第13話「最初の投票」
広間に戻ると、参加者たちが集まっていた。
アンナ、カティア、ドーラ、フリーダ、ヒルダ、イルマ。そして、私とユーリア。
8人。
ベルタ——クララとエルザ——マリアンネがいない。
マリアンネは、脱出した。クララは、死んだ。
「2人はどこに行ったんだ」
カティアが尋ねた。
「ベルタとエルザがいないぞ」
「わからないわ」
私は、嘘をついた。
「途中ではぐれてしまって」
カティアは疑わしそうな目で私を見たが、それ以上は追及しなかった。
鐘の音が響いた。低く、重い音。3回。
「皆様、最初の投票の時間です」
どこからともなく、女性の声が響いた。ゲーム開始時と同じ声だ。
「投票の前に、いくつかお知らせがあります」
声が続く。
「参加者のうち2名が、すでにゲームから離脱しています。1名は脱出に成功しました。もう1名は死亡しました」
広間に動揺が走った。
「死亡?」
フリーダが震える声で言った。
「誰が……」
「死亡した者の名前は、ベルタです」
ベルタ——クララ。
「脱出した者の名前は、エルザです」
エルザ——マリアンネ。
「脱出した者は、投票の対象外となります。これは、脱出した時点でゲームから離脱したと見なされるためです。また、死亡した者も投票の対象外です。存在しなかったことになった者に、票を入れることはできません」
存在しなかったことになった。
クララは、もういない。最初からいなかったことになっている。
「では、投票を開始します。皆様の前に投票用紙が現れます」
魔法で、私たちの手元に紙が現れた。投票用紙には、8つの名前が書かれていた。
アンナ、カティア、ドーラ、フリーダ、ヒルダ、イルマ、セラ、ユーリア。
ベルタとエルザの名前はなかった。
「投票用紙に記載された名前から、1名を選んで丸をつけてください。投票は匿名です。5分以内に投票を済ませてください」
私は、投票用紙を見つめた。
冊子には、自分に票を入れることを推奨すると書いてあった。
票が割れた場合、自分に入れておけば最多得票を避けやすい。他者に入れることで敵を作るリスクも軽減できる。
けれど、他の参加者の冊子には違うことが書いてあるはずだ。人を殺せば金貨2000枚。
誰かが、私に票を入れるかもしれない。
誰かが、私を殺そうとしているかもしれない。
周囲を見回した。
アンナは、無表情で投票用紙を見つめている。
カティアは、腕を組んで、苛立たしげに足を鳴らしている。
ドーラは、不安そうに唇を噛んでいる。
フリーダは、震えている。
ヒルダは、疲れた顔で俯いている。
イルマは、相変わらず好奇心に満ちた目をしている。
この中の誰かが、私を殺そうとしているのだろうか。いや、全員かもしれない。
金貨2000枚。メイドの年収の2000倍以上。その誘惑に負けない保証はどこにもない。
私は、自分の名前——セラに丸をつけた。
投票用紙を折りたたみ、広間の中央に置かれた箱に入れる。
他の参加者たちも、次々と投票を済ませていく。
5分が経った。
「投票を締め切ります」
声が響いた。
「集計を行います。少々お待ちください」
沈黙が広間を満たした。誰も口を開かない。ただ、箱を見つめている。
「集計が完了しました」
声が告げた。
「最多得票者は、フリーダです。3票」
フリーダの顔が蒼白になった。
「え……」
「嘘よ……」
「私、何もしていない……」
「フリーダ、あなたはこのゲームから脱落します」
「待って、待ってください、私は……」
フリーダが立ち上がろうとした瞬間、彼女の体が光に包まれた。
断末魔の悲鳴すらなかった。
光が消えると、フリーダはいなくなっていた。椅子だけが残されている。まるで最初から誰も座っていなかったかのように。
存在しなかったことになった。
広間に沈黙が落ちた。
「次の投票は2時間後です。脱出口を目指して、ゲームを続けてください」
声が消えた。誰も動かなかった。
「3票……」
ドーラが呟いた。
「誰が、フリーダさんに……」
「わからないわ」
アンナが首を横に振った。
「匿名投票だもの。誰が誰に入れたかなんて、わかるわけがない」
「自分に入れた人もいるだろう」
カティアが言った。
「俺は自分に入れた。お前らはどうだ」
「私も自分に入れたわ」
ヒルダが答えた。
「私も」
ドーラが頷いた。
「私も自分に入れたよ」
イルマが言った。
「私も」
アンナが言った。全員が自分に入れたと言っている。
ユーリアと目が合った。彼女も小さく頷いた。自分に入れたという意味だろう。
私も自分に入れた。
つまり、7人全員が自分に入れたことになる。
けれど、フリーダは3票で脱落した。投票用紙には8人の名前があった。フリーダ自身を含めて。
全員が自分に入れたなら、フリーダは1票しか入らないはずだ。自分自身の票だけ。
3票ということは、誰かが嘘をついている。
少なくとも2人が、自分ではなくフリーダに票を入れた。
誰が。周囲を見回した。
アンナ、カティア、ドーラ、ヒルダ、イルマ、ユーリア。
この中の2人が、嘘をついている。
いや、もっと多いかもしれない。フリーダ以外にも、誰かに票を入れた人がいるかもしれない。
信じられるのは、自分だけだ。カティアの言葉が頭をよぎった。
「俺たちの中に、殺人者がいるということだな」
カティアが低い声で言った。
「フリーダを殺した奴が」
「殺人者って……」
ドーラの声が震えた。
「でも、投票しただけで……」
「投票で人が死ぬんだ。殺したのと同じだろう」
カティアは、ドーラを睨んだ。
「お前じゃないだろうな」
「私は自分に入れたわ!」
「信じられるか。全員がそう言っている。でも、フリーダは3票で死んだ」
広間の空気が張り詰めていく。
「疑い合っても仕方がないわ」
アンナが冷静な声で言った。
「今は、脱出することを考えましょう。2時間後には次の投票がある。それまでに脱出口を見つけないと」
「脱出口ならエルザが見つけたんだろう」
カティアが言った。
「あいつはどこから脱出したんだ」
「わからないわ」
私は、答えた。
本当は知っている。地下の最深部。けれど、それを言う気にはなれなかった。
信じられる人間がいない。
ユーリアだけは信じられるかもしれない。けれど、他の全員は敵かもしれない。
「とにかく、探索を続けましょう」
アンナが立ち上がった。
「バラバラに動くのは危険だ」
カティアが言った。
「2人以上で行動しろ。1人でいると、殺されるかもしれないぞ」
殺される。その言葉が、重く響いた。
投票で殺されるかもしれない。直接殺されるかもしれない。直接殺せば、金貨2000枚が手に入る。
誰もが、誰かを殺す動機を持っている。
私は、ユーリアの腕を取った。
「一緒に行きましょう」
「ええ」
ユーリアも頷いた。広間を出る。
背後で、参加者たちがそれぞれ動き始める気配がする。
2時間後、また投票がある。それまでに、何人が生き残っているのだろう。
私は振り返らずに、廊下を歩き始めた。




