第10話「呼びかけ」
広間に全員が揃った。
10人の参加者が、円形に並べられた椅子に座っている。張り詰めた空気。誰もが不安を抱えながら、互いの顔色を窺っていた。
「それで、どうするんだ」
カティアが口を開いた。
「脱出口は見つかったのか」
「まだよ」
アンナが首を横に振った。
「1階を一通り調べたけれど、それらしい場所はなかったわ」
「2階も駄目だった」
ヒルダが疲れた声で言った。
「3階と地下は、まだ調べていないわ」
ドーラが言った。
「手分けして探した方がいいんじゃないでしょうか」
「だが、バラバラに動くのは危険だ」
カティアが腕を組んだ。
「冊子に何が書いてあったか、覚えているだろう。人を殺せば金貨2000枚だ」
広間に沈黙が落ちた。
全員がその情報を持っている。全員が、他の誰かを殺せば大金が手に入ることを知っている。
「私は誰も殺さないわ」
フリーダが震える声で言った。
「そんなこと、できないもの……」
「口ではなんとでも言える」
カティアが冷たく言い放った。
「信用できるのは自分だけだ」
「でも、協力しなければ脱出できないのよ」
ドーラが言った。
「冊子にも書いてあったじゃない。全員で協力すれば、誰も死なずに済むって」
私は、黙って聞いていた。
今だ。
「あの、クララさん」
私は、声を上げた。
広間が静まり返った。全員の視線が私に集まる。そして、一瞬の間。
ベルタが、わずかに肩を動かした。
他の誰も反応しなかった。アンナも、カティアも、ドーラも、フリーダも、ヒルダも、イルマも。ただベルタだけが、ほんの一瞬、体を強張らせた。
「……誰のこと?」
イルマが不思議そうに尋ねた。
「クララなんて名前の人、いないよね」
「ごめんなさい、間違えたわ」
私は、慌てたふりをした。
「知り合いの名前と混同してしまって」
「紛らわしいな」
カティアが舌打ちした。
「このゲームでは全員偽名だ。混乱するのも無理はないが、気をつけろ」
「ええ、ごめんなさい」
私は、ベルタを見た。
彼女は、俯いている。表情は見えない。
やはり、ベルタがクララだ。
ユーリアと目が合った。彼女も同じ結論に達したようだった。小さく頷く。
マリアンネも気づいている。その目が、鋭くベルタを見つめていた。
「とにかく、探索を続けましょう」
アンナが立ち上がった。
「投票まであと1時間もないわ。急がないと」
参加者たちが動き始めた。そのとき、ベルタが立ち上がった。
「私、少し1人で調べてくるわ」
「1人で?」
ドーラが心配そうに言った。
「危なくない?」
「大丈夫よ。すぐ戻るから」
ベルタは、微笑んだ。けれど、その笑顔はどこかぎこちなかった。
彼女は、広間を出て行った。足早に、廊下の奥へと消えていく。
私は、ユーリアとマリアンネに目配せした。3人で広間の隅に移動する。
「ベルタがクララね」
マリアンネが小声で言った。
「間違いないわ。あの反応、聞き慣れた名前に無意識に反応していた」
「追いかける?」
ユーリアが尋ねた。
「いいえ」
私は、首を横に振った。
「少し泳がせましょう。20分くらい」
「泳がせる?」
「ベルタは何かを知っている。宝箱の場所も、脱出口の場所も。彼女の行動を見れば、何かわかるかもしれないわ」
マリアンネは少し考えて、頷いた。
「確かに。慌てて追いかけても、警戒されるだけね」
「それと」
私は、マリアンネを見た。
「エルザさん。あなたを先に脱出口まで連れて行きたいの」
「私を?」
「あなたは知りすぎた。クラリッサ様のこと、クララのこと、全部」
マリアンネの目が細くなった。
「私を脱出させて、記憶を消させたいということ?」
「違うわ」
私は、首を横に振った。
「あなたを守りたいの」
「守る?」
「クララが誰なのか、私たちは知ってしまった。もしクララがそれに気づいたら、口封じをしようとするかもしれない」
マリアンネは、黙っていた。
「それに」
私は、正直に言った。
「あなたに殺されたくないの」
マリアンネが目を見開いた。
「私があなたを殺すと思っているの?」
「思っていないわ。でも、可能性はある」
私は、マリアンネを真っ直ぐに見た。
「あなたは私を恨んでいる。私が書いた仕事の紹介状のせいで、あなたはここにいる。金貨2000枚のボーナス。その誘惑に負けないとは限らないわ」
マリアンネは、何も言わなかった。
「だから、先に脱出してほしいの。あなたが脱出すれば、私を殺すことはできない。私も安心できる」
長い沈黙があった。
「……わかったわ」
マリアンネは、ようやく口を開いた。
「あなたの言う通りにする。先に脱出するわ」
「ありがとう」
「でも、1つだけ」
マリアンネの目が真剣だった。
「私はあなたを恨んでいない。恨んでいるのは、クラリッサ様よ。あなたじゃない」
その言葉が、胸に響いた。
「さあ、行きましょう」
ユーリアが言った。
「脱出口は地下の最深部よね。案内するわ」
私たちは、広間を出た。
他の参加者たちはそれぞれ探索に散っている。私たちが一緒に行動していても、不自然ではないだろう。
廊下を進みながら、私はベルタのことを考えていた。
彼女は今、何をしているのだろう。宝箱を回収しているのか。脱出口へ向かっているのか。
クラリッサ——クララ。幼馴染の公爵令嬢。私を支えてくれた友人。
けれど今、彼女のことがわからなくなっていた。
ベルタという偽名で、このゲームに参加している。変装して、髪の色を変えて、正体を隠して。
何のために。私にはまだ、その答えが見えなかった。




