違反って、何の?」
ルナが眉をひそめる。
答えは、すぐに来た。
「能力値の虚偽申告、および非登録支援行為」
別の管理局員が淡々と読み上げる。
その言葉で、周囲の空気が少しだけ変わった。
ざわめきが、警戒に変わる。
「……非登録支援?」
リゼが小さく繰り返す。
その言葉に、僕はわずかに引っかかった。
嫌な引っかかり方だ。
「何それ」
ジンが聞く。
イーリスが答えた。
「登録されていない支援行為……つまり、認可されてない形でパーティに関与すること。たぶん」
「そんなの、いくらでもあるだろ」
「本来はね」
イーリスの声は冷静だ。
「でも、深層に関わる任務は別。全部、記録と管理の対象になる」
「……」
ガルドが無言で管理局の連中を見る。
視線の意味は、分かる。
今回の依頼。
深層。
そして――
僕。
「……なあ、レイン」
ザックが低く言う。
「これ、お前関係あるか?」
「あるかもね」
正直に答える。
その瞬間、全員の視線が集まった。
「は?」
「どういう意味だよ」
ジンが詰め寄る。
でも、答える前に。
「そこの君」
声がかかった。
管理局の男が、こちらを見ている。
正確には、僕を。
「……」
少しだけ、空気が重くなる。
見られている。
測られているような視線。
「所属とランクを」
「今は無所属」
「ランクは」
「低いよ」
「具体的に」
「測れないって言われた」
一瞬の沈黙。
管理局の男の目が、わずかに細くなる。
「……名前は」
「レイン」
「……」
何かを確認するように、手元の書類に目を落とす。
その仕草だけで、分かる。
引っかかっている。
「何だよ、こいつ」
ザックが小さく舌打ちする。
「レイン、知り合いか?」
「知らない」
ただ、こういう目は知っている。
分からないものを見る目。
そして、排除するかどうかを判断する目。
「君」
再び声。
「現在、どのパーティにも所属していないと言ったな」
「うん」
「ならば、今後の活動には登録が必要だ」
「そうだね」
「未登録のまま支援行為を行った場合、規定違反となる」
淡々とした説明。
でも、その意味は重い。
「つまり?」
ルナが口を挟む。
「こいつが俺たちに関わると、アウトってこと?」
「その可能性がある」
「はあ!?」
ジンが声を荒げる。
「ふざけんなよ。さっきまでそんな話なかっただろ」
「規定は以前から存在する。ただ、適用範囲が拡大された」
「……いつからだ」
ガルドが低く聞く。
「本日付」
即答。
タイミングが良すぎる。
いや、悪すぎるか。
「……なるほどな」
ガルドが小さく笑う。
乾いた笑いだ。
「深層の依頼と同時に、か」
「関係はない」
「あるだろ」
短い応酬。
でも、十分だった。
これは偶然じゃない。
「……レイン」
リゼが静かに言う。
「どうしますか」
さっきと同じ問い。
でも意味は違う。
今度は、外から制限がかかっている。
関わるだけで違反。
つまり――
「……面倒だな」
正直な感想が出る。
ザックが苛立つ。
「面倒で済ませんなよ」
「済ませてない」
少しだけ視線を上げる。
管理局の男と目が合う。
「確認したい」
「何だ」
「登録すればいい?」
「適切な手続きを踏めば可能だ」
「時間は」
「通常は数日」
「今は?」
「状況による」
曖昧な答え。
つまり、すぐには通らない。
深層の依頼は時間制限付き。
間に合わない。
「……つまり、今は関われないってことか」
ジンが言う。
「そうなる」
管理局の男が頷く。
ルナが舌打ちした。
「最悪じゃん」
「……」
ガルドが黙る。
選択肢を計算している。
でも、その前に。
「一つ、いい?」
僕は口を開く。
全員の視線が集まる。
「なんだ」
「さっきの人」
倒されている冒険者を指す。
「何したの」
「規定違反だと言ったはずだ」
「具体的に」
少しだけ、間。
「未登録の支援者を連れていた」
やっぱりか。
「それで?」
「連携効率が基準値を超過した」
「……」
全員が黙る。
今の一言で、意味が繋がる。
効率が高すぎると、違反。
測定基準から外れるから。
「……それ、変じゃない?」
ルナがぽつりと言う。
「強い方がいいんじゃないの」
「基準外は管理できない」
即答。
正論。
でも――
「じゃあ、弱い方がいいの?」
リゼが静かに問う。
「そうは言っていない」
「でも、そう聞こえます」
空気が張る。
管理局の男は表情を変えない。
「管理できる範囲が重要だ」
「……」
その言葉で、確信する。
これは。
“評価”の問題じゃない。
“制御”の問題だ。
「レイン」
ガルドが低く言う。
「どうする」
今度は、完全に委ねる声だった。
前とは違う。
決める側になっている。
少しだけ、考える。
選択肢は三つ。
やめる。
待つ。
無視する。
そして。
「無視する」
「は?」
全員が同時に声を上げる。
「どういう意味だ」
「そのまま」
簡単に言う。
「登録しないでやる」
「バカかお前!」
ザックが叫ぶ。
「捕まるぞ!」
「かもね」
「かもねじゃねえ!」
でも。
「やらないと間に合わない」
静かに言う。
ガルドが黙る。
理解している顔だ。
「……リスクは」
「ある」
「成功率は」
「上がる」
短い会話。
十分だった。
「……」
ガルドは一度目を閉じて。
開く。
「……やる」
決断は早い。
イーリスが息を呑む。
「本気で言ってるの?」
「言ってる」
ザックが舌打ちする。
「くそ……」
でも、止めない。
ルナが笑った。
「面白くなってきたじゃん」
ジンも肩を回す。
「ルール破りか。嫌いじゃねえ」
リゼは何も言わない。
ただ、僕を見る。
その目は――
少しだけ、心配していた。
「……」
管理局の男がこちらを見ている。
表情は変わらない。
でも、その目は。
さっきより、はっきりしている。
認識された目だ。
「……いいだろう」
低く言う。
「好きにしろ」
「止めないの?」
「記録するだけだ」
淡々と。
冷たい。
「違反は、後で回収する」
その一言で。
未来が一つ、確定した。
――これは、ただの調整じゃない。
ルールごと、ぶつかる話になる。
ルールの外で動くと、何が起きるのか。
少しずつ世界の“見えない制限”が見えてきました。
ここから先は、ただの成長じゃなくて「選択」の話になります。
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次は、最初の衝突です。




