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婚約破棄された没落令嬢は、娼館送りを避けるために死亡遊戯に参加します  作者: 七星鈴花


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第7話「メイドごっこ」

「リーゼロッテお嬢様」


 その言葉を聞いた瞬間、私の心臓が跳ねた。やはり、気づいていたのだ。


「マリアンネ」


 私は、彼女の本名を呼んだ。ゲームでの名前ではなく、かつて我が家で働いていた頃の名前を。


「……お嬢様がなぜここにいるのか、教えていただけますか」


 マリアンネの声は硬かった。敬語を使っているが、かつてのような柔らかさはない。


「事情があるの。詳しくは言えないけれど」

「事情」


 マリアンネは、小さく笑った。笑みには皮肉が滲んでいた。


「お嬢様も、メイドごっこですか」

「メイドごっこ?」

「フェルゼン家のお嬢様と同じですよ」


 マリアンネは窓から視線を外し、私を真っ直ぐに見た。


「クラリッサ様は、一日中姿が見えないときがありました。最初は不思議に思っていたんです。公爵令嬢がどこで何をしているのかと」


 私は、黙って聞いていた。


「ある日、偶然見てしまったんです。付添人と一緒に、使用人の部屋でメイドの格好をしているところを」

「クラリッサが?」


 驚きを隠せなかった。あのクラリッサが、メイドの真似事をしていたなんて。


「ええ。メイド服を着て、掃除の真似をしたり、給仕の練習をしたり。楽しそうでしたよ。遊びですから」


 マリアンネの声が冷たくなった。


「私たちにとっては生活の糧です。でもあの方にとっては、ただの遊び。そういう人が、私の人生を左右したんです」

「どういうこと?」

「お嬢様は、今日フェルゼン家に新しいメイドが来たことをご存知ですか」


 今日。新しいメイド。

 それは、私のことだ。フェルゼン家のメイド、リーゼ。


「私も見かけました。リーゼという名のメイドを」


 マリアンネは、続けた。


「最近、クラリッサ様は私に1ヶ月後の解雇を予告しました」

「解雇……」

「理由は教えてもらえませんでした。ただ、仕事の紹介状は書いてあげると」


 マリアンネは、苦笑した。


「選択肢は3つありました。ヴァイセンブルク家。シュヴァルツェンベルク家。そして、給金が高い謎の屋敷」


 ヴァイセンブルク家。私の実家だ。没落し、使用人を次々と解雇している家。


「シュヴァルツェンベルク家は論外でした」


 マリアンネは、肩をすくめた。


「あそこは有名ですから。使用人が『真なる聖女』を殺そうとした罪で処刑されることが多いと。どういう罪状なのかは知りませんが、まともな職場ではないでしょう」


 私も噂は聞いたことがあった。シュヴァルツェンベルク公爵家の令嬢ヴィクトリアは、『真なる聖女』の称号を持つ。けれど聖女としての務めは果たさず、社交に明け暮れている。そして、彼女の屋敷では使用人の処刑が頻繁に行われるという。


「クラリッサ様なら、もっとまともな職場も紹介できるはずなのに」


 マリアンネの声に怒りが混じった。


「私は謎の屋敷を選びました。給金が高いという言葉に釣られて。それがまさか、こんな場所だとは」


 謎の屋敷。給金が高い。それが、この死亡遊戯の会場だった。

 クラリッサは、知っていたのだ。マリアンネをここに送り込むことを。

 なぜ。どうして。

 頭の中で疑問が渦を巻いた。


「お嬢様」


 マリアンネが私を見つめた。


「私はヴァイセンブルク家を解雇されたとき、フェルゼン公爵邸の紹介状を持っていました」

「え?」

「お嬢様が書いたものです」


 私は、息を呑んだ。そうだ。思い出した。

 没落が始まった頃、私は行き場のない使用人たちのために、フェルゼン公爵邸への紹介状を書いていた。両親には内緒で。

 フェルゼン家は使用人の待遇が良いことで知られていた。解雇される人々に、せめて次の働き口だけでも用意してあげたかった。

 最初は、本当に良い職場だからという理由で紹介状を書いていた。けれど没落が進むにつれて、フェルゼン家以外に紹介できる伝手がなくなった。結局、フェルゼン家の紹介状しか書けなくなった。

 マリアンネにも、紹介状を渡した記憶がある。泣きながら屋敷を去る彼女の手に、こっそりと。


「クラリッサ様は、お嬢様が書いた紹介状を持った人を断れなかったのでしょうね」


 マリアンネは、静かに言った。


「何人もの元使用人がフェルゼン家を訪ねたと聞いています。あまりにも多くて、クラリッサ様の負担になったのではないですか」


 胸が痛んだ。

 私は良かれと思って紹介状を書いていた。けれどそれが、クラリッサに負担をかけていたのだ。

 そしてその負担を減らすために、クラリッサはマリアンネを解雇し、この死亡遊戯に送り込んだ。

 私のせいだ。

 私が紹介状を書きすぎたせいで、マリアンネはここにいる。


「お嬢様を責めているわけではありません」


 マリアンネは、首を横に振った。


「紹介状がなければ、私はフェルゼン家で働くことすらできなかった。2年間、それなりに良い環境で働けたのは、お嬢様のおかげです」

「マリアンネ……」

「ただ、複雑な気持ちなんです。お嬢様の善意が、巡り巡って私をここに連れてきた。運命というのは、皮肉なものですね」


 そのとき、扉の外で物音がした。私とマリアンネが同時に振り返る。

 扉の陰から、見覚えのある姿が現れた。ユーリアだった。


「……聞いていたの?」


 私は、尋ねた。


「ごめんなさい。心配で、こっそりついてきてしまって」


 ユーリアは、申し訳なさそうに言った。けれど、マリアンネの表情が変わった。


「クレアさん」


 マリアンネがユーリアを見て言った。ユーリアの顔が強張った。


「その名前……」

「フェルゼン家でのあなたのメイドとしての名前でしょう。クレア」


 マリアンネは、淡々と言った。


「2年間、メイドとして登録されていたはずですけど、何もしていませんでしたね。何もできないというべきかしら」


 ユーリアは、黙っていた。


「あなたはメイドではなく、クラリッサ様の話し相手。付添人。書類上はメイドになっていますけど、それはクラリッサ様があなたを匿うため」


 マリアンネは、ユーリアを真っ直ぐに見つめた。


「使用人部屋に住んでいない。クラリッサ様と一緒に食事をしている。最初の頃、私はあなたを来客だと思っていました」


 ユーリアは、何も言い返さなかった。


「今日、初めてメイド服を着たんでしょう」


 マリアンネの言葉に、ユーリアは小さく頷いた。


「セラさん」


 マリアンネが私を見た。


「あなた、クレアさんの本当の名前を覚えていないんですか」

「本当の名前?」

「この方は、ヴァイセンブルク伯爵邸によく来ていたでしょう。お嬢様と同じ伯爵令嬢として」


 私は、ユーリアを見た。

 夜会で見かけた気がする。どこかで会った気がする。けれど、名前が思い出せない。


「忘れているんですか」


 マリアンネは、驚いたように目を見開いた。


「お嬢様がお客様の名前を忘れるなんて。よほど印象が薄かったのか、それとも……」

「いいのよ、エルザさん」


 ユーリアが静かに言った。


「忘れられても仕方がないわ。私は、忘れられるような人間だったから」


 その声には、諦めとどこか安堵のような響きがあった。

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