第5話「友人からの手紙」
扉が開いた瞬間、参加者たちが一斉に動き出した。
カティアが真っ先に広間を飛び出していく。その後をイルマが追った。ベルタとフリーダは、顔を見合わせ、おずおずと立ち上がる。ヒルダは、疲れた顔のまま、のろのろと歩き出した。
私は、すぐには動かなかった。
冊子をもう一度見つめる。【主催者からの助言】。この情報があれば、脱出口の場所も、罠の位置も、謎解きの答えもわかる。圧倒的に有利だ。
けれど、なぜ私にだけこの情報が与えられているのか。
ちらりと、ユーリアを見た。彼女も立ち上がろうとせず、冊子を読み返している。やはり、彼女の冊子にも同じ項目があるのだろう。
「あの」
声をかけられて振り返ると、ドーラが立っていた。栗色の髪の可愛らしい顔立ちの女性。
「よかったら、一緒に行動しませんか? 1人だと怖くて……」
「ええ、もちろん」
私は、頷いた。仲間は多い方がいい。冊子にも、全員で協力すれば誰も死なずに脱出できると書いてあった。
「私も、ご一緒してよろしいかしら」
ユーリアが近づいてきた。優雅な足取り。メイド服を着ていても、その所作は貴族のものだった。
「ユーリアさん、でしたね。もちろんです」
「ありがとう、セラさん」
彼女は、微笑んだ。その笑顔には、どこか影があった。
3人で広間を出ようとしたとき、マリアンネ——いや、エルザが私たちの横を通り過ぎた。目が合った。一瞬だけ。けれど、彼女は何も言わず、廊下の奥へと消えていった。
気づいているのだろうか。私が誰なのか。
考えても仕方がなかった。今は、脱出することだけを考えるべきだ。
廊下に出ると、ドーラが冊子を開いた。
「地図を見ると、この屋敷はかなり広いみたいですね。脱出口がどこにあるのか……」
「手分けして探すのがいいかもしれないわね」
ユーリアが言った。
私は、黙っていた。脱出口の場所は知っている。地下の最深部だ。けれど、それを言うべきかどうか迷った。
「セラさん?」
ドーラが、不思議そうに私を見た。
「いえ、何でもないわ。まずは屋敷の構造を把握しましょう」
歩き出そうとしたとき、ふと気づいた。ポケットに、何かが入っている。
立ち止まり、そっと手を入れた。紙だった。折りたたまれた小さな紙。
いつの間に?
馬車に乗るとき、クラリッサが私の肩に手を置いた。あのときだろうか。
「どうかしましたか?」
ユーリアが尋ねた。
「いいえ、何でもないわ」
私は、紙をポケットに戻した。後で読もう。今は、2人の前で広げるべきではない気がした。
しばらく廊下を歩き、ドーラが化粧室に行きたいと言った。近くの化粧室を見つけ、彼女が中に入る。私とユーリアは、廊下で待った。
2人きりになった瞬間、私はポケットから紙を取り出した。
開く。クラリッサの筆跡だった。
『リーゼへ。あなたがこれを読んでいるということは、無事にゲームが始まったのね。いくつか伝えておきたいことがあるわ。まず、あなたの体調が心配よ。ここ数日、ろくに食事をしていないでしょう? 無理はしないで。でも、倒れたら終わりだから、機会があれば何か口にして。それから、靴のことよ。あなたに渡したメイド服の靴は、私が特別に用意させたもの。走りやすく、滑りにくい。いざというとき、役に立つはずよ。最後に、これだけは覚えていて。殺されないように。あなたなら、きっと大丈夫。クラリッサより』
殺されないように。
その言葉が、胸に刺さった。
クラリッサは、知っているのだ。このゲームで、人が殺し合う可能性があることを。
靴を見下ろした。確かに、普通のメイドが履くものより頑丈そうだった。走りやすそうな形。
クラリッサは、最初から私がこのゲームで走り、逃げ、生き延びることを想定していたのだ。
「何を読んでいるの?」
ユーリアの声に、私は慌てて紙を折りたたんだ。
「友人からの手紙よ。大したことは書いていないわ」
「そう」
ユーリアはそれ以上追及しなかった。けれど、その目には何か見透かすような光があった。
ドーラが戻ってきた。3人で再び歩き出す。
廊下を進みながら、私は考えていた。
クラリッサの手紙。殺されないように。
ふと、冊子のことを思い出した。私の冊子には【主催者からの助言】があった。けれど、他の参加者の冊子には何が書いてあるのだろう。
「ドーラさん」
「はい?」
「冊子に、【ルール】以外に何か書いてあった?」
「ええと……【ボーナスについて】という項目がありましたけど」
私の冊子にはない項目だった。
「何が書いてあったの?」
ドーラの顔が少し強張った。
「その……人を殺すと、金貨2000枚のボーナスが貰えるって……」
息が止まった。
人を殺すと、ボーナス。それが、他の参加者に配られた冊子の内容。
全員で協力すれば誰も死なずに脱出できる。冊子にはそう書いてあった。けれど同時に、人を殺せば金が貰えるという情報も与えられている。
協力を促しながら、殺し合いを誘発している。これが、死亡遊戯の本質なのか。
クラリッサの言葉が頭をよぎった。殺されないように。
彼女は、このことを知っていたのだ。




