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追放された“無能支援役”、実はパーティ全体を最適化する最強の頭脳でした 〜気づかれなかった俺が抜けた途端、全部崩壊する〜  作者: 鷹宮ロイド


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第1話 役立たずの最終任務

本作は「追放もの」をベースにしつつ、

“強さ=個人の能力ではない”という視点で描いています。

テンプレ展開から少しだけ外れた話を楽しんでもらえれば嬉しいです。

 勝ったはずなのに、誰も笑っていなかった。

 前衛の剣士は肩で息をし、魔術師は杖を握る手を震わせ、斥候は壁にもたれて舌打ちをしている。

 そして彼らは、その理由をたぶん一つも分かっていなかった。


「……で、レイン。お前、今の戦闘で何かしたか?」


 そう言ったのは、パーティーリーダーのガルドだった。

 大剣を肩に担ぎ、いつものように“全部自分が片づけた”みたいな顔をしている。実際、最後の一撃は彼が持っていった。見栄えとしては完璧だ。


 僕は崩れかけた石柱の位置を見て、それから床に散った魔物の体液がどこまで滑るかをざっと確かめた。

 うん。やっぱり、あと半歩ずれていたら危なかった。


「床が滑りやすかったから、イーリスの詠唱位置を少し変えた」

「は?」


 赤毛の魔術師イーリスが眉を吊り上げる。

「勝手に私の立ち位置を動かしたの、あんた?」

「勝手にじゃない。一応、声はかけた」

「戦闘中の『右に三歩』を声かけって言うの!?」


 言われてみれば、少し雑だったかもしれない。

 でも、あのままだと彼女の火球は前衛の背中すれすれを抜けて、ガルドが避ける。その瞬間、死角から二匹目が来る。たぶん負傷者が出ていた。


 そう説明しようとして、やめた。


 説明したところで、たいてい伝わらない。

 伝わらないことを何度も言うのは、あまり好きじゃない。


 代わりに、僕は短く答えた。


「結果的には外してない」

「そういう話じゃねえんだよ」


 斥候のザックが苛立った声を上げた。彼は短剣を拭きながら、あからさまに不満を隠さない。

「お前さ、毎回そうだよな。戦えもしねえくせに、後ろからごちゃごちゃ口出ししてくる。正直、かなりやりづらいんだけど」


「やりづらい、か」

「なんだよ」

「いや。そう見えるんだなと思って」


 ザックはさらに顔をしかめた。

 こういう言い方は良くないと分かっている。分かっているけど、他に適切な言葉が見つからない時がある。


 この世界では、冒険者はだいたい分かりやすい役割で評価される。

 前で斬る者、魔法で焼く者、傷を癒やす者。

 目に見える成果を出せる者は、目に見える称賛をもらえる。


 その点、僕のやることは地味だ。

 立つ位置をずらす。順番を変える。言葉を一つ減らす。視線の向きを読んで、ぶつかる前に流れを変える。


 役割名で言えば支援職。

 もっと正確に言えば、たぶん、名前をつけるほどのものでもない。


 だから、こういう会話になる。


「今回は俺がいなくても勝てたんじゃないか?」


 自分で言うと、空気が少し冷えた。

 別に拗ねているわけじゃない。ただ確認しただけだ。


 けれど、ガルドは待っていたように頷いた。


「ああ。俺もそう思ってたところだ」


 ああ、そうか。


 胸の奥が少しだけ軽くなる。

 残念とか、悔しいとかより先に、終わるのか、という感覚が来た。


 僕たちは王都近郊で名の通った中堅パーティー《牙狼の旗》だ。

 迷宮の浅層から中層までを主戦場にし、最近は討伐依頼も増えていた。

 それなりに稼いで、それなりに知られている。


 けれど、強くなればなるほど、僕の居場所は薄くなっていった。


 戦いが激しくなるたびに、ガルドは派手に勝ちたがった。

 イーリスは大火力の魔法を通したがった。

 ザックは単独で成果を立てたがった。


 そのたびに、僕はその三人がぶつからない形を考えた。

 たいていは上手くいった。

 だからこそ、たぶん、誰も気づかなかった。


 上手くいっている時、人は仕組みを見ない。


「レイン」


 ガルドが低い声で言う。


「次の遠征を最後にしろ」

「最後?」

