第5話 同時に動く歪み
「両方やる」と言ったあと、最初に動いたのはジンだった。
「で、具体的に何すんだよ」
腕を組んだまま、こちらを睨む。
でもさっきまでの拒絶はない。試す前提の顔だ。
「順番にやる」
「順番?」
「うん。まず、こっち」
僕はリゼたちの方を指す。
「壊れない形を作る」
「じゃあ、あっちは?」
ルナが顎でガルドたちを示す。
「壊れてる部分を直す」
「同時じゃねえじゃん」
「同時だよ」
言いながら、机の上にあったコップを三つ並べる。
「こっちが今の状態」
中央のコップを少し傾ける。
「どっちも傾いてる」
右と左のコップも同じように傾ける。
「で、どっちかだけ直すと――」
片方だけまっすぐにする。
すると、残った方が余計に歪んで見える。
「こうなる」
「……あー」
ルナが納得したように声を漏らす。
「片方だけ良くすると、もう片方のダメさが目立つってこと?」
「そう」
「だから両方やる?」
「そう」
ジンが頭をかいた。
「めんどくせえな」
「めんどくさいよ」
素直に頷く。
ガルドが口を開く。
「時間は?」
「三日」
「は?」
ザックが吹き出した。
「三日で何が変わるってんだよ」
「全部は無理」
「じゃあ何すんだ」
「最低限」
僕はコップを一つだけまっすぐに戻す。
「これだけで、戦い方は変わる」
「……」
ガルドは黙ったまま見ている。
計算している顔だ。
「まず、動きを揃える」
「揃える?」
「うん」
「今まで揃ってなかったみたいに言うな」
「揃ってなかった」
即答。
ザックが舌打ちする。
「言い切りやがったな」
「事実だから」
リゼが小さく息を吐いた。
少しだけ楽しそうだ。
「で、どう揃えるんですか」
「簡単」
僕はジンとルナを見る。
「さっきと同じ」
「……ああ」
ジンが頷く。
もう理解している。
「順番、決めるだけ」
「それだけでいいのかよ」
「それだけが足りてない」
ルナが小さく笑った。
「なんかムカつくけど、納得はするわ」
いい反応だ。
ガルドが一歩前に出る。
「で、俺たちは?」
「同じ」
「同じ?」
「役割は変えない」
「じゃあ何を変える」
「順番」
ガルドの眉がわずかに動く。
「……言ってみろ」
「最初、ガルドが前に出るのはそのまま」
「当然だ」
「でも、そのあと」
少しだけ間を置く。
「ザックはすぐに動かない」
「は?」
「一拍待つ」
「なんでだよ!」
「さっきのと同じ理由」
ザックは一瞬言葉に詰まる。
理解しかけている。
「ガルドが敵の意識を引く」
「……」
「そのあとで動いた方が通る」
イーリスが口を開いた。
「じゃあ私は?」
「その間に詠唱」
「……ああ」
彼女はすぐに理解した。
さすがに頭がいい。
「今までは、全員が同時に動いてた」
「そう」
「だからぶつかってた」
「そう」
静かな納得が広がる。
ザックが不満そうに言う。
「でもよ、それだと俺の動きが遅れるだろ」
「一瞬だけ」
「それで意味あんのか」
「ある」
短く答える。
「通るかどうかは、一拍で変わる」
「……」
ザックは黙った。
納得はしていない。
でも、否定できない。
「試す?」
僕は軽く言う。
ガルドが頷いた。
「やる」
場所はそのまま。
狭いけど、逆にいい。
制限がある方が分かりやすい。
「じゃあ一回だけ」
構え。
呼吸。
「今」
ガルドが踏み込む。
大きく、見せるように。
一瞬、間。
ザックが動く。
さっきより、遅い。
でも、その分、角度が通る。
イーリスの詠唱が、その隙間に入る。
三つの動きが、重ならない。
連続する。
――綺麗だ。
止まる。
「……」
全員が、同じ顔をしていた。
驚き。
「おい……」
ザックが自分の手を見る。
「なんだ今の」
「通ったでしょ」
「いや、通ったけどよ……」
言葉が続かない。
イーリスが静かに言う。
「……無駄がない」
ガルドは何も言わない。
ただ、もう一度動きを繰り返す。
同じ形。
同じ結果。
「……」
ゆっくりと息を吐く。
「……これを三日で仕上げるのか」
「うん」
「……できるのか」
「できる」
また即答。
沈黙。
そのあと、ガルドが小さく笑った。
「……面白い」
初めて見た顔だった。
戦いの時とも、普段とも違う。
何かを見つけた顔。
「やるぞ」
短く言う。
ザックが頷く。
イーリスも無言で杖を握り直す。
流れが、揃った。
その瞬間だった。
外で、何かが崩れる音がした。
重い音。
石か、木か。
「……なんだ?」
ジンが眉をひそめる。
リゼがすぐに動いた。
「外、見てきます」
「待って」
僕は止める。
音の方向。
距離。
それと――
「人の気配、多い」
「は?」
ルナが窓に近づく。
外を覗く。
「……何あれ」
その声は、少しだけ硬かった。
全員が動く。
外に出ると、通りの先に人だかりができていた。
いや、違う。
囲んでいる。
中心に何かある。
「おい、あれ……」
ザックが呟く。
見えた。
倒れている冒険者。
装備からして、中層以上に潜る連中だ。
その周りに、見慣れない紋章の連中が立っている。
鎧でも、冒険者でもない。
「……あれ、何の組織だ」
ジンが低く言う。
リゼが小さく答えた。
「……王都管理局」
「は?」
ザックが顔をしかめる。
「なんでこんなとこに」
管理局。
冒険者のランクや活動を管理する連中。
普段は表に出てこない。
それが、こんな裏通りに?
「……」
ガルドが目を細める。
「おい、レイン」
「なに」
「これ、偶然だと思うか」
少しだけ考える。
音の大きさ。
人数。
タイミング。
「思わない」
「だよな」
短い会話。
でも、十分だった。
流れが、また歪む。
今度は外から。
リゼが小さく呟いた。
「……何か、始まってます」
その言葉で、確信する。
これは、ただの立て直しじゃない。
もっと大きい何かが動いている。
次は、内側の調整ではなく「外からの圧力」が入ります。
少しずつ整い始めた流れに、別の力が混ざるとどうなるのか。
その歪みが、次で見えてきます。




