第14話「疑念」
廊下を歩きながら、私は考えていた。
フリーダが死んだ。投票で選ばれて、消えた。存在しなかったことになった。
誰が彼女に票を入れたのか。少なくとも2人が嘘をついている。自分に入れたと言いながら、フリーダに入れた人間がいる。
「セラさん」
ユーリアが小声で話しかけてきた。
「さっきの投票、気になることがあるの」
「何?」
「イルマよ」
その名前を聞いて、私は足を止めた。
「イルマがどうかしたの?」
「あの子、怖がっていなかったわ」
言われてみれば、そうだった。フリーダが消えた後、他の参加者たちは動揺していた。
ドーラは、震えていた。ヒルダは、顔を青くしていた。カティアでさえ、表情を強張らせていた。
けれど、イルマは変わらなかった。好奇心に満ちた目のまま、周囲を眺めていた。
「私、今まであの子をちゃんと見ていなかったわ」
私は、呟いた。
ゲームが始まってから、私はユーリアとエルザ——マリアンネのことばかり考えていた。クララのこと、脱出口のこと、投票のこと。
他の参加者に注意を払う余裕がなかった。
「イルマの外見を、覚えている?」
ユーリアが尋ねた。
「若い子だったわ。16歳くらい。好奇心旺盛で、わくわくするなんて言っていた……」
それだけだった。それ以上のことを、私は覚えていなかった。
「もう一度、ちゃんと見てみましょう」
ユーリアが言った。
「広間に戻れば、他の参加者もいるはずよ」
私たちは、広間に向かった。
広間には、まだ何人かの参加者が残っていた。アンナとヒルダが、地図を見ながら話し合っている。カティアは腕を組んで壁にもたれている。ドーラは椅子に座り、不安そうに手を組んでいる。
そして、イルマがいた。広間の隅で、窓の外を眺めている。
私は初めて、彼女をちゃんと見た。
長い黒髪が、腰まで届いている。夜の闇よりも深い光を吸い込むような黒。
振り返った彼女と目が合った。
瞳の色は、深い藍色だった。けれど、光の加減で紫色にも見える。
どこかで見たことのある色。クラリッサの瞳と同じ色。
肌は異様に白かった。まるで太陽の光を浴びたことがないかのような、病的なほどの白さ。
「どうかしました?」
イルマが首を傾げた。
「いいえ、何でもないわ」
私は、目を逸らした。心臓が早鳴っている。
もしかして、イルマがクラリッサなのではないか。
髪の色は違う。クラリッサは、黒髪だ。イルマも黒髪。瞳の色も似ている。紫色に見える深い色。
けれど、肌の色が違った。クラリッサの肌は白いが、イルマほどではない。クラリッサは、社交界に出ている。夜会に参加し、庭園を散歩し、馬車で街を巡る。太陽の光を浴びる機会はいくらでもある。
イルマの肌は、そういう生活をしている人間のものではなかった。
「どう思う?」
ユーリアが小声で尋ねた。
「わからないわ」
私は、正直に答えた。
「似ているところもあるけれど、違うところもある。確信が持てない」
「ベルタがクララだったのは間違いないわ。呼びかけに反応したもの」
「そうね」
「でも、イルマも何かを隠しているように見えるわ」
ユーリアの言葉に、私は頷いた。
あの落ち着きは、普通ではない。人が死ぬゲームに参加して、わくわくすると言った。フリーダが消えても、動揺しなかった。
まるで、こういうことに慣れているかのように。
「イルマさん」
私は、彼女に近づいた。
「何ですか?」
イルマは、笑顔で振り返った。無邪気な笑顔。けれど、その目の奥には何か別のものがある気がした。
「あなた、怖くないの?」
「怖い? 何がですか?」
「このゲームよ。人が死ぬのに」
「ああ」
イルマは、首を傾げた。
「怖くないですよ。だって、こんなゲーム、初めてですから。初めてのことは、怖いよりわくわくします」
初めて。その言葉に、違和感を覚えた。
「本当に初めて?」
「本当ですよ。こんなゲーム、初めてです」
イルマは、笑った。
嘘をついているようには見えなかった。けれど、何かが引っかかる。
「セラさん、そろそろ探索を続けませんか」
ユーリアが私の腕を引いた。
「ええ、そうね」
私は、イルマから視線を外した。広間を出る直前、振り返った。
イルマは、再び窓の外を眺めていた。その横顔は、どこか遠くを見ているようだった。
何を考えているのか、わからなかった。
けれど、1つだけ確かなことがあった。あの少女は、見た目通りの人間ではない。