「言い方を選んでやったんだ。追放だよ」


 イーリスが露骨に視線を逸らし、ザックは鼻で笑った。

 誰も止めない。その時点で、もう決まっていたことなんだろう。


「今まで世話になった。だが、これ以上は足手まといを抱えていけねえ。高難度に行くなら、半端な支援役はいらない」

「半端、ね」


 思わず口の中で繰り返す。

 まあ、そう見えるなら、それでいい。


「今日の帰還報告が終わったら、清算して抜けろ。報酬は規定どおり分ける」

「ずいぶん丁寧だね」

「情けだ。感謝しろ」


 ザックが笑う。

「感謝しろ、だってさ」


 僕は彼らを順番に見た。

 疲労。苛立ち。焦燥。ほんの少しの後ろめたさ。

 それから、ガルドだけは別のものを持っていた。


 分からないものを見る目だ。


 怒りじゃない。

 軽蔑でもない。

 もっと、うまく扱えない道具に対する警戒に近い。


 ……珍しいな。


 今まで何度も同じ卓を囲んできたのに、そんな顔をするとは思わなかった。


「分かった」


 僕がそう言うと、三人ともわずかに拍子抜けした顔になった。


「もっと食い下がると思ったんだがな」とガルド。

「向いてないからね、そういうの」

「は。自覚はあったのかよ」

「うん。たぶん君たちが思ってるのとは別の意味で」


 ザックが舌打ちした。

 イーリスは最後までこっちを見なかった。


 迷宮を出る帰り道、隊列はいつもより妙に歪んだ。

 いや、妙に、じゃない。実際に歪んでいる。


 先頭のガルドが少し速い。

 ザックがその半歩後ろに出たがる。

 そのせいでイーリスの視界が塞がれ、詠唱のための間合いが取りにくくなる。

 もし今ここで奇襲が来れば、初動が遅れる。


 言おうとして、やめた。


 もう僕の役目じゃない。


 その時、通路の奥で石が跳ねた。


「敵襲!」とザックが叫ぶより先に、影狼が二匹、横穴から飛び出してきた。


 ガルドが大剣を振り上げる。速い。けれど、通路幅に対して角度が大きい。

 刃が壁を削り、火花が散る。その一拍の遅れを、二匹目が抜けた。


「イーリス、左――」


 反射で言いかけて、止めた。

 今の僕に指示する権利はない。というより、さっき自分で“もう言わない”と決めたばかりだ。


 その一瞬で、イーリスの火球がザックの肩をかすめた。

「っ、熱っ!?」

「避けなさいよ!」

「お前が遅いんだろ!」


 狼は散らず、二手に分かれる。

 ガルドが追う。ザックが逆を追う。完全に分断だ。


 僕は短く息を吐いた。


 だめだ。見ていられない。


 床に転がっていた投石大の骨片を蹴り上げる。

 一匹目の足元へ。狼がそちらに視線を取られた瞬間、ガルドの踏み込みが半拍だけ早くなる。


「ガルド、右足」

「は?」


 反射的に重心を直したガルドの大剣が、今度は壁に触れずに狼の首を刎ねた。


 同時に僕はイーリスの外套を掴んで、半歩だけ後ろへ引く。

 次の瞬間、ザックが弾いた狼の爪が、さっきまで彼女の喉があった空間を薙いだ。


 イーリスが息を呑む。

「な――」

「火球じゃない。閃光」


 彼女は条件反射で杖を振った。

 短く鋭い閃光が走り、狼が目を焼かれて止まる。

 そこへザックの短剣が入った。


 静寂。


 今度こそ、戦闘は終わった。


「……」


 三人がこちらを見る。

 さっきまでとは違う目だ。


 感謝、ではない。

 理解でもない。


 自分たちの流れに、知らない手が差し込まれた時の顔。


「今の、何」とイーリスが掠れた声で言った。

「別に。転びそうだったから、ちょっとずらしただけ」

「ちょっとで人の位置を変えないで」

「変えないと死んでた」

「それを先に言いなさいよ!」


 少しだけ、口調が戻る。

 でも、戻りきってはいない。


 ガルドが僕を見たまま言う。


「……さっき、お前、何を見てた」

「通路と、みんなの癖」

「癖?」

「ガルドは狭い場所だと初手の角度が大きい。ザックは獲物が分かれると追いすぎる。イーリスは視界を塞がれると詠唱の入りが遅れる」

「はあ!?」


 三人分まとめて睨まれた。

 怒らせたらしい。


 でも、そこでガルドだけは怒鳴らなかった。

 代わりに、さっきよりもずっと低い声で言う。


「……気持ち悪いな」

