第20話「目覚め」
「セラさん、起きてください」
誰かが私の肩を揺すっていた。
意識が浮上する。夢の残像がまだ頭の中に漂っている。庭園、クラリッサ、顔がよく見えなかった暗い影に包まれた少女。
「セラさん」
目を開けた。
最初に見えたのは、黒い髪だった。夜の闇よりも深い光を吸い込むような黒。腰まで届く長さ。
イルマだった。
「やっと起きた」
イルマは、微笑んだ。深い藍色の瞳が、私を見下ろしている。
「ユーリアさんも起きてください」
イルマは、隣のベッドに向かった。ユーリアを揺すり起こす。
「んっ……」
ユーリアが目を開けた。寝ぼけた表情で周囲を見回し、私と目が合った。
「セラさん……?」
「ユーリアさん、ごめんなさい。私、寝てしまって……」
「私も寝てしまったわ」
ユーリアは、ベッドから起き上がった。髪が乱れている。
「今、何時?」
「投票まであと10分くらいですよ」
イルマが答えた。
「10分!?」
私は、飛び起きた。
70分も眠っていた。25分で交代するはずだったのに。
「急いでください。広間に戻らないと」
イルマは、扉の方へ歩いていった。私は、その扉を見つめた。
「鍵は……」
「開いていましたよ」
イルマが振り返った。
「鍵、かかっていませんでした」
「そんなはずは……」
私は、確かに鍵をかけた。内側から、しっかりと。
「かけたはずよ。確かに鍵をかけたわ」
「そうですか? 私が来たとき、普通に開きましたけど」
イルマは、首を傾げた。不思議そうな顔をしている。けれど、その目の奥には何か別のものがあるように見えた。
「誰かが開けたの……?」
ユーリアが呟いた。
「私たちが寝ている間に、誰かがこの部屋に……」
背筋が冷たくなった。
私たちは、無防備に眠っていた。鍵をかけたはずなのに、誰かが入ってきた。
殺そうと思えば、簡単に殺せたはずだ。なのに、私たちは生きている。
「考えている暇はありませんよ」
イルマが言った。
「投票に遅れたら、死にますよ」
その言葉で、私は我に返った。
「行きましょう」
私はベッドを下り、靴を履いた。ユーリアも急いで身支度を整える。
3人で部屋を出た。廊下を早足で歩く。
「イルマさん」
「何ですか?」
「どうして私たちを起こしに来たの?」
「投票に遅れたら可哀想だと思って」
イルマは、肩をすくめた。
「それだけ?」
「それだけですよ」
彼女は、微笑んだ。無邪気な笑顔。けれど、その奥にあるものが読めない。
「私たちの部屋、どうしてわかったの?」
ユーリアが尋ねた。
「探しました」
「探した?」
「2階を順番に。綺麗な部屋は少ないですから、すぐに見つかりましたよ」
それは、嘘ではないのかもしれない。けれど、全部を話しているとも思えなかった。
階段を下り、広間に向かう。
夢のことを思い出した。名前を教えてくれなかった少女。
彼女は、何者だったのか。ただの夢だったのか。それとも——。
「着きましたよ」
イルマの声で、思考が中断された。
広間の扉が見えた。中から声が聞こえる。他の参加者たちがすでに集まっているようだ。
「間に合ったわね」
ユーリアが安堵の息を吐いた。
「ええ」
私は、頷いた。けれど、心の中には不安が渦巻いていた。
鍵をかけたはずの扉が開いていた。私たちが眠っている間、誰かがあの部屋にいた。
誰が。何のために。
その答えは、まだ見つからなかった。




