第17話「沈黙」
イルマが去った後、広間には重い空気が残り、沈黙が続いた。
「あの子、おかしいわ」
ドーラが小さく呟いた。
「人が死ぬのを、楽しんでいるみたいだった」
「狂っているんだろう」
カティアが吐き捨てた。
「まともな神経じゃない」
私は、黙っていた。イルマの言葉が、頭の中で繰り返されていた。
人が死ぬ物語が好きでしょう。あなたたちも。
否定できなかった。私も物語を読んで泣いたことがある。悲劇の主人公に心を寄せたことがある。それは事実だった。
「脱出口を探しましょう」
アンナが言った。
「争っている場合じゃないわ。次の投票まで時間がない」
「エルザは脱出したんだろう」
カティアがアンナを見た。
「どこから脱出したんだ。知っているなら教えろ」
「知らないわ」
アンナは、首を横に振った。
「私も探しているところよ」
カティアの視線が、私に向いた。
「お前はどうだ。エルザと一緒にいただろう」
「途中ではぐれたわ」
私は、答えた。
嘘だった。脱出口の場所は知っている。地下の最深部。けれど、それを言うことはできなかった。
「本当か」
「本当よ」
カティアは、疑わしげな目で私を見た。けれど、それ以上は追及しなかった。
「セラさん」
ユーリアが私の袖を引いた。小声で囁く。
「どうして言わないの」
「言えないわ」
私も小声で答えた。
「言ったら、どうなると思う?」
ユーリアは、黙った。
言えば、全員が脱出口に殺到する。けれど、その途中で何が起きるかわからない。直接殺せば金貨2000枚。狭い通路で、背後から襲われるかもしれない。
それに、私たちがなぜ脱出口の場所を知っているのか、説明できない。冊子に書いてあったとは言えない。他の人の冊子には載っていないのだから。
「信用できる人がいないわ」
私は、言った。
「イルマも、カティアも、アンナも、ドーラも、ヒルダも。誰が敵で、誰が味方か、わからない」
「私は?」
「あなたは……」
私は、ユーリアを見た。淡い緑色の瞳が、私を見つめ返している。
「信用しているわ。今のところは」
「今のところ、ね」
ユーリアは、苦笑した。
「仕方ないわね。私もあなたを完全には信用していないもの」
「そうね」
奇妙な関係だった。互いに秘密を共有しながら、完全には信用していない。けれど、他の誰よりは信用できる。そんな関係。
「手分けして探そう」
カティアが言った。
「2人1組で動け。1人は危険だ」
「私はドーラさんと行くわ」
アンナが言った。
「俺はヒルダと行く」
カティアがヒルダを見た。ヒルダは疲れた顔で頷いた。
「じゃあ、私たちは2人で」
ユーリアが私の腕を取った。
「イルマは?」
ドーラが尋ねた。
「あいつは放っておけ」
カティアが言った。
「1人で勝手にやっているんだろう。付き合う必要はない」
参加者たちが散っていく。アンナとドーラは2階へ。カティアとヒルダは1階の奥へ。
私とユーリアは、広間に残った。
「どうする?」
ユーリアが尋ねた。
「脱出口のことは言えない。でも、このままじゃ誰かが死ぬ」
「ベルタが……クララが生き返っているなら、もう脱出しているかもしれないわ」
「そうね」
クララは、『真なる聖女』の力で生き返ることができる。ユーリアがそう言っていた。もし生き返っているなら、すでに脱出しているだろう。
「私たちも脱出する?」
ユーリアが聞いた。
「まだよ」
私は、首を横に振った。
「私には、まだやることがある」
「やること?」
「借金のこと。ボーナスのこと。それに……」
それに、イルマのこと。
あの少女が何者なのか、知りたかった。人が死ぬ物語が好きだと言った彼女。このゲームを楽しんでいるように見えた彼女。
「危険よ」
ユーリアが言った。
「長くいればいるほど、死ぬ確率が上がる」
「わかっているわ」
私は、ユーリアを見た。
「あなたは? 脱出しないの?」
ユーリアは、黙った。しばらくして、首を横に振った。
「私にも、まだやることがあるから」
その目には、決意があった。何か、私には言えない目的が。
「お互い、秘密だらけね」
私は、言った。
「そうね」
ユーリアは、微笑んだ。
「でも、今はそれでいいわ。生き残ることが、最優先だから」
広間を出て、私たちは廊下を歩き始めた。次の投票まで、まだ時間がある。
それまでに、何ができるか。考えながら、私は足を進めた。