「そうかもね」


 否定はしなかった。


 自分でも、そう思うことはある。

 誰かの立ち位置とか、呼吸とか、言い淀みとか、そういうものが目についてしまう。

 たぶん普通より、少し。

 少しだけ、よく見えすぎる。


 それを役に立つと言う人は少ない。

 大体は、面倒がられる。


 迷宮を出た頃には、夕方になっていた。

 報告を済ませ、分配金を受け取り、僕は《牙狼の旗》の印章入り証票を机に置く。


 受付嬢が困った顔をした。

「本当に、よろしいんですか?」

「うん。たぶん、これでいい」


 嘘ではない。

 少なくとも、無理にしがみつくよりはいい。


 荷物は少ない。

 着替えと筆記具と、迷宮の簡単な地図。それから、細々した記録帳が一冊。

 宿へ向かう途中、夕暮れの大通りはいつもより騒がしかった。遠征帰りの冒険者、客引き、荷車、酔っぱらい。

 人が多い場所は嫌いじゃない。流れが見えるから。


 ただ今日は、その流れの外に立っている感じがした。


 これからどうするか。

 正直、まだ決めていない。


 支援役なんて肩書きで雇ってくれるところは多くないし、そもそも僕のやることは説明しづらい。説明したところで、たいてい半分くらいで怪訝な顔をされる。


 宿代の安い裏通りへ曲がろうとして、ふと足を止めた。


 前方の掲示板の前で、若い女が一人、依頼書を睨んでいる。

 銀灰色の髪をひとつに束ね、使い込まれた短杖を背に下げていた。装備は実用一点張りで、飾り気がない。

 けれど立ち方が妙だった。


 掲示板を見る目じゃない。

 周囲の人間の流れを見ている。


 しかも、選んでいる。

 誰がどの依頼に手を伸ばすか、その前の迷い方まで見ている目だ。


 珍しいな、と思った瞬間、向こうもこちらを見た。


「……今、あっちの荷運びがぶつかる前に避けましたね」


 開口一番、それだった。


 背後で荷車の車輪が石を噛み、木箱を抱えた男がよろめく。

 その進路から、僕は半歩外れていた。無意識に。


「まあ、一応」

「一応でできる動きじゃないです」


 女は依頼書から手を離し、まっすぐ僕の前まで歩いてきた。

 目の色は薄い青。静かなのに、妙に鋭い。


「失礼。いきなり変なことを聞きます」

「変なことは慣れてる」

「それは助かります」


 彼女はほんの少しだけ息を吐いて、言った。


「あなた、何をやっていた人ですか?」


 問いそのものは、ただの自己紹介の前振りみたいなものだった。

 でも、その声には確信が混じっていた。


 見えている人の声だ。


 僕は少しだけ考えて、それから答えた。


「今日までなら、役立たずの支援職」

「今日まで、なら?」

「さっき失業した」


 彼女は驚かなかった。

 むしろ、納得したみたいに頷いた。


「なら、ちょうどいいかもしれません」

「何が?」

「壊れかけのパーティーが一つあるんです」


 夕暮れの街の喧騒が、少し遠くなる。


 その言い方をする人間は珍しい。

 普通は“困っている”とか“人手不足”とか、そういう言い方をする。

 壊れかけている、と最初に言うのは、だいたい本質を見ている人だ。


 だから僕は、少しだけ興味を持った。


「立て直してほしいって依頼?」

「半分正解です」

「残り半分は?」

「私にも、まだ分かっていません」


 彼女はそこで初めて、わずかに笑った。


「でも、たぶんあなたが必要です」


 必要、か。


 その言葉を、僕はたぶんずっと待っていたのかもしれない。

 待っていたなんて、自分では思っていなかったけれど。


 夕暮れはもう終わりかけていて、王都の灯りが一つずつ点き始めていた。

 追放された日の景色としては、少しだけ出来すぎている。


 でも悪くない、と思った。


 少なくとも――終わりじゃない。

 たぶん、ここから何かが始まる。

追放されたのに、本人がいちばん静かでした。


たぶんレインは、怒るより先に「ずっと噛み合ってなかったもの」が見えてしまう人です。

次話からは、そのズレがもう少しはっきり表に出てきます。


終わりではなく、始まりの一話として楽しんでもらえたら嬉しいです。

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