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婚約破棄された没落令嬢は、娼館送りを避けるために死亡遊戯に参加します  作者: 七星鈴花


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第1話「婚約破棄」

 今日、私は捨てられた。

 王宮の庭園で、エルヴィン・フォン・ローゼンハイムは私の手を取ることなく、ただ真っ直ぐに前を見つめていた。

 春の陽射しが彼の金色の髪を輝かせている。端整な横顔は、初めて出会った頃と少しも変わらない。


「リーゼロッテ嬢。君には言いにくいことなのだが」


 私は黙って彼の言葉を待った。風が頬を撫でる。

 どこかで小鳥が鳴いている穏やかな午後だった。


「私は、真実の愛を見つけた」


 意味を理解するのに、少し時間がかかった。


「……真実の、愛」


「そうだ。彼女と出会って、初めてわかったんだ。本当に人を愛するということが、どういうことなのか」


 彼の瞳は輝いていた。

 恋する者特有の、熱に浮かされたような光。その光が、私に向けられることは一度もなかったのだと、今さらながら気づいた。


「婚約は破棄させてもらう。正式な手続きは、父を通じて君の家に連絡がいくだろう」


 それだけ言って、エルヴィンは私に背を向けた。足取りは軽い。

 庭園の奥へと歩いていく彼の背中を、私はただ見つめていた。追いかける気力もなければ、引き止める言葉も浮かばなかった。

 真実の愛。

 彼がその言葉を口にしたとき、彼の目には私など映っていなかった。


 婚約者として5年。幼い頃に親同士が決めた縁だった。

 私はずっと、エルヴィンの妻になるのだと思って生きてきた。刺繍を習い、礼儀作法を身につけ、彼の隣に立つにふさわしい令嬢になろうと努力した。愛されていたとは思わない。けれど、少なくとも必要とはされているのだと信じていた。


 私はしばらくその場に立ち尽くしていた。足が動かなかった。動かそうとすると、膝が震えた。


「リーゼロッテ様」


 背後から声をかけられ、私は振り返った。侍女のエミリアが心配そうな顔でこちらを見ている。


「お顔の色が優れませんが……」

「大丈夫よ」


 大丈夫。その言葉が、これほど空虚に響いたことはなかった。


 馬車で屋敷に戻る間、私は窓の外を眺めていた。街並みが流れていく。人々が笑い、商人が声を張り上げ、子供たちが駆け回っている。

 いつもと同じ光景のはずなのに、どこか遠い世界の出来事のように感じられた。

 ヴァイセンブルク伯爵家。それが私の家の名だ。

 かつては王国でも有数の名門だったと聞いている。けれど私が物心ついた頃には、すでに家は傾きかけていた。

 父は社交界での体面を気にして、身の丈に合わない生活を続けた。豪華な夜会、高価な調度品、使用人の数。伯爵としての威厳を保つために、借金は膨らんでいった。

 それでも私は、エルヴィンと結婚すれば何とかなると思っていた。ローゼンハイム子爵家は裕福だ。婚姻が成立すれば、父の借金も何とかなるはずだった。

 その希望も、今日、完全に潰えた。


 屋敷に着くと、父と母が応接間で待っていた。2人の顔を見た瞬間、すでに知らせが届いているのだとわかった。


「リーゼロッテ」


 父の声は低く、重かった。いつもは陽気な顔をしているのに、今日は別人のようだ。


「婚約破棄の件は聞いた。ローゼンハイム家から、正式な文書が届いた」

「……申し訳ありません、お父様」


 私は頭を下げた。なぜ謝っているのか、自分でもわからなかった。捨てられたのは私なのに。


「謝ってどうなる」


 父の声が鋭くなった。


「お前との婚姻を見越して、ローゼンハイム家から借り入れをしていたのだ。それがどうなるか、わかっているのか」

「あなた」


 母が父を諫めるように口を挟んだ。けれど父は止まらなかった。


「慰謝料は請求する。持参金の返還も求める。だが、それだけでは到底足りん。この屋敷を維持するにも金がかかる。使用人の給金、社交界への付き合い、貴族としての最低限の体裁……」


 父は頭を抱えた。母は黙って俯いている。

 私は立ったまま、二人を見つめていた。胸の奥が冷たくなっていく。婚約破棄されたことへの同情は、どこにもなかった。あるのは、金の心配だけだった。


「とにかく、今日は下がりなさい。話はまた明日する」


 父に促され、私は自室に戻った。

 部屋の扉を閉めた瞬間、足から力が抜けた。床に崩れ落ち、そのまま動けなくなった。

 涙は出なかった。泣きたいのに、涙が出てこない。胸の奥にあるのは、悲しみというより、空虚さだった。何かが決定的に欠けてしまったような底のない穴が開いたような感覚。

 エルヴィンの顔を思い浮かべた。彼が語る「真実の愛」。その相手はどんな女性なのだろう。私より美しいのか。私より聡明なのか。私より、彼を幸せにできるのか。

 考えても仕方がないとわかっていた。私がどれだけ考えたところで、彼の心が戻ってくることはない。

 窓の外では、陽が傾き始めていた。オレンジ色の光が部屋に差し込み、床に長い影を作っている。

 5年。たった一言で終わる5年。

 私は床に座り込んだまま、日が暮れるのをじっと見つめていた。

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